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教育インタビュー

2020.06.03
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窪田 由紀 コロナ危機をチャンスに

心の回復と新しい「学校コミュニティ」

新型コロナウイルスによる、前代未聞の長い休校を経て、学校は再開された。しかし、子どもたちを支える「学校コミュニティ」は危機に瀕している。子どもたちが安心して学べる、保護者も安心して登校させられる場を提供するために、今、何が求められているのか。臨床コミュニティ心理学を専門とし、高校のスクールカウンセラーとしても活躍する九州産業大学人間科学部教授の窪田由紀先生に知見を求めた。

危機回復の3本柱の2本がない状態

九州産業大学 人間科学部教授 窪田由紀氏(Zoom上で撮影)

学びの場.com「学校コミュニティ」とは何か、改めてご説明いただけないでしょうか。

窪田 由紀学校コミュニティとは、その学校に通う子ども、保護者、教職員、地域などのつながりのことです。学校には、虐待を受けている、不登校の傾向があるなど、さまざまな課題を抱えた子どもたちが通っていますが、通常は学校コミュニティが機能し、そういった1人1人の課題解決に向けて、担任をはじめとした学校内のチームや、地域の福祉機関などが連携してケアや支援を行っています。

しかし、コミュニティ内のたくさんの構成員を巻き込む問題が起きた場合は機能不全となり、危機に陥ります。例えば、児童生徒の自殺、部活動中の死亡事故、通学途中の交通事故死、教師の不祥事発覚などといった「突発的・衝撃的な出来事」が起こると、ご家族や同級生、担任だけでなく、学校全体が深刻なショックを受け、現場は混乱し、コミュニティによるケアやサポートがうまく働きません。このような学校コミュニティの危機に対して、いかに安定を取り戻し、子どもたちに対して大人がきちんと対応できる状態へと回復するか、それが大切だと考えています。

学びの場.comコロナ禍による休校措置は、まさに「突発的・衝撃的な出来事」と言えるものですが、今回の危機にはどのような特徴がありますか。

窪田 由紀学校コミュニティに危機が起こったとき、回復に向けてポイントが3つあります。1つ目は、正確な情報を提供すること。発生した危機について、詳しく分からないことが不安を呼ぶからです。2つ目は、危機によって心や身体にどのようなストレス反応が起こるか、それにどう対処すべきか知ってもらうこと。これによって、具体的なケアにつなげます。3つ目は、それぞれが抱える不安や、どうにも抑えられない気持ちを表現し、周囲に受け止めてもらうこと。苦しみを分かち合うことが、大きな支えになります。

しかし、今回の新型コロナウイルスは、全体像や見通しが、大人にも無い。ポイントの1つ目である正確な情報を知ることが困難で、得体の知れない怖さを誰も払拭できません。分からなさを抱えていくことは苦しいことです。また、身近な人と直接会うことができないため、分断されがちで、ポイントの3つ目の分かち合うことも難しい状況です。危機から回復するための3つの柱のうち2つが、もがれた状態と言えます。身近な人を亡くした人は震災などに比べれば少ないですが、そのような意味で、非常に深刻な事態だと考えています。

休校時は、正しい情報と思いを伝え、信頼をつないだ

学びの場.comこのような大変な状況下で、休校中に留意されたことを教えてください。

窪田 由紀冷静な判断や行動につなげられる情報を、できるだけ提供することでした。日本赤十字社は、3月26日に「3つの感染」が進むことへの警鐘を鳴らしています。それは、「病気そのものの感染」「不安と恐れの感染」「嫌悪・偏見・差別の感染」です。新型コロナウイルスは、人々の身体的な健康だけでなく、恐怖で心をむしばみ、答えを出そうとして、特定の他者を敵とみなして攻撃するような状況を生み出す可能性があったからです。

そして、残念なことに現実になったケースもありました。これらは全て、未知のウイルスに対するわけの分からなさに起因するものです。不安に突き動かされず、我に返るための安心材料が必要です。そのため、児童生徒や保護者、先生に向けて、感染症予防に関する情報をできるだけ発信するよう努めました。各地でスクールカウンセラーとして活動している人たちも、教科書を受け取りに来る日などに合わせて、お便り通信を一緒に配布するなどのさまざまな工夫で、休校措置や自宅待機のなかでも情報を届けられるチャンスを逃さないようにしていました。このような対応の有無によって、児童生徒や保護者の安心感はかなり異なります。

また、日本心理臨床学会のサイトに新型コロナウイルスの情報を掲載いただくなど、広く情報発信できるように働きかけました。児童生徒向けには、「レジリエンス=心の回復力」を働かせるためのポイントをまとめた『レジりん通信』や、新型コロナウイルス感染症対策について楽しく学べる動画『健康戦士コロタイジャー』を紹介し、現場の先生には、休校中の児童生徒の様子をチェックできるチェックシートをダウンロードできるようにしました。

担任向け休校中の子ども支援チェックシートSTEP1

学びの場.comチェックシートには、どのような項目が設けられているのでしょうか。

窪田 由紀今回の休校措置は、学期末から学期初めという重要な時期に突然、実施されました。友だちや先生との別れを惜しみ、成長の定着を実感して先に進むために、本来であれば密に関わらなければならない時期です。そのチャンスが失われてしまったことで、子どもたちや保護者が不安を抱えることや、新しい学年のスタートにあたって十分な信頼関係を築けないことが危惧されます。そこでSTEP1として、子どもや保護者との関係づくりを進めることを目的に、「家庭での過ごし方」「今日の気分」「家での生活の中での楽しみ」といった項目を設置しました。生活の様子を聞きつつ、先生の人柄を伝えられるように配慮しています。

関係づくりができたら、子どもや保護者の様子について確認するSTEP2へと進みます。こちらでは、学習面や生活面の困り事やストレスについて尋ねる項目を設置しています。ただし、一方的な聞き取りやアドバイスにならないよう気をつけることが重要です。この2段階を通じ、子どもや保護者の状況をアセスメントして、緊急性なども踏まえて必要に応じて支援していただければと思います。持ち上がりなどで十分な関係性ができていても、今回のように学校コミュニティの危機に直面している場合は、改めて声をかけることから始めることをお勧めします。

再開時は、子どもの心の安心を最優先で

学校再開時の子ども支援チェックシートより

学びの場.com学校再開後のケアとしては、どのような点が重要になるでしょうか。

窪田 由紀授業時数が不足しているので、学習面の保証に目が向くことは重々承知しています。でも、急がば回れです。まずは学級開きに力を入れてください。子どもや保護者に安心を与えられなければ、学習の成果も望めません。不登校やいじめといった、もっと大きな問題が発生する可能性もあります。むしろ、学級作りに時間をかけた方が、後から勉強にスパートをかけることができると考えます。

これだけ長期間の休みの後に学校が始まるのは、今までになかったことです。1日数人ずつでもいいので、一人ひとりに声をかけて、3分でも個別面談を実施していく必要があるでしょう。「ぼちぼちがんばろう。相談してね」とともに考えていく姿勢を示し、安心できる居場所になるよう努めてほしいと思います。それは、保護者に対しても同様です。仕事の休業や在宅ワークなど、体験したことのないような環境の変化に直面し、今度は再び以前のように朝早く起きて、子どもたちのために準備してという生活に戻るには1ヶ月くらいかかるでしょう。大人もこの先どうなるか、分からず、焦りを抱えていると思います。

一方で、そんな大人たちを、子どもたちは子どもたちなりに理解していますし、理解しようともしています。子ども、保護者、学校が共通の目標をもって、どうすればいいのか、一緒に考えていく関係をつくっていくことが望まれます。そのきっかけとして、感染症を予防するために、学校生活ではどのような点に注意すればよいか、といったテーマなどが取り上げやすいと思います。

学びの場.com今回の新型コロナウイルスの場合、家庭に高齢者がいるかなどにより、不安度に個人差があるように感じます。感染予防に対して、学校が全員が納得できるルールを示すのは難しそうですね。

窪田 由紀だからこそ、まずは学校に信頼や安心を感じてもらわないと、何も進みません。そのために、「ガイドラインを設けて、徹底します」という学校の姿勢を、きちんと家庭に伝えることが大事です。そのうえで、ガイドラインの内容が不十分と感じて「子どもを通わせたくない」という保護者がいたら、養護教諭に間に入ってもらうのはどうでしょうか。専門家の観点から、きちんとした根拠を説明することで、しっかりと理解してもらえるのではないかと考えています。また、実態を把握し、ガイドラインの内容が実態に合わないのであれば、子どもも参画させて見直すといいでしょう。クラスごとに「他にいい方法は無いかな?」と考えを出し合って決めれば、守ろうという気持ちにもなりますし、クラスの連帯感も高まります。

学びの場.com感染した子どもや、医療従事者の子どもに対する差別や偏見も問題になりそうです。

窪田 由紀「あの子とは遊ばない」といったいじめにつながらないよう、感染症に対する正しい知識を身につけ、差別や偏見の愚かさを理解する教育にはしっかり取り組む必要があります。先ほどご紹介した『健康戦士コロタイジャー』の動画の中にある『おもいやりピンク編』という話は、まさに新型コロナウイルスが生んだ二次的な差別に対して触れた内容となっています。ぜひ活用していただければと思います。

ただ、子どもたちは、私たちの想像以上に柔軟です。ダイヤモンド・プリンセス号の感染者を受け入れた大学病院のそばに小学校があったのですが、そこは「コロナ小学校」と呼ばれるなど、いわれのない偏見にさらされました。しかし、大学病院側が子どもたちに向けて発信した感染症に対する正しい知識や、学校の先生たちの親身な教育によって、子どもたちは冷静さを失いませんでした。さらには、入院中の感染者に対して励ましのメッセージを送ったとのことです。偏見や差別は、正しい知識があれば払拭できることを、改めて実感させられました。

新しい教育を、学校コミュニティ全体でつくるとき

学びの場.com今後、最も危惧されることは何でしょう。

窪田 由紀一番心配なのはやはり自殺です。文部科学省にも自殺予防の通知を出してもらえるようにお願いしました。夏休み明けに不登校や自殺が増える傾向にあるのは周知の事実ですが、今回はそれよりも深刻ではないかと考えています。もともと、夏休み明けに子どもたちが不安定になるのは、長い2学期が待っているからです。今回は、夏休みも冬休みも短縮する話が出ていますし、子どもたちにとっては果てしなく長い期間となります。それでいて、学習面では余裕のない中で走らされるため、子どもたちは大きなストレスを抱える可能性があります。子どもたちが息切れを起こしてしまわないよう、ここはあえて詰め込むのではなく、子どもたちの進捗に合わせた授業計画を立てることが望まれます。休校期間中にあまり勉強できなかった子どもに対しても「不利にはしない、必ず補うよ」と伝えて不登校にならないように声をかけるようにします。

また、感染予防の観点や学習の補填のため、運動会や宿泊学習などのイベントも中止になるケースが多いでしょう。このようなイベントを楽しみにしている子どもは、どこで存在意義を見い出せるのか、非常に心配しています。中止になった学校行事は、できる限りそれに代わるものを用意してほしいと思います。その内容については、学校主導で決めるより、子どもたちから要望を募るほうがよいでしょう。学校が提供できるのはこれだけの枠、その限られた条件の中で「こんなことをやってみるといいよね」と話し合っていくことが、子どもたちの納得感も得やすいはずです。休校措置も、夏休みの短縮も、行事の中止も、何の相談もなく大人が決めて押し付けたことです。先生たちが良かれと思って企画しても、積極的に取り組もうという気持ちにはなりづらいかもしれません。

学びの場.comこのような柔軟な対応は、現場の担任だけでは難しいですよね。

窪田 由紀校長以下の全ての教職員が一丸となって取り組むことが求められます。個々の学校に関しては校長の裁量権が大きく認められているので、地域の状況に応じてリーダーシップを発揮し、個々の教員が無理なく進められるように防波堤になってほしいと思います。さらには、教育委員会や都道府県知事も、責任を学校に押し付けず、そのような学校の取り組みをバックアップする体制をとってほしいです。日常を早く取り戻そうと、事を急ぐことで、子どもや保護者との関係が崩れてしまっては、何もよい結果を生みません。

このあと、感染の第2波、第3波がやってきて、再び休校措置が取られる可能性もあります。学校再開後も、オンライン授業を継続するなど、多様な学びのスタイルを残してもよいかもしれません。「学校コミュニティ」も新しい在り方を模索することになるでしょう。コロナ禍以前からも、世の中が大きく変わり、学校にストレスを抱える子どもたちが増える中、「変わらなくては」と言われながらも、変わらなかったのが学校です。この危機が、子どもたち、保護者、学校がひとつにまとまり、主体的に新しい教育を創り上げていく契機になってほしいと期待します。

記者の目

状況は、日々刻々と変化し、しかも終わりが見えない。現場は混乱の最中にいる。スクールカウンセラーとして現場に関わる窪田氏は、現場の先生たちが「なんとか学習の遅れをこの短い期間で取り戻さなくてはならない」と、学習面のことだけで手一杯な状態だと語っていた。だが、もうこれはひとりの教師だけで解決できる問題ではない。教師は助けを求めてほしい。学校も、保護者も、子どもたちも、みんなで知恵を出し合い、新しい教育を考えるべきだ。それこそ、答えのない今の世の中に必要な“学び”と言える。語弊を恐れずに言えば、過去への憧憬は捨ててしまおう。コロナ禍以前に戻ったところで、子どもたちの不登校や自殺が増え続けるのでは意味がない。

窪田 由紀(くぼたゆき)

九州産業大学人間科学部教授、博士(学術)、臨床心理士、公認心理師。日本心理臨床学会常任理事、日本ストレスマネジメント学会理事、日本臨床心理士会代議員、福岡県臨床心理士会理事、文部科学省「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」協力者など。専門は臨床コミュニティ心理学。

取材・構成・文:学びの場.com編集部

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