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教育インタビュー

2017.07.19
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宮田 美恵子 子どもの防犯教育を語る。

市民性のある大人を育成する、それが根治療法としての防犯対策です。

宮田美恵子氏は、日本こどもの安全教育総合研究所理事長であり、子どもの防犯教育の実践・研究の第一人者。警察庁の発表によると、児童生徒等の犯罪被害認知件数や学校における刑法犯認知件数は、過去10 年間で全体として減少傾向とのこと。しかし、凶悪な事件は後を絶たず、私達の不安を高じさせています。夏休みを前に、子どもを犯罪から守るため学校・家庭・地域がすべきこと、また子ども自身が身につけるべきスキルなど、具体的な対策方法も含め宮田氏に伺いました。

子どもの犯罪被害、件数は減っているが悪質化傾向

学びの場.comやはり夏休みに入ると、子どもが犯罪に巻き込まれる率は高くなるのでしょうか?

宮田美恵子若干高くなります。夏休みは、子どもが自由に過ごせる一方、大人は仕事をしている時間です。従って、普段のような子どもを見守る目が相対的に少なくなります。子どもは行動範囲が広がり、ネットを見る時間も増え、その分、犯罪との接点が増えることになります。 2015年8月に起きた大阪府寝屋川市で二人の中学生が被害にあった事件も、まさに夏休み中のことでした。中学生になって初めての夏休み、小学校時代ほど見守りの目が向かない上に、子ども自身は色々な所に行ってみたい、色々なことをしてみたいという興味関心が盛んになる年頃です。友達関係も行動範囲も広がります。こうして、夏休みという保護者の目が十分届かない時間に事件は起きてしまいました。この時、被害者となった二人の中学生は駅前商店街のアーケードで夜通し過ごしていたのですが、「こんな時間に子ども達がウロウロしている」と気づいて、彼らに声をかけ保護する大人がいなかった点が悔やまれます。

学びの場.com子どもの犯罪被害認知件数や学校における刑法犯認知件数は、過去10 年間で全体として減少傾向(警察庁、平成28年7月「平成26、27年の犯罪情勢」より)とのことですが、寝屋川の事件といい、2017年3月に千葉県松戸市で小学生が被害にあった事件といい、相次いでいる印象があります。

宮田 美恵子量は減っているけれど質が変わってきているのです。かつて略取・誘拐事件は身代金目当てが多かったのですが、現在の犯行目的は、人の死そのものへの関心、小児性愛等、大人の無規範化が露呈し、個々の事件はより凶悪化・悪質化傾向にあります。1件ごとの衝撃が大きいため「日本はとても治安が悪くなった」と感じるのでしょう。 特に、世間を震撼させ、学校関係者が子どもの防犯教育に本格的に取り組むきっかけとなったのが、2001年に発生した大阪教育大学教育学部附属池田小学校(以下、池田小)の不審者乱入事件です。あの事件はとても衝撃的でした。朝、子どもを「行ってらっしゃい」と送り出し、安心して託せる場所・学校で、子どもが犯罪に遭って命を落とすとは、想像したこともなかったからです。この安全な日本で、まさかそんなことが、それも学校で起こるなんて、誰もが思いもしませんでしたから。 ただ、学校と言っても、池田小は国立大学の附属という、世間一般から見れば特別な学校。市外からバスや電車を乗り継いで通学する子どもも多いため、当時は地域の人達とあまり交流はありませんでした。運動会等の行事があっても地域の人々は参加しないでしょうし、お互いのつながりがない。だから、池田小は池田市にあるけれど、そこから切り離され浮いている存在。それが学校を見守る地域の目を希薄にしてしまったと私は考えます。

学びの場.com近年、スマートフォンやSNS が著しく普及しています。その影響で子どもが犯罪に巻き込まれる傾向はありますか?

宮田 美恵子あります。今、中学生がオレオレ詐欺の受け子になるという事件も増えています。子どもは「言われた場所に行って、お金をもらってくればいいんだ」と安易に引き受け、それが犯罪だとは思ってもみない。知らぬ間に犯罪の手先にされていることがあります。彼らの多くは特に非行少年でも不良グループの子でもない、ごく一般的な子ども達。では、どこでそんな犯罪組織とつながるのかというと、ネットです。スマートフォン等に何気なく送られてくるメールに「ラクしてたくさんのバイト料をもらえる!」といったバイト募集広告があり、子どもはタップするだけならタダだからと気軽にアクセスしてみる。すると、それがもう犯罪への入り口となっているわけです。犯罪者は言葉巧みに子ども達に接近し、誘いの手を伸ばしてきています。

「声かけ=悪」「走って逃げろ」型指導を強化した結果・・・

学びの場.com2001年の池田小事件以降、子どもの防犯教育は本格的に取り組まれるようになったとのことですが、その効果はいかがでしょうか?

宮田 美恵子池田小事件の後も、2004年奈良県奈良市、2005年広島県安芸郡、栃木県旧今市市……等々、子ども被害事件は相次ぎ起こりました。これにより当時、地域自主防犯活動としてボランティアによるパトロールが行われ、多くの見守り隊が結成されました。 同時に、学校も家庭も地域も、大人達は子どもを守りたい一心で「知らない人に声をかけられたら走って逃げなさい」という指導を強化し続けてきました。すると、地域住民の「こんにちは」「おかえりなさい」といった親切な挨拶までも不審者の声かけと誤解されることが増えてしまったのです。そして、池田小事件から16年経ち、「声かけ=悪」の紋切り型教育が身についた世代は現在、親や教師になっている人達もいますから、今度は自分が「子どもに声をかけると不審者と思われるのでは」と、積極的な声かけをためらう方が多くなっているように見受けられます。

学びの場.com確かに、挨拶したのに無視されたり逃げられたりしたら不快ですし、次回から声をかけないようにしようと思ってしまいます。

宮田 美恵子最近、ある新聞の投書欄に「『ウチは子どもに、知らない人に挨拶されたら逃げるよう教えているので、マンション内でも挨拶しないように決めてほしい』という居住者からの提案を反映し、マンション内の挨拶が禁止になった」というものがありました。これは「人を避ける」ことで子どもの安全を確保しようという考え方。つまり、家から一歩も外に出ず、一切他者と関わらなければ、犯罪に遭わないという極論です。これでは生活は成り立ちません。人とのコミュニケーションを断ち孤立することで、果たして本当に被害を防止することができるのでしょうか? 例えば、深夜の商店街を子どもがうろついていたら明らかな異変なのに、誰も声をかけて保護しなかったら? 地域の人々による声かけ合いや見守り合いが機能していない所、そういう隙間を犯罪者は狙うのです。学校も、地域や家庭とつながり、人々の目がいつも学校に向いていて、毎日地域の人々が訪れるという学校であれば、犯罪者はおいそれと近寄れないでしょう。 本来、防犯教育の目的は、人を避け、無視して安全を確保するためのノウハウを学ぶのではなく、地域の人々と協力し協働できる人の育成=市民性を身につけることです。従って、「声かけしたら、不審者と思われるかもしれない」という疑心暗鬼から一歩踏み出し、子どもが違和感のある状況にいたら声をかける。地域の人同士でつながり、子ども達を見守る目を作っていくことが必要だと考えます。

今、求められる防犯教育とは?

学びの場.comでは、子ども自身の防犯力はどう育成すればよいでしょうか?

宮田 美恵子一つの方法として、子どもが誰かに声をかけられた時、どう対応するかを学ぶことです。「声かけ=走って逃げろ」の教育では、地域の人が心配して「学校の帰りなの?」と声をかけても逃げてしまうことになり、せっかくの見守り活動も成り立ちません。一方、声をかけられた子どもには迷いや葛藤が生じています。「○○の場所はどこ? 連れて行ってくれる?」と声をかけられたら、子どもは「人には親切にする」道徳性と、「走って逃げる」の紋切り型対処との間で迷い、判断できなくなります。これを私は『防犯モラルジレンマ』と名付けました。 実際、声かけには善意のものもあれば、悪意が潜んでいることもあり、それを見分けることは子どもにはとても難しいのです。そこで、善意か悪意かわからない声かけに対して、相手の気持ちに配慮した道徳的対応と、必要に応じて失礼のない言葉で断る防犯的対応の両方を身につけてほしいと思い、『防犯モラルジレンマ学習』という映像教材を作りました。HPにて公開していますので役立てていただければと思います。

学びの場.comこの道徳的対応のスキルは、学校でも道徳の時間に学べそうですね。

宮田 美恵子人を避けるだけでなく、地域の一員として共に暮らせるようになる「心を育む新しい防犯教育」と言えるものなので、道徳の時間に取り入れてほしいテーマです。また、特活の中で、地域の方の見守り活動等を取り上げ、そうした方々の話を聞くなどして、皆の安全安心のために協働するとはどういうことかを教えるのもよいでしょう。先程、防犯教育の目的は、市民性を身につけることだと申しましたが、まさにこういった授業で、「人とつながる力=市民性」を身につける「市民化教育」ができると思います。教師の皆さんは、子ども達を市民性のある大人に育てるという意識を持って、道徳を始め親和性のある教科や単元で、あるいは教育活動全体を通じて、しっかり教えてほしいと思います。 不審者を避ける指導はいわば対症療法ですが、民主的な社会参画スキルを身につけた市民を育成することは、犯罪者を生み出さない社会を創る根治療法となるのです。子どもが将来生きていく安全な市民社会を見据えた教育を実践すべきでしょう。

学びの場.com家庭は子どもの防犯力育成のために、どのような役割を果たすべきでしょうか?

宮田 美恵子そもそも防犯教育には三つの目標があります。 1)自らの命や体を自分で守る 2)他者の安全にも配慮する 3)人とつながる力を身につける市民化教育 簡単に言えば、「自分の安全、他人の安全、皆の安全」のために考え行動できる人の育成を目指します。そのスタートは家庭教育です。 0歳から就学前の子どもは、一番身近な人、例えばお母さんやお父さんに抱きしめられるなどにより愛されている、大事にされているという自尊感情を持つようになります。すると、子どもは自分を大切に思えばこそ、自分以外の人も大切にしなくてはと、他者の安全にも配慮した行動ができるようになります。つまり、この時期の親子の関わりや家庭教育が子どもの防犯力育成の土台となるのです。 さらに、次の9か条を実践してほしいと、保護者の方々にいつもお話しています。これは防犯に限ったことではなくて、家庭のすべての安全教育に共通するものです。 1.犯罪や災害、交通事故などについて話し合う 2.命の大切さを伝える 3.信頼関係を深め愛情の絆を結ぶ 4.大切な子どもであることを伝える 5.約束や決まりを守る習慣をつける 6.身の回りの物を大切にする習慣をつける 7.ご近所の人に挨拶をする 8.地域行事や地域の活動に親子で参加する 9.自然に親しんだり外遊びをする 大切なのは、このような約束事を家庭で決めて、家族との信頼関係を深めることでスキを作らないこと。犯罪者はスキを突いて思いを遂げようとするので。何か異変が生じた時は、家庭の約束が守られていない可能性があるものです。 例えば、0歳から就学前の段階で自尊感情がしっかり育っていなかった人は、自分を大事に思えない傾向があります。そういう人は他人や皆の安全に配慮した行動を取るのは難しいでしょう。いつか他人を傷つけてしまうかもしれません。 また、子どもの被害事件は通常、出勤や登校で一般の人達の見守りの目が多くある朝の時間帯には起こりにくいものです。多くは、帰宅時刻が学年によってバラバラで、見守り活動がやりにくい下校時に起こります。しかし、もしも朝寝坊や遅刻が常態化したら、小学生の場合、毎日たった一人で登校することになり、そこに犯罪者に狙われるスキができてしまいます。遅刻はしない、決まりは守るという指導はやはり大切なのです。

学びの場.com家庭、地域、学校は、子どもの防犯教育のためにどう連携すればよいでしょうか?

宮田 美恵子繰り返しになりますが、「市民性のある大人を育成する」ことが防犯教育の本来目指している所。まず、就学前は家庭で自尊心を育て、自分や親・きょうだいの命を大事にしようという気持ちを目覚めさせます。学校に上がったら先生や級友と出会い、彼らの命や安全に配慮することを学びます。そして集団の中で「人と手を組む力」――友達との違いや良さを認め合い、他者との相互理解を深める力を身につけます。こうして皆のために協働できる市民となっていき、見守り活動等、地域や社会の安全活動に参画していきます。 ただ、家庭教育の中で自尊心を十分育てられなかった子もいるでしょう。その場合は学校が教科や生活の様々な側面から「人とつながる力」を育んでほしいと思います。また、学校だけがすべて抱えても、池田小のような事件には対応できませんから、こういう時こそ地域の人達のバックアップが大いに必要となります。家庭では愛情の絆、学校では学習、地域はこれらを結ぶ調整役を担い、かつ「市民」のモデルとして、地域ぐるみで子どもの防犯活動を進めていただければと思います。

宮田 美恵子(みやた みえこ)

順天堂大学医学部協力研究員/放送大学非常勤講師/特定非営利活動法人日本こどもの安全教育総合研究所 理事長
日本女子大学総合研究所市民安全学研究センター研究員、日本女子大学人間社会学部客員准教授を経て、同研究所設立。大学で学生への講義の他、児童生徒のための防犯体験学習プログラムの推進、及び同プログラムの講師として「市民先生」の育成、成人を対象とした市民安全のための生涯学習活動支援にも力を入れている。子ども被害事件現場を歩き、調査、分析、実験を欠かさない地道で果敢な研究スタンスから常に新しい情報を発信。安全教育解説者として新聞・テレビ等に多数出演。

インタビュー・文:宝子山真紀/写真:言美 歩

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