2023.02.24
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『ワース 命の値段』シンポジウム 中央大学法学部の学生と考える、補償金の「平等な」分配とは

2月23日(木・祝)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開される映画『ワース 命の値段』。この作品は9.11米同時多発テロの被害者、約7,000名に、補償金を分配する役目を担った弁護士ケン・ファインバーグと彼のもとで働く事務所の面々が、対峙した2年間の軌跡と葛藤を描いた物語だ。この映画の公開記念として2月17日(金)に、中央大学多摩キャンパスで行われたのが試写会とシンポジウム。そのシンポジウムの様子を紹介する。

映画『ワース 命の値段』公開記念 シンポジウム in 中央大学

■日時:2月17日(金)
■場所:中央大学多摩キャンパス(東京都八王子市)
■司会:伊藤壽英(中央大学法科大学院 教授、弁護士)
■ビデオメッセージ:ケネス・ファインバーグ弁護士
■パネリスト
宇都彰浩弁護士(仙台弁護士会・災害復興支援特別委員会委員(元委員長)
髙取芳宏弁護士(霞ヶ関国際法律事務所、英国仲裁人協会上級仲裁人、日本仲裁人協会常務理事)
阿部信一郎弁護士(霞ヶ関国際法律事務所)
吉尾一朗 行政書士(メルクリウス総合行政書士事務所)
■参加者:中央大学学生、教職員、卒業生その他中央大学関係者20名
■主催:日本比較法研究所(中央大学)共同研究グループ
「アジア法の多様性と法の支配確立に関する研究」及び「アメリカ公法研究会」

試写会に続いてシンポジウムがスタート

(C)2020 WILW Holdings LLC. All Rights Reserved.

司会を務めた伊藤壽英教授は、この日の試写会で『ワース 命の値段』を見るのは3回目。不覚にもウルッと来てしまったという。
「(この映画を通して)皆さんも日頃の勉強ですとか、将来の展望ですとか、少しでも考えるキッカケになったらいいと思います」という発言から始まったシンポジウムは、全員が映画を試写で観た直後だったこともあり、なかなかの熱気こもる中でのスタートをきった。

ファインバーグ氏によるビデオメッセージ

ケネス・ファインバーグ氏

とりわけこのシンポジウムで衝撃的だったのは、やはりこの映画の主人公のモデルとなり、遺族の補償のために奔走した実在のケネス・ファインバーグ氏の12分弱のビデオメッセージが届けられた点だ。約7,000人の対象のうち、80%の補償基金プログラムの賛同を得ることを目標としていたファインバーグ氏のメッセージは全編英語、字幕ナシで届けられた。
内容的には3.11の東日本大震災の後に駐米の日本大使から9.11時の補償基金について説明してほしいと言われたこと。しかし、大使からは9.11での補償基金プログラムのやり方は日本には合わないというネガティブな発言が聞かれたということがまず紹介された。そしてとにかく皆さんにこういった補償基金プログラムについて考えてほしいというメッセージが届けられた。誰を救済すべきなのか、被害者グループを限定して認めていくべきなのか。
そうじゃないのか…という質問が次々と投げかけられたメッセージであった。

法の下で公平に平等に対処するにはどうしたらいいのか

ちなみに伊藤教授によれば、かつてバージニア工科大学で銃乱射事件が発生し、30名以上が亡くなった時、たった一晩で日本円に換算すると7億〜8億円の現金と小切手が大学側に渡されたという。これが日本ではとても考えられないアメリカの寄付文化というものらしい。そういった善意のお金をいただいて、特定の被害者を限定して助けることが、本当にいいと思うか…ファインバーグ氏は徹底して学生たちに問うていた。法の下で公平に平等に対処するにはどうしたらいいのかと。
伊藤教授も「簡単に答えられるような話ではない」と言っていたが、筆者はそこにファインバーグ氏の大きなメッセージ性を感じてしまった気がした。それは考えることが大切…というメッセージ。
例えば福島の原発事故について、国民全員が何かしらの補償を出すべきと意見が一致していれば何も問題はない。けれども実際は反対的な意見が出てくるから難しいということを伝えていた。だが答えは出なくても、頭で問うてみることが大切だということを、個人的に受け取ることができた。

東日本大震災と比較して考える

次にパネリストとして登場したのが、宇都彰浩弁護士。震災復興に関わってこられた宇都氏から出た映画の感想として興味深かったのは「すごいと思ったのは、9.11の犠牲者を全員把握したという前提になっていた点。ニューヨークのワールドトレードセンターで働いていた人や、救助に関わった消防士らの名前は把握できると思いますが、ビルに出入りしていた人達まで、どう把握したのか。そこは映画では描ききれていませんでしたが、でもちゃんと全被害者の連絡先がリスト化され、そこから様々な案内ができるような仕組みになっていたのが素晴らしいと思いました」というところ。実は日本では一般的にこういうリスト化は行わないのだという。
「日本の基本は申請主義。申請しないと行政サービスとか補償が受けられない。だから東日本大震災以降もいろいろ災害は起きたけれども常に申請主義だった。それゆえにコロナ禍で一律で10万円を配るとなった時に、どうやって配るのかと問題になったわけです」
またいろいろな事情が異なる人達全員が、納得できるような補償の基準を作る難しさなども語られた。
「映画の中では個人面談されて基準を作っていました。実際に福島の場合は、第一原子力発電所の事故での賠償については、東京電力に対して直接請求する方法と、その後に作られた原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に申請して東京電力と被害者の間で話し合いを斡旋する方法と、訴訟という3つのやり方がありました。でも実際に訴訟をされようとかする方って、本当に人数はいなかった。それはなぜかというと難しいから。東日本大震災で被災して、原発圏内でいえば20キロ以内で、それこそ着の身着のままで逃げて戻れなくなってしまった人などは精神的にも肉体的にも疲弊している。そういう方達が自分で直接損害賠償を申請するのはハッキリいって難しい。またADRの話だって、いろんな相談会に出ることで初めて耳にした、そういう情報に辿り着いたという方もいると思います。ではそこまで辿りつけていない方達にはどうしたらよいのか…ということなんです」
弁護士の方々の話から見えてくる日本の現実。震災から12年が経ったが、各地でまだ弁護士がいろいろ動いている状態。
「全然解決してないんです」と氏はきっぱりと言い切った。

最終的にはコミュニケーションが大切

また次の髙取芳宏弁護士は、実際に薬害訴訟でファインバーグ氏と同じような立場にたったことがあると説明。「日本の裁判歴史上、集団訴訟が行われたのが薬害訴訟。私は企業側のほうの弁護士でしたが」
企業に対する憎しみなどが大きく、感情的にも激しく被害者がゆさぶられるものだったという。
「最終的にファインバーグ氏は、被害者と丁寧にコミュニケーションを取ることで解決に導きました。でもこのコミュニケーションは本当に大切なものなんです。共通のインタレストを探すことが大事。早く司法行政と決着をつけて、裁判を長引かせないことは被害者を疲弊させませんし重要ですが、そのためにはコミュニケーションを取って互いの共通項が見えてくることで、より戦略も的確に練れる。映画でも最終的にコミュニケーションを取ることで変わっていきますからね」
他にも法律の用語がポンポン飛び交うような様々な例話が出てきた。
こういった少なくとも法律を仕事にしたい学生さんにとっては、映画自体も含め、非常に中身の濃い話が展開した。

自分がファインバーグ氏だったら何ができたのか

(C)2020 WILW Holdings LLC. All Rights Reserved.

シンポジウム終わりには、学生や登壇している先生からも質問が。
「第一印象が悪くなった後に、交渉をすすめるコツは?」という質問には、高取氏が「コミュニケーションの努力ですね。コミュニケーションを取ることで、第一印象をくつがえし、より良い関係を築くことができました」とニッコリ。
また「行政側でできることは限られている。精神的な苦痛を和らげるのは、弁護士がやるべき仕事なんです。非常に有効な役目を担っているというのが、映画の中でも大切に描かれていました。自分がファインバーグ氏だったら何ができたのか。そこを考えてもらうのが大切な映画だったのではないでしょうか」
などという意見もパネリストの阿部信一郎弁護士から出たりも。
また日本の分断化が訴訟などで進んでいってはならないとの意見も出た。

「ワース 命の値段」(STORY)

2001年9月1日に発生した米同時多発テロ。
調停のプロを自認する弁護士のケン・ファインバーグは、政府が被害者と遺族を救済するために立ち上げた補償基金プログラムの特別管理人を任されることに。ファインバーグは独自の計算式に沿って、補償金額を算出していくが、数字先行の彼のやり方は遺族に嫌われてしまい、チームの作業は停滞を。そんな中で苦境に立たされたファインバーグがくだした決断とは一体!?
監督:サラ・コランジェロ 脚本:マックス・ボレンスタイン 出演:マイケル・キートン、スタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアンほか
配給:ロングライド
2月23日(木・祝)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
(C)2020 WILW Holdings LLC. All Rights Reserved.

記者の目

地震国日本では、今後もこういった訴訟問題や申請問題に必ずぶち当たる日が来るはず。
来るべき時にも、何があっても落ち着いて、いろいろな情報を集めて行動することが大事だ。そういうことを感じさせてくれた貴重なシンポジウムであった。

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