2016.06.23
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高校1年生という壁~将来の見通しはゆらぐ~

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

「大学入学時に将来の見通しを持っているかどうかは大学生活に大きく影響する」
「大学4年間を通して、キャリア意識はそんなに変わらない」。
 京都大学・溝上真一先生の「高校での将来への見通しが大学での力強い成長を促す」
(『学研・進学情報』2011年6月号)に書かれていた内容です。
この記事を読んだのは、まだCSL(キャリア教育授業)が形になる前のことでした。
そのときはキャリア教育部長をしていて(早く担任に戻りたいと思いながら(笑))、
この記事を読んで高校におけるキャリア教育の大切さを痛感したことを今でも思い出します。

その後CSLの実践をすると決まってからも、この記事のことはすごく覚えていました。
せっかくだから高校で調査してみようと決意し、溝上先生の質問紙をそのままいただき、
まずは2013年1月、CSL実施前の高校1年生を対象に将来への見通しを調査しました。
その後CSLの実践を開始した2013年4月からは、4月と1月の年に2回、将来の見通しを調査しています。
こうした調査は「やる」と決めても、日ごろの忙しさの中でいい加減になってしまいがちなのですが、
文科省の研究指定を受けたおかげで強制力が働き、継続して実施することができています。
そして調査結果から、(本校に限らず)現在の高校生の状況が浮き彫りになってきました。
さらに、実はこの結果は大人にも当てはまるということもわかりました。

今回と次回はCSLの成果報告として「生徒のキャリア意識(将来の見通し)」を中心に報告 したいと思います。
この結果が大人に何を問いかけているのかを考えながらお読みいただければと思います。
 


  1、CSLの成果!?将来の見通しがない生徒が減少
 


将来の見通し調査と同時にモラトリアム傾向や人とのコミュニケーション傾向の調査も 実施しています。
これは宮原清先生の先行研究を使わせてもらっています。
調査の結果、将来の見通しがない生徒は、将来の見通しがある生徒に比べて
有意にモラトリアム傾向が高く、さらに新しい人とのかかわりも避ける傾向がありました。
大学同様に高校でも「将来の見通し」を持っている方が成長につながりやすいということを
暗示している結果にも思えます。
CSL実施前、高校1年生の1月段階で「将来の見通しがない」と答えた生徒は33%でした。
一方CSLを実施してからは、高校1年生の1月段階で「将来の見通しがない」と答える生徒は20%程度です。
CSLを実施してから3年続けてほぼ同じ結果になっていることを考えると、
CSL授業を実施することで、「将来の見通しがない」と答えた生徒が10%以上減少したと言えます。

その後の追跡調査で、高校1年生段階で将来の見通しを持つことが、高校2年生以降にもいい影響を
与えることも明らかになりました。また高校入学段階で「将来の見通しがない」と答えた生徒の約半数は、
高校1年生の1月段階でも「将来の見通しがない」と答えています。
溝上は「大学生のキャリア意識はなかなか変わらない」ということを明らかにしていますが、
高校にも同じことが言えるだろうことがこの調査からわかります。
こうしたことを考えると、CSL授業の実践を通して「将来の見通しがない」と答えた生徒が減少したことは
一つの重要な成果であったと言えます。

 

2、高校で将来の見通しはゆらぐ


先ほど、CSL実施前に高校1年生の1月段階で「将来の見通しがない」と答えた生徒が33%だったのに、
CSL実施後は20%+αに減少したと書きました。
そもそも高校入学時点で、生徒たちは将来の見通しを持っているのでしょうか。
高校1年生の4月に将来の見通しを調査すると、「将来の見通しがない」と答える生徒は、
年度による誤差はあるもののおおむね25%弱です。
高校1年生4月の調査結果はCSLの実施とは 何ら関係ありませんので、おそらく高校1年生段階で
「将来の見通しがない」と答える生徒は 本校では25%弱と考えるのが自然でしょう。
そうだとすると、(高校1年生の1月段階で将来の見通しがない生徒が33%だった)CSL実施前は
高校生活を通じて「将来の見通しがない」という生徒が増加しているということになります。

CSL実施前も高校1年生には、文理選択や進路講演などを実施してきました。
にもかかわらず、将来の見通しがない生徒が増えている。
ある意味ショッキングな数字ではありますが、なぜそうなのかを考えることにこそ意味があると考えました。
もちろんなぜCSL実施によって「将来の見通しがない」と答える生徒が減少したのかを考えることも重要です。

調査から見えてきたのは「高校という新しい環境で将来の見通しはゆらぐ」ということです。
高校1年生の4月には「将来の見通しがある」と答えていたのに、高校1年生の1月には「将来の見通しがない」
と答えた生徒に「なぜ将来の見通しがなくなったのか」を聞きました。
いろいろな理由がありましたが、大きくわけると2つでした。
みなさんはこの2つとは何だと思いますか?

生徒の答えで多かったものは
「視野が広がってやりたいことが増えた」 「不安になった、自信をなくした」の2つでした。

前者は決して悪いことではなく、むしろ成長の過程でしょうが、後者が気になりました。
生徒のコメントを見ると「持っていた見通しに自信がなくなり、まわりの人たちと比べると考え直すべきかと思った」
「中学校からあったものが薄れてきた」「まわりの人が具体的にしっかりと夢を持っていて、
自分が本当に何をやりたいのかわからなくなった」などが並びました。

私はこれを読んで、小・中学校と高校の違いを改めて感じました。
高校ではある程度同じような学力層の生徒が集まります。
中学校の時にクラスの中で成績が中上位だったとしても、 高校でそうなるとは限りません。
またクラブ活動でも同様です。中学校の時にエースだったとしても高校に来れば、
まわりに自分よりすごい人がいっぱいいるというのは当然に起こります。

この件で忘れられないことがあります。3年前に高1で担任した生徒ですが、成績もそこそこよく、
クラブ(野球)でも 順調に頑張っていて、私の目にはスムーズに高校生活に順応できたように見えていました
(その後甲子園に出場するのですが、彼はベンチ入りしました)。

ところがその生徒が卒業真近に「CSLを学んで」というテーマで語った内容を聞いて、
私は生徒のことを わかっていなかったことに気付かされます。

彼は「自分は中学校までは勉強もそこそこでき、野球も上手で、 クラスではヒーローだった。
でも高校に来ると、勉強でも野球でも自分よりすごい人がいっぱいいて、 すっかり自信をなくしてしまった。
これからの高校生活、どうしようかと思った」と語ったのです。

高校という新しい環境で不安になり自信をなくす中で、持っていた将来の見通しが見えなくなっていく。
多くの高校で同じことが起きているのではないでしょうか。
もちろん高校という新しい環境で、視野が広がることで、一度見通しをなくす生徒もいるでしょう。
いずれにしても「高校という新しい世界で将来の見通しはゆらぐ(ゆらぎやすくなる)」のです。

「(たとえ中学校で明確な目標持っていたとしても)高校という場で将来の見通しはゆらぎやすい」
私たちはこのことをもっと意識して生徒に向かうべきではないでしょうか。
一方でよりよい実践をするということを考えるならば、
「どのような取り組みが生徒が将来の見通しを持つことにつながるのか」ということを考えることが重要です。

私たちは高校入学段階では「将来の見通しがない」と答えていたのに、 高校1年生の1月段階で
「将来の見通しがある」と答えた生徒に、それはなぜかを聞き、答えを分析しました。
これについては次回書きたいと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。

(参考文献など) 酒井淳平・河井亨「高等学校におけるキャリア教育授業の実践による生徒の変容」~将来の見通しに注目して~
(立命館高等教育研究15号<PDFファイル>) http://www.ritsumei.ac.jp/acd/ac/itl/outline/kiyo/kiyo15/10_sakai.pdf

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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