2009.11.13
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かけあい

北海道真駒内養護学校 教諭 遊佐 理

1ヶ月ほど前に、本校を会場にして「第3回肢体不自由教育ベーシック講座」が開催されました。
東北大学の川住隆一先生をお迎えし、「重複障害児のコミュニケーションについて」というテーマで講演していただきました。

講演の中で、川住先生は、子どもとのやり取りということを大事にされていて、その中でも「子どもたちの返事が来るまで待つことが大切」ということをおっしゃっていました。

僕は、その話を聞きながら、ある子どものことを思い出していました。

僕の前任校は田舎にある知的障害養護学校の分校でした。そこで、ある児童の「ことばかず」の授業を担当していました。

「ことばかず」とは、その名のとおり国語と算数の基礎となる言葉と数のことを取り扱う授業で、特別支援学校ではよく目にする言葉です。子どもの実態によって具体的な内容は異なりますが、担当していた児童に関しては、教師の問いかけに返事したり、絵本の読み聞かせで絵を見たり耳を傾けたりすることで、人とのやり取りする力を育てたいと考えていました。

僕は、ことばかずの授業の中でいっしょに歌うという場面を設定しました。
この子どもは、「う~ん」と声を出したり、楽しいことがあると笑ったりできたので、何とかいっしょに歌えないかな、と思い、いろいろ歌ってみました。しかし、音楽に聞き入ってしまうのか、なかなか声が出ませんでした。
そこで、掛け合いができる曲を選び、伴奏もウクレレを使って自分で演奏して掛け合いの部分で声が出るまで待つことにしました。
まずは、僕が何度か演奏してどんな曲か聴いてもらい、いざ、掛け合いの声が出るまで待ち始めました。

10秒待ち、20秒待ち……。なかなか声が出てきません。
そろそろあきらめたほうがいいかな、と思い始めた1分後。
「う~ん」
ようやく声が出てきました。

やった~、と心の中でガッツポーズをとり、次の掛け合いのところまで演奏を続け、また声が出るまで待ち、また1分後に声が出て…ということを繰り返しました。

そんなことを週に2回、半年間続けていきました。
気がつくと、待つ時間がだんだん短くなってきました。
最後のほうは、掛け合いの部分で待つとすぐに声が出てきて、スムーズに曲が演奏できることもありました。

演奏をして待ち、声を出してくれたらまた演奏して…ということを繰り返したことで、人とやり取りをする楽しさを実感し、相手にとって受け取りやすいやり取りをしようとする意欲につながったと考えています。
それは、子どもの側だけの話ではありません。教師だって、返事をもらえたらとてもうれしいですし、それをきっかけにしてどんな小さなサインでも見逃さないように努力しますし、分かってもらえるような提示方法を工夫するようになる、と考えています。
これも教師と子どものコラボレーションと呼べると思います。

また、特別支援教育においては結果が出るのに時間がかかることがあり、教師が飽きたころから子どもたちが盛り上がってくることはよくある話です。特に、今回の授業のように子どもたちからの表現を引き出そうとする際には相当の時間がかかることを覚悟する必要があります。今回の授業についても、半年かかりましたが、それだけに流れるようにかけあいができたときの喜びは格別でした。

僕にとって、子どもとのかかわりにおいて何が大切かを学んだ、とても大切な授業でした。

それから10年。
肢体不自由教育ベーシック講座の終了後、ある知り合いの先生と話をしている中で、10年前いっしょに歌ったその子どもが高等部を卒業して元気に暮らしていることを教えてもらいました。

とてもうれしい、そして、初心を改めて思い返した、とても大切な1日でした。

遊佐 理(ゆさ おさむ)

北海道真駒内養護学校 教諭
特別支援教育コーディネーターになって3年目。特別支援教育のプロフェッショナルとして、笑顔で人と人とをつなぐことを目指して頑張っています。

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