2009.09.04
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言葉のスリップ

北海道真駒内養護学校 教諭 遊佐 理

最近、大人の発達障害の本が多く出版されています。僕も何冊か持っており、とても興味深く読みました。

その中で、ちょっと引っかかることがありました。

そこに書かれていることで、「僕にも当てはまる」ということが結構あることです。

たとえば、「自己評価が低い」とか「突然の変更に弱い」とか「細かいところをよく記憶している」とか…。

他にもいくつかあるのですが、今日は、その中のひとつを紹介したいと思います。


僕は、突然人の話が聞き取れなくなることがあります。聞き取れないといっても、音が聞こえなくなるのではなく、音としては聞こえているのですが、何を言っているのか認識できなくなるのです。
それも、その直前まで聞き取れていたのに、ワンフレーズだけ聞き取れなくなるという場合がほとんどです。

何の前触れもなくそのフレーズだけ未知の外国語で話しかけられているかのような感覚といえば伝わりやすいでしょうか。

このような現象についてきちんとした名前があるかもしれませんが、僕はこの現象を勝手に「言葉のスリップ」と呼んでいます。

だいたいは、聞き返すと2度目は聞き取れるのですが、それでも聞き取れないことがあります。2回ぐらいは聞き返すのですが、それ以上聞き返すのは失礼になるような気がして、聞き返せなくなってしまいます。

そうなると、僕の思考回路は前後の文脈からその人が何を言っているのか予想し、答えています。それでうまくいくときもあれば、そうでもないこともあり、ちょっとしたギャンブルです。


先日、ある方とスープカレーを一緒に食べる機会がありました。それはとてもおいしいスープカレーだったのですが、少し残したところで話に夢中になっていました。
すると、店員さんが「失礼します」と言いつつ席に来たので、何かな、と思いつつ店員さんの言葉に耳を傾けました。
そこで、店員さんの言葉がスリップしました。
そこで聞き返せばよかったのですが、話の続きを早くしたかったので、「まだ食べますか?」と聞かれていると予想し、「はい」と答えました。

僕の返事を聞いた店員さんは、お皿を下げていきました。

この瞬間、店員さんは僕の予想とは逆のこと、つまり「お皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」と言ったことに気づきました。しかし、時すでに遅し…。
ちょっともったいないことをしたな、と思う出来事でした。


こういうことは、日常的だったので、みんなにもあることなんだろうな、と思っていました。
しかし、先日、書店でLD(学習障害)に関する本を読んでいると、「ことばが聞き取れない」という項目がありました。そこには、まさに自分に当てはまることが数多く書いてあり、「あぁ、そうだったのか」と納得しました。

ただ、今回のエピソードから自分がLDなのかどうかを決めることはあまり意味がないような気がしています。

むしろ、発達障害の研究から得られた知見をもとに、自分の困っていることについて認知プロセスから原因を探り、自分なりの解決方法を考える手がかりをもらえた、ということに大きな意味があると思います。


僕は、言葉のスリップについて意識し始めてからは、できるだけ正直に「良く聞こえなかったのでもう一度」と聞き返すように心がけています。その際は、不完全でもいいので僕が聞き取った内容を伝えるようにしています。

先日、「名前は?」という言葉がスリップして「生ムニエルは?」と聞こえることがあり、さすがにそれはないだろうと思っていたのですが、正直に「生ムニエル?」と聞き返しました。
相手の人は爆笑の後にもう一度聞いてくれました。僕は少し恥ずかしかったですが、たぶん「は?」と聞き返すよりは相手の印象は良かったと思います。


今でこそ、こんな風に何とか言葉のスリップに対応していますが、僕が小さいころのことを思い出すと、先生の言葉がスリップしたとにきは、周りの友達の動きを見て同じようにしていました。
結果として、あまり困っていないように見えていましたが、内心は困っていました。

それほど多くはないと思いますが、僕と同じようにことばのスリップで困っている子どもはいると思います。
しかも、自分が何で困っているのか、自覚できていない場合がほとんどです。
しっかり聞いているつもりでも言葉がスリップしてしまい、「なんで聞いていないの?」と言われてもどうすることもできず、徐々に自信を失くしてしまう場合があります。

もし、しっかり聞いていそうなのに指示が通りにくい子どもがいたら、話したことを黒板に書いてみてください。それでしっかり行動にできるようだったら、その子は言葉がスリップしている可能性があります。

もし、簡単な言葉でも何度も聞き返してくる子どもがいたら、具体物や身振り手振りなどを交えてもう一度説明してみてください。それでしっかり理解できるようだったら、その子は言葉がスリップしている可能性があります。


このことは、あくまで可能性のひとつなので、人の話を聞いていないイコール言葉がスリップしている、ということではありません。僕も、ただボーっとしていて聞き逃すことのほうが多いです。

ただ、言葉のスリップを可能性のひとつとして心に留めていただけると、それで支えられる子どもがいるかもしれません。僕がそうであるように…。


僕の困った経験が、僕と同じようなことで困っている子どもたちを支えることになれば、とてもうれしいです。

遊佐 理(ゆさ おさむ)

北海道真駒内養護学校 教諭
特別支援教育コーディネーターになって3年目。特別支援教育のプロフェッショナルとして、笑顔で人と人とをつなぐことを目指して頑張っています。

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