2025.05.03
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生徒の可能性と職人技~公立高校での10年と、授業づくりの再出発~

授業によって、高校生の能力はどこまで伸びるのでしょうか。

神奈川県立伊勢原高等学校 教諭 朝倉 由真

多様な学校現場での経験と戸惑い

みなさま、初めまして。神奈川県で公立高校の教壇に立ち、10年目となります。世界史を専門として、地歴公民科を教えています。これまでは中堅~進学校で教えていましたが、初めて一般的な学力の学校に転任し、2年目を迎えました。勤務校はさらに、インクルーシブや在県外国人の特別募集も実施しています。もともと幅広い層の生徒と向き合いたいと公立学校を選んだので、現在の勤務校への着任に当たっては、ようやくその願いが実現した想いがあります。
ただ、これまでは比較的学習意欲が高い生徒に接していたため、果たして私の授業で生徒たちを学びに向かわせることが出来るだろうかという不安もありました。着任1年目は正直なところ、同じ高校生でも学びに対するアプローチや反応がこうも違うのかと、ギャップに戸惑う場面もありました。

実際に授業をしてみると、私が事前に想定していた以上に、生徒たちは既習事項の定着や語彙力にばらつきがあり、資料の読み取りや考察に苦戦する様子が見られました。私は、自分の授業設計の在り方を見直すようになっていきました。
そうなってくると、以前は1コマの授業を作るのに8時間ほどかけることもありましたが、そうした熱意が空回りしているように感じるようになりました。睡眠を削ることだって厭わなかったけれど、こちらがプライベートを犠牲にしてまで準備をしても、それが生徒に伝わっていないような感情になったわけです。しかし、そのように悩みながら妥協的な授業を日々こなすだけだと、私自身も全然楽しくありません。
教職に就かれる読者の方はお分かりだと思いますが、聴衆としての生徒の目って、本当に輝いたり、死んだ魚のようになったり、こちらの言葉がけやテンション、教材の提示ひとつで、大きく変化します。エゴかもしれないけれど、やはり生徒にだって、楽しく、目をきらきらさせて授業を受けてもらいたい。そのほうが、私自身も励みになります。やはり、何とかしてもっと互いに実りある授業にしたいなぁと再び思うようになりました。

生徒の可能性と向き合うなかで

いま私が対面している生徒たちは、自分自身に対して慎重で、「分からない」「覚えていない」「出来ない」ことが当たり前と感じてしまう傾向があります。
また、より効果を高める学習方法へと工夫を重ねることが難しく、努力が結果に繋がりづらい様子もうかがえます。こうした傾向は、学習活動における成功体験を積ねることができると解消され、より知的探求心を高め、前向きに学習する姿勢に繋がると思います。
生徒たちは授業はまじめに受けるし、課題も出そうとします。それなのに、それが点数や、「わかる」という感動など、頑張りの果実に繋がりづらい。もったいないなぁと思います。こうして取り組む意志と自制心があるのなら、頑張りの対価として、もっと多くの果実を得てもらいたいという思いが自然と強くなりました。

勤務校は学校全体として、一般受験や共通テストによる大学進学を選択する生徒は決して多くはありません。それが空気感も形成するのか、授業への要求度合いや期待値は高くありません。その場で先生に言われたことはやるけれど、それ以上のことに自ら取り組んだりはしない、といった感じでしょうか。
それに甘んじて、“ゆるい授業”をすることも出来るのですが、一方で、時事ネタに絡めて社会課題を提起したり、とことん歴史の因果関係を考察させたりする授業を行うと、等身大に捉えて考察できる生徒も多いことに気づきました。
こちらが、彼らにとって無理なく取り組める課題を準備することに成功すれば、ジグソー法による授業などの探究活動も可能だという手ごたえが出てきました。
私は地歴公民科教員として、生徒には社会のことを自分事として捉え、分析し、自由に伸び伸びと生きていく力を身に着けてもらいたいと思っています。ただ教科書内容を伝達するだけに終始せず、こうした授業を多く行い、さらにそれが、生徒たちにとって学習の成功体験となるのが理想です。多くの生徒もそれに応えてくれるのですから…。

授業づくりへの再挑戦とこれから

こうして生徒を知るにつけ、こちらが限界を決めつけず、工夫を重ねていけば生徒の力はもっと伸ばしていけるはずだよなぁと、改めて思うようになりました。その点に学校の学力層といった枠はあまり関係ないのではないか、と。

自身のモチベーションの変化や、高校生という存在に対する認識の広がりを経て、私は改めて、授業の持つ可能性を追求したいと思っているところです。10年前に教壇に立ち始めた頃、定年間近の大先輩に、「授業なんてな、10年間に2~3コマ、ああこれはうまくいったな、と思えるものがあれば上出来だ、それくらい難しいもんだ」と教わりました。聞いた当時は驚愕したものです。職人稼業とは聞いていたけれど、そこまでか⁉と。
10年目のいま、まさしくその通りだなと思います。私の技量などまだまだですし、授業研究だけに注力していられないなど、教職を取り巻く環境にも課題はありますが、生徒が自身の成長を実感し、自分の可能性を信じて伸びようと思える授業をあきらめず、追求していきたいと思います。

この春、新しく教員として歩み出された方も、異動して全てが一からの先生方も、同じ職人仲間として切磋琢磨していく、この執筆が少しでもその助力になれたらと思っている次第です。どうぞよろしくお願いいたします。

朝倉 由真(あさくら ゆま)

神奈川県立伊勢原高等学校 教諭


神奈川で高校教員として働き始めて10年ほどになります。教壇に立ち始めた頃、地歴科の大先輩に、「10年授業をして、納得できる授業なんてそのうち2~3あるかだ」と教わり、驚きましたが、まさにそうだなぁと実感している日々です。史学科を出ているわけではありませんが、専門は世界史です。
生徒がそれぞれに生きやすい社会をつくりたい、自分の力でのびのびと生きていく力を身につけてもらいたい、少しでも世界平和に貢献したい、と思って教員を務めています。

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