2025.01.17
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探究のこれからを考える ~流行りの言葉は、点でなく線で考える~

Appleの共同創業者の一人であり、同社のCEOを務めたスティーブ・ジョブズのプレゼンは見る人を惹きつけます。
ジョブズの伝説のスピーチと言われるものは数多くありますが、その中の一つに2005年の米国スタンフォード大学卒業式の祝賀式でのスピーチがあります。
そのスピーチでの一番はじめのメッセージが「点と点をつなげる」でした。

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任) 酒井 淳平

点と点をつなげる

ジョブズが世に送り出したiPhoneは電話、音楽、手帳など複数のものを一つにしたものでした。ジョブズは一見バラバラな点に見えるものを、線としてつなぐことの天才だったのかもしれません。この「点と点をつなげる」という考え方は教育においても重要な視点です。

2025年の1月現在、2020年度に小学校で始まった学習指導要領がいよいよ高校でも完成年度を迎えます。現在の学習指導要領では「探究」が重視され、特に高校では大学入試改革もあり、「探究」の言葉が学校現場で多く語られました。2025年はおそらく次の学習指導要領改訂作業が本格的に始まる年になるでしょう。そんなこともあり「探究のこれからはどうなるのか」と考える方が多くなる年かもしれません。

流行りの言葉を貫くのは生徒の内発的動機や主体性を育てること

教育業界では数年に一度、流行りの言葉が登場します。ここ20年ほどを見ても、中学校や高校では、キャリア教育・アクティブラーニング・探究などが流行りの言葉と言えるかもしれません。しかし、これらの言葉はただの流行ではなく、その根底に忘れてはいけない重要なことがあるのです。それは生徒の内発的動機や主体性を育てることです。

キャリア教育は約25年前に「学校と社会の不連続」という現状が指摘され、その重要性が強調されるようになりました。学校での学びが社会とつながらないことは、受験以外の学習動機を見いだしにくい状況になります。
またアクティブラーニングは生徒が能動的(アクティブ)に学習(ラーニング)に参加する学習法の総称です。どちらも生徒の内発的動機や主体性に注目していることがわかります。
そして探究は課題設定から始まり、生徒が自分で探究のサイクルをまわしていくような学び方です。生徒が内発的動機をもとに主体的に学習することに加えて、課題設定も自分で行うことが求められるので、キャリア教育とアクティブラーニングを線でつないだ先に探究があることがわかります。

しかし残念ながら「流行りの言葉」は力があるだけに、その背景まで考えず、形だけの実践も行われやすいです。学校と社会をつなぎ生徒の内発的動機を育てるはずのキャリア教育ですが、「職場体験さえすればいい」と勘違いすると、生徒が「お客様」として体験するだけで、学びなしの実践になる危険性があります。授業中にペアやグループを作ることをアクティブラーニングと捉えると、ペアやグループにはなるけど生徒がまったく学ばない授業になりかねません。探究も、生徒が課題設定することや自ら探究のサイクルをまわすことが大切なのに、生徒が調べて発表すればいいと捉えてしまうと、学びは深まりません。
「流行りの言葉」を形だけ実践するのは残念な実践にしかならないのです。もちろん学校現場では残念な実践より優れた実践の方が多いです。しかし、残念な実践に共通していることは「流行りの言葉」を表面的に点で捉えてしまっていることです。その結果、生徒の内発的動機を育てる手段であったものが目的となってしまい、生徒がより「お客様」になり、内発的動機も主体性も育たなくなってしまうのです。
「流行りの言葉」という点を、線でつないで、その言葉が登場した経緯や背景も含めてとらえることが重要なのです。

「個別最適な学び」を線で考える

「個別最適な学び」が次の学習指導要領で注目される言葉の一つになることは間違いないでしょう。
しかしこの言葉を表面的に点でとらえると、「生徒に適した問題をAIが与える」「(生徒を放置してでも)最適な形で学ばせる」などの実践が、個別最適な学びだとなってしまう危険性があります。
たしかに、価値観や生徒の多様化が進んでいるのに、全員一律を重視するがあまり、全生徒を必要以上に多くのことに取り組ませてしまっている現状があるかもしれません。こうした現状があるからこそ「個別最適な学び」が言われるのでしょう。しかし、そもそも何もないところから主体性や思考は生まれません。個別最適な学びは生徒が学びを進めやすくなる手段の一つでしかないはずです。このように考えると、「個別最適な学び」の前提として学びを進めようと思う主体性や内発的動機の重要性に気づきます。

高等学校の総合的な探究の時間では、生徒が自らのあり方や生き方と一体的で不可分な課題を発見し、解決していきます。その課題や解決の方法は生徒によって異なります。だからこそ人の人生は様々だと言えるのかもしれません。この点でも「個別最適な学び」という考え方が重要なのです。
ただし、生徒が解決したいと思うことに出会い、さらに内発的な動機や主体性があるからこそ、課題解決に向けて学びを進めることができることを忘れてはいけません。これらを育てることはキャリア教育を中心とした学校の教育活動全体で可能です。いや、学校だからこそできることでしょう。
また、学校生活でもっとも多くの時間を占める授業時間のあり方も、生徒に大きな影響を与えます。各教科の授業では知識を一方的に注入されて受け身的に学び、総合的な探究の時間だけを自ら学ぶのでは、十分な学びはできません。だからこそ授業も探究的になることが重要なのです。

生徒が個別最適に学びを進めることができるかどうかは、生徒と長い時間関わっている教員によるところが大きいのです。
箱根駅伝でも、指導者が選手に伴走している姿がありました。あの指導者の伴走があるからこそ、選手は主体的に努力し、大舞台であれだけのパフォーマンスを発揮できたのでしょう。

このように「個別最適な学び」を線でとらえると、生徒の内発的動機や主体性を育てること、授業を探究的にすることの重要性に気づきます。これこそが、探究のこれからを考える際に改めて注目すべき点です。これからAIがますます進化するでしょう。だからこそ「心に火をつける」という教員の役割がより大きくなるのです。これは決して流行ではなく、学校がずっと前から大事にしてきた不易の部分に他なりません。
もちろん生徒は様々なので、生徒の心に火をつける教員の働きかけは様々ですし、その働きかけで生徒が学ぶ姿も様々でしょう。そして、教員の働きかけから生徒が自ら学ぶ姿を見て、「個別最適な学びをしている」と言う人はいるかもしれません。点でなく線でとらえると、今すぐにでもできることに気づくのではないでしょうか。

次の学習指導要領が議論されるこの時期だからこそ、この流れを点でなく線でとらえることが重要だと考えます。
みなさんはどう思われますか?

最後に書籍のご案内です。明治図書より『「探究」の現在地とこれから 高等学校 探究時代のキャリア教育と教科学習のデザイン』が出版されます。小学校から大学までの様々な学校種の事例や、教育の流れを振り返る対談もあります。教育改革の流れを俯瞰し、実践に役立つヒントを提示しています。教育現場における日々の取り組みを深める手助けとなる内容が詰まっていますので、よろしければぜひ手に取ってください。

お読みいただきありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

酒井 淳平(さかい じゅんぺい)

立命館宇治中学校・高等学校 数学科教諭(高校3年学年主任・研究主任)
文科省から研究開発学校とWWLの指定を受けて、探究のカリキュラム作りに取り組んでいます。
キャリア教育と探究を核にしたカリキュラム作りに挑戦中です。

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