2019.09.24
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多文化共生社会を生きる子どもたちにできることは?

多文化共生や国際理解教育はこの夏休みの日本を取り巻く世界情勢を見ているだけでも大切なことであるということに異議を唱える人はいないでしょう。しかし,高等学校までの学校では教科ではありません。教科として位置づけられないが大切なことを子どもたちに教えるにはどうしたらいいでしょうか?教科という枠に入らない大切なことは他にもあります。これからの社会を生きていくために大切なことをどのように学校や教師は伝えていけばいいでしょうか?

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭 藤井 三和子

日本にとって身近なアジア

2学期も始まり,英語の授業の初めに,「最近気になる国際情勢は?」と問いかけてみました。あるクラスでは,

  •  日韓の仲・北朝鮮とアメリカ・中国と台湾の対立・中国国内の問題
  •  香港のデモ・トランプ大統領・米中貿易摩擦・アフリカの地雷

以上のようなものが出てきました。携帯電話やスマホでニュースはほとんど見ない高校生たちも世の中のことを知っている&関心を持っていることに安堵しました。

マスコミでの報道の影響が大きいとは思うのですが,身近なアジアの問題が気になるようです。
韓国と日本の関係に関しては,7月初めの日本政府・経済産業省による韓国向け輸出の優遇措置を停止に端を発した,いわゆるホワイト国問題は思いのほか長期化しています。

ちょうど夏休み前の時期から韓国に対しての輸出の優遇措置を停止するという日本の対応に対しての韓国からの批判・抗議があったことは,皆さんもご存知だと思います。これに関しては学校への影響もありました。特に,夏休みに,交流事業として,韓国を訪問する予定であった学校で,急遽,訪問が中止になってしまったところもありました。姉妹校提携をしていた学校が,学校同士の関係は良好であるのに,社会情勢を考えて,日本人の生徒が,韓国へ来て,反日デモや日本製品ボイコットなどを目の当たりにしたり,心無い言葉をかけられたりすることへの危惧やホームステイをする予定であった韓国サイドの家庭が,周囲からどのように見られるかを心配したことから,この時期に交流をしないほうがいいという判断になったケースも聞きました。

韓国国内で,日本に対して,どのように思われているか,私たちはマスコミの報道でしか知ることができないことが多いです。しかしながら,マスコミで報道されていないことにはどのようなことがあるのかも気になります。実際,姉妹都市交流を行い,歓待されたということも聞きます。
ある国の方針・対応とその国の人たちの気持ちや考えというのは,必ずしも一致しません。にもかかわらず,私たち,日本サイドはマスコミの報道によって,何かしらの韓国に対する「世論」とまではいかないにしろイメージ・考えを形成してしまっていないだろうかと危惧します。

多文化共生が目指すこと

グローバル化が進みつつある私たちの社会でこれは,試されている状況ではないかと思います。

多文化共生とは,世界中の人たちが同じ価値観で分かり合える世界というものではありません。むしろ,頑張って仲よくしよう・理解しようと思っても,自分の価値観では納得できないことがあるということを,受け入れることだと言えます。

他者を自分の意見に同調してもらうということは,本当に難しいし,できないことの方が多いです。多くの文化をもつ人たちが共に生きていく道を探ることがグローバル化の目指すところなのだと思います。言葉でいうより,現実は難しいです。

同志社女子大学特任教授の藤原孝章氏は西宮市市政ニュース7月25日号の,「多文化共生社会を考える」というタイトルの記事の中で,SDGs(持続可能な開発目標)と多文化共生社会とを合わせて,

  • 今年4月に出入国管理法が改正され,海外から働きに来る人々が増えることが予想されること
  • 外国人も共に生活することになり,日常生活でもゴミ出しのルールの違いなどでトラブルが生じてきていること

これらをふまえて,多文化共生社会を創っていくためには、まちづくりに関わる具体的な課題を通した住民同士の話し合いが必要であり,それをうまく機能させるために,対立する立場や考え方を体験するためのロールプレイを提案されています。

ロールプレイで考える多文化共生

ロールプレイで考える多文化共生とは,講義を聞いて理解するのではなく,実際に役割を演じることで,仮想上のことではありますが,役になりきることで実感することです。
私自身がワークショップなどで体験したことがある2つのロールプレイを紹介します。

その1:シミュレーション教材「ひょうたん島問題」

藤原孝章著『シミュレーション教材「ひょうたん島問題」』2008 明石書店

海を漂う「ひょうたん島」に「カチコチ島」と「パラダイス島」の人々が移住してきたことにより,様々な問題が生じます。架空の島の住民に参加者が成りきることで,様々な社会問題を解決しようと考えます。

「ひょうたん島」「カチコチ島」「パラダイス島」それぞれの設定状況があり,そこに住む人たちのそれぞれの文化と考えがあります。
参加者は,それぞれの島の人になりきりディスカッションを進めます。参加者にはカードが配られ,そのカードには,役割や実現したい要求が書いています。参加者それぞれは特定の人物になりきり,そのプロフィールカードに書かれた内容をふまえて,問題を解決すべく意見を主張していきます。「なりきりディスカッション」というような感じでしょうか。

「この島の人ならこう考えるだろうな」という他者の考えを楽しいネーミングによって,想像力を働かせて言語化していくことができます。多文化共生を考えるというと堅いイメージになってしまいがちです。しかし,本質的に「何をまなぶのか」を考えると,思考のハードルを下げて本音を引き出すことができる,「ひょうたん島」「カチコチ島」「パラダイス島」というネーミングは子どもだけでなく大人にとっても楽しいものです。「楽しく」ということは「学び」にとって大事な要素だと体験を通して感じました。

その2:イマココラボのカードゲーム「2030SDGs」

これは,一見すると子どもたちに人気のあるカードゲームに見た目は類似しており,どんなものだろう?と疑問符が頭の中にあったのですが,実際に体験すると「面白い」「奥が深い」「何度もやって別なことを試したい」と思えるものでした。

イマココラボのファシリテーターに従って進めていくことが必要ですが,企業での研修・公官庁・学校では小学校から大学まで教職員も含めてワークショップが行われています。もちろん大人も子どもも同じカードを使います。

《どんなゲーム?》
・カードゲーム「2030SDGs(ニイゼロサンゼロ エスディージーズ)」はSDGsの17の目標を達成するために,現在から2030年までの道のりを体験するゲームです。カードによって「お金」「時間」「プロジェクト」などが参加者に配られます。それらを使いながらゴールを目指すというものです。ゴールを目指すという点で,「人生ゲーム」のようなイメージを持ってもいいかもしれませんが,ゴールが現実の世界と同じように様々な価値観による「お金重視」「悠々自適」「貧困をなくしたい」「環境を守りたい」など複数あります。参加者全体が社会を形成しており,それぞれの参加者の進む方向で(望むゴール)で社会の状況も変化します。参加者は社会状況も気にしながら,自分のゴールへ向かうというゲームで,細かいルールもあり,ファシリテーターの解説などが不可欠です。詳しくはイマココラボホームページをご覧ください。

ロールプレイが目指すもの

現実の世界では,答えのない問題・正解が出ない問題など難題だらけです。しかし,私たち一人一人がそれらをどうにかしていかなければならないと切に感じているでしょうか?難題はそれを解こうとしている人にとって,難題であり,興味・関心がない,解こうとしない人にとっては難題ではありえません。現実には私たちが解こうと向き合わない課題が多くあるのではないでしょうか。

例えば,9月10日の朝日新聞に原発の汚染水の問題が掲載されていました。たまりつづける汚染水を保管する場所が満杯になりつつある。この難題は近くに住む人にとっては耐え難い問題です。でも遠くに住む人たちにはどのように映っているでしょうか?
 
ロールプレイというのは議論の構造を体験して問題の理解を助けたり,相反する立場を模擬的に体験することによって共感的能力を育成することができる(藤原2008)。つまり,作成者によって,意見の構造が練られており,作成者の意図したシミュレーションによって,模擬的に体験をすることできます。シミュレーションであるとはいえ,体験するのは現実の世界を生きる生身の私たちです。

現実の世界にある課題を考えることができる人が増えると現実の世界を変える力となるのではないでしょうか。

ロールプレイの先にあるもの

ロールプレイをすることで,目指すものは他者を思いやる想像力であると思います。

そしてその先には,人と人との絆を築くことでないでしょうか。「ひょうたん島」も「カードゲーム『2030SDGs』」もそこでの問題解決が目的なのではなく,体験することで現実の課題に向き合う力をつけることであるでしょう。

グローバル化する社会ではこれまでの絆だけでなく,新たな絆を築いていくことが必要になってきます。

今回は身近な国際問題から,ロールプレイで身に付けるさまざまな文化的背景を持つ人たちと共に生きる力をテーマにしました。国際理解教育という言葉で表現されることもあります。いずれにしても,学校の教科としての位置づけではないものです。ですので,学校現場ではなかなか時間が取りにくいことですが,伝えていかなければならないことだと考えています。

参考資料

藤井 三和子(ふじい さわこ)

兵庫県立兵庫工業高等学校 学校心理士 教諭
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 専門職学位課程 教育実践高度化専攻 グローバル化推進教育リーダーコース 在籍
生徒の心の成長を促す存在でありたいと,教育の力を信じて,工業高校で英語を教えています。大学院での学びと学校現場での実践で感じたことを紹介していきたいと思っています。

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