『君の見る世界をなぞる』 16歳の揺れる心に、大人はどう向き合う?

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。
今回は、学校になじめず建築現場で働く16歳の青年エンゾを描いた『君の見る世界をなぞる』をご紹介します。揺れ動くエンゾの姿から、若者の自立や親との距離について考えさせられる作品です。
16歳のエンゾが抱える行き場のない思い

©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
『君の見る世界をなぞる』の原題は『ENZO』という。主人公の名前だ。つまりこれはエンゾという一人の男性について描かれたものであり、エンゾの人生に焦点をあてたもの。
そのエンゾとは16歳のフランス人で、父も母も働いていて家にはプールなどもあり、それなりに裕福。両親は明らかにエンゾに対して過保護気味であり、家族全員とても仲が良い。
だがエンゾは学力が伸びず、学校になじめず退学。モノを作ることが好きだと感じていた彼は、自ら建築現場で働くことを選んだが、正直、その職場でも決してうまくいっているとは言えない。
筋肉モリモリな体型でもないから、現場仕事は慣れるまでキツイということもあるだろう。だが、作業も遅いし、やり方もやや雑だ。
家が裕福でお金に本気で困ったことがなく、切羽詰まった感もないのが影響しているのか、仕事に対するやる気もイマイチ。それゆえに寝坊してしまうこともしばしばあるし、働きに行った先で居眠りして、なかなか起きないこともある。
印象的には、平和ボケしていると言われていた頃の日本の若者っぽい。やりたいことが見つからず、とりたてて不幸な面もないから、自分のことをもてあましているという感じ。
かと思えば、建築現場の同僚で、ウクライナ出身の青年ヴラドに、憧れとも恋愛感情とも言えるような思いを抱き、ヤケになって女性ともつきあってみようとしたりする。観ている側がイライラしちゃうほどの悶々とした生活を送っている。かといって思い切り外に飛び出してみる勇気もないのだ。
そんなエンゾの姿を見て、誰もが思うのが、世界のどこに行っても若者特有の“行き場のない悶々とした感覚”は一緒だなあということ。
生活が自由すぎれば不自由さを求め、温かい家庭には背を向けたがる。人間とはなんと満足しない生き物なのか。いや、というよりも、すべてに満足したい欲張りな結果なのか。
遠いようで近い、ウクライナの戦争

©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
でもわからないでもないのだ。
例えば世界のアチコチで衝突が見られ、決して平和とは言い切れない現代で、恵まれすぎていると、これでいいのかと思うこともあるだろう。
特にエンゾはヴラドのことが好きなこともあり、彼の故郷・ウクライナの状況をとても気にしている。SNSで兵士などが配信している映像を見たり、焼かれた建物の写真を見て、それを絵にしたり。
なかなかウクライナに帰ろうとしないヴラドに対し、自分も一緒に帰って戦うと宣言したりするのも、他人事に感じていないからなのだろう。
ちなみにフランスのパリからウクライナのキーウまでは陸路で約2300kmらしい。しかも、もし飛行機なら3時間程度で行ける距離。だからこそ、より身近に感じてしまうのかもしれない。
とにかく、そういった16歳というとても多感な時期の悶々さが丹念に切り取られ、描写されていて、いろんなことを考えさせられる。
自立したい子どもに、大人はどう接するか

©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
こういう状況にある若者に、大人は、親は、どう接するべきなのか。
親として子どもを導きたいという気持ちはわかるが、ちょっとしたことで過保護になっている可能性もある。例えばシャワーを浴びている息子の脱ぎ捨てた服を父親が洗濯機の中に入れるシーンがあったが、それはやはり息子にやらせるべきだ。
特にエンゾのように16歳で働くことを選択し、独立したい気持ちが多少なりともある若者にはなおさらだ。自分のことは自分でやらせることを習慣づけないと、せっかく芽生え始めた独立心は枯れてしまう。
いや洗濯物のひとつやふたつ…と思う方もいるだろうが、そういう日々のちょっとしたことが子どもの成長には大きく関与していくのだと思う。
人間関係がたったひとつのことで崩れるということは、まずない。思い返せば、日々のちょっとしたズレが親子関係を悪化させ、夫婦に離婚の危機をもたらし、友人との絆には隙間風を吹かせる。そんなことをこの映画は見せてくれる。教えてくれる。
また過保護もダメだが、放置もよろしくない。特に10代までは、なんだかんだいっても、両親や周囲の大人たち、年上の人の言葉や態度に揺さぶられる。そこをわかった上でつきあわないと、取り返しのつかないことになってしまうのではないだろうか。
心を許せる相手がいるということ

©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
この映画を見ていると、親や教師はそんな日々の反省を自然と促されるし、エンゾと同世代の子どもたちが見れば非常にシンパシーを感じるだろう。
どうすれば良かったのか、どうすれば正解だったのか…などという答えは、この映画には存在しない。
ただただ心に静かに浸透してくるのは、毎日を大切に過ごすことの大事さや、コミュニケーション能力を開発することの重要さだ。
エンゾは基本的に、ほとんどの人間に心を許していないように見える。これが誰か、本気で心を許せる相手がいれば、全然違った人生を送れているのではないかと思うのだ。
学校に通おうが、建築現場で働こうが、どこに行ったとしても、コミュニケーション能力が高い人は、自分のいる場所を素晴らしい場所に変えることができる。
その力をどうやったら培えるかは、人によっても違うだろうから、自分で編み出すほかない。
でもそういうときに、少しでも大人の知恵などが役に立ったらいいのかもしれないとは思うのだ。
過保護にはせず必要に応じて知恵を貸していく。そういうことが大事であることを、この映画は教えてくれる。
ぜひ、この映画を見ていろいろと感じていただきたい。
- Movie Data
監督・脚本・編集:ロバン・カンピヨ
原案:ローラン・カンテ
出演:エロワ・ポユ、ピエルフランチェスコ・ファビーノ、エロディ・ブシェーズ、マクシム・スリビンスキーほか
配給:樂舎8月21日(金)より、 ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
- Story
南フランスの裕福な家庭に育ったエンゾは現在16歳。だが学校には馴染めずに退学し、現在は建築現場で見習いとして働いている。そこで出会ったウクライナ出身の青年ヴラドに憧れを抱いて、心惹かれるようになるが、ヴラドはいつか兵役のために国に戻り、戦争へと向かわねばならない。満ち足りた生活を送る家族への反発心、進むべき道がわからない将来に対する不安。親しい人が奪われてしまう戦争の現実。自分の感情をうまくコントロールできぬままに、エンゾが過ごす夏は静かに形を変えていくーー。
文:横森文
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横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。
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