2026.06.05
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『聴く隣人のいるところ』 理想の学校生活がここにある!? ある全寮制高校の1年間を追う

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。
今回は、島根県江津市にある全寮制のキリスト教愛真高校を舞台に、生徒や教職員の1年間を追ったドキュメンタリー。共同生活の中で対話を重ね、他者の意見に耳を傾けながら、自分たちの暮らしを自分たちでつくっていく姿を描いた『聴く隣人のいるところ』をご紹介します。

全校生徒わずか34名の学校生活とは!?

 

(C)ポレポレタイムス社

『聴く隣人のいるところ』は、島根県江津市にある全寮制の「キリスト教愛真高校」にいる生徒や職員の姿を、1年にわたって追ったドキュメンタリーだ。

この学校のすごいところは、生徒数が高校1〜3年生まで合わせて34名しかいない点。しかも彼らは寝食を共にし、その生活の運営までも生徒自身が行っていく。
寝食だけではない。下水処理(肥くみ)などもそう。誰かがもしサボれば、汚水はあふれてしまう。調理当番だって用事があってやれないのなら、自分で代わってやってくれる人を見つけなければならない。共同生活だからこそ、守らなければならないことがたくさんあるのだ。

とにかくこの学校では、すべてが生徒の自主性に委ねられている。
例えば夜食用に寮にIHコンロを導入したいという案が提出される。それに対して「ポットでラーメンをゆでている今よりは健康的だけど、今の不便な生活も何か好き」という意見が出る。あえて不便な生活をすることで、工夫する力が付くのだという意見も出る。
現実的な話も出る。実際にポットに直接、即席ラーメンを入れたことで、大好きな紅茶を飲もうとお湯を入れたら油が浮いてきて、紅茶が「うまかっちゃん」味になってしまったという。だからIHを買うべきだと。

さまざまな賛成・反対意見が飛び交う話し合いの場。そうやって問題を一つ一つ解決していく。それはとても大事なことだ。なぜなら、誰も他人任せにしていないと感じたからだ。
実際、映像を見る限りでは「俺には関係ない」という顔をしている生徒はひとりもいない。そう、この部分にとてつもなく感動を覚えてしまったのだ。

自分には関係ない…という精神がない世界

 

(C)ポレポレタイムス社

普段、生きているとこういうことを平気で言う人がいる。

「なんか自然がぶっ壊れてきている気がするよね。そのうち、毎日40度以上の気温になるなんてことがあるかもな。ま、でも、その頃には自分は生きてないだろうから関係ないよ」

なんでこんなことが簡単に言えるのだろう。
私たちはひとりで生きているわけではない。老若男女が一体となった“社会”に住んでいるのである。社会は、誰もが幸せを共有できるようなものを目指すべきだ。
そのためには、次世代を見守る目はもちろん、相手に対して聴く耳を持ち、ちゃんと意見を戦わせ、時には自分が身を引いて、社会を良くしていくしかない。

自分は未来にはいないから関係ない!? この考え方は最も恐ろしいものだ。
それこそ核のゴミなんか放置したっていい、自然なんて守らなくていい、だから今生きているうちに稼げ、楽できる人生を送れ……という、まさに身勝手な事態を巻き起こす。負の遺産を下の世代に押し付けかねないということだからだ。

それに引き換え、ここに登場する生徒たちには、そういった身勝手な考えが気持ちいいほどにない。
何をするにも、決定するにも、たくさんの時間をかけ、しっかり吟味する。校則までも、その結果次第では変えていく。そうした変化を学校側もちゃんと容認していく。まさにここには、理想の社会が実現しているともいえる。

 

(C)ポレポレタイムス社

面白いのは、インサートのようにさしこまれる生徒たちのクローズアップだ。
この学校には自分が思うことをひとりひとり発表するという場がある。その中のひとりが、聖書に感じる疑問を挙げたのだ。キリスト教の学校で聖書に対する批判をするなど、普通なら「忖度してよ」と言われそうだ。
しかし、見守る教師側も、その意見が理路整然と正しく考えられているかどうかを見極めているだけだ。

また、ある生徒へのインタビューも差し込まれる。
彼は、世間の人々の大半は自分と同じ考え方をしていると思って生きてきた。でもこの高校に来て、そうではないということに気づいた。
そんな中で自分と全く違う考え方をしてきた生徒と、何度も意見を戦わせることになった。もちろん、第一印象は最悪。大嫌いな人間だと認識していた。しかし、意見をさんざん戦わせてきた結果、その相手と今は一番の親友になったという。

聴く耳を持つことの大切さを考えさせられる

 

(C)ポレポレタイムス社

つまりは相手の意見に対していかに「聴く耳を持つ」かが、人間の社会の中で大切であることを、このドキュメンタリーではサラリと教えてくれる。

ホントに腹を割って話せれば、戦争なんてものもきっと起こさずに済むのだ。でもそうできないのは、くっだらないプライドや、金銭欲にまみれたりしているからなのだろう。
もっとシンプルに他人の話に耳を傾けていけばいい。それだけなのだ。

でも、もうひとつこの映画のすごいところは、そんな学校で学んだことが、果たして実際に通用するのかという不安点を残したところだ。
監督はこの学校の出身であり、大学や社会へと出た時に、ここで過ごした「本当の自由」が、現実ではなかなか通用しないことを自分で感じてしまったからだろう。その思いも映画の視点のひとつになっている。それがまたひとつの影をもたらし、内容に深みを与えているのだ。

良い映画は必ず、観た者に何かをもたらし、考えさせてくれるものだ。この映画も、そう考えれば、まさしく良いドキュメンタリー映画。学ぶべき価値のある、素晴らしい作品だ。
できれば皆さんに見ていただき、共有してもらいたい。中学生以上の生徒にも見てもらいたい秀逸な作品だ。

Movie Data

『聴く隣人のいるところ』
監督・撮影・編集:早川嗣
出演:キリスト教愛真高校 2024年度在籍者
共同プロデューサー:本橋成一、大槻貴宏
製作・配給:ポレポレタイムス社

6月6日より、ポレポレ東中野にてロードショーほか全国順次公開
(C)ポレポレタイムス社

Story

島根県江津市の浅利富士の中腹に立つ、全校生徒34名の全寮制学校・キリスト教愛真高校。
人里離れたこの場所で、学生たちは親元を離れ、しかもスマホやインターネットからも遠ざけられ、対話できる学友や先生らと向き合う時間が自然と育まれることに。ここでは意見を述べるだけでなく、聞いて、受け止めて、
時に反論していく日々がくり返されていく。そんな彼らの日々を1年に渡って追っていく。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室を展開。

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