2026.04.17
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『ブロジェクト・へイル・メアリー』 孤独な宇宙の旅で中学教師が出会った異星人との絆

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、記憶を失い宇宙で目覚めるという極限状態で、一人の教師が科学の知識を武器に人類の未来を切り拓く物語。未知の存在との絆を描いた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』をご紹介します。

記憶を失った科学者が宇宙で直面する孤独

 

 

主人公は中学教師のグレース。科学の先生だ。
そんな彼が目覚めると宇宙にいる。星しか見えない本物の宇宙にだ。なんで宇宙!?
しかし彼は何も覚えていない。どうやら彼は冷凍睡眠させられていたらしく、その間の記憶は欠如してしまっていた。自分が何者だったかすら思い出せない始末。しかも冷凍睡眠のせいで体が慣れるまではロクに手足も自由に動かせない。
それでもグレースは必死に船内を歩き回り、自分以外にも乗組員が2人いることを知るが、残念ながらその2人は冷凍睡眠の事故ですでに亡くなっていた。

つまり、グレースはこの広大な宇宙にひとりきりで取り残されたことになるのだ…。

こんな調子で『ブロジェクト・へイル・メアリー』はスタートする。映画の魅力のひとつは主人公と同化し、物語をまるで自分に起こった出来事のようにとらえられること、つまり自分の体験談のように感じられる面白さだが、この映画はまさにグレースが見たもの聞いたものが、自身の“体験”感覚に繋がっていく。そういう意味では、まさに映画の魅力にあふれた作品といえるのだ。

そして映画は孤独なグレースの世界を描くと共に、彼が次第に過去を取り戻していく様をも綴りあげていく。

太陽の異常から人類を救うイチかバチか作戦

 

 

それにしても。そもそもグレースはなぜ宇宙船に乗り込むことになったのか。あまり語ってしまうとネタバレになってしまうので、ザッとかいつまむと、太陽に関係があった。
実は太陽のエネルギーが奪われる異常現象が発生、このままでは地球は冷却され、人類の死滅は時間の問題だった。なんとかその要因を取り除くため、人類は太陽に向けて宇宙船を向かわせることになったのだ。

その過程でなぜグレースが選ばれたのかは、ネタバレになるので伝えられないが、とにもかくにもグレースは「死」を覚悟でこの任務をやり遂げなければならなくなる。だって成功させなければ、人類そのものが寒さで消えてしまうことになるのだから。

『プロジェクト・へイル・メアリー』は日本語に直すと『イチかバチか作戦』。言ってしまえば、万にひとつの奇跡を求めたやけっぱちの作戦ともいえる。そんな中で、宇宙の果てで、グレースは思いもかけない出会いに恵まれることになるのだ。

異星人ロッキーとの交流から育まれる種族を超えた友情

 

 

その相手とは、後にロッキーと名付けられる岩でできた蜘蛛のような異星人。彼もグレースと全く同じ理由で宇宙に出てきていた。このロッキーとの出会いから、仲良くなるまでが最高に面白い。映画ファンならば思わずニヤリとしてしまうような、映画に出てきた宇宙人との友愛場面をネタにして取り込みつつ、次第に彼らは真の友情を育んでいくことになる。

宇宙という圧倒的な存在、類稀のない孤独感の中での珠玉のような出会い。そんな彼らの姿を見ていると、戦争ばかりし、しかめっ面で睨みをきかせ合うばかりの今の世界がバカバカしく思えてくる。
実際、映画の中でも太陽のパワーが落ちているという話の場面で、世界中が協力しあえればもう少し人類は長く生き延びれるが、今のままては数年しか持たないという言葉が飛び出す。皮肉な口調。でもこれが現実だ。「人類はみな兄弟」なんて言葉があったけれど、ひと皮むけば、誰もが自分のことしか考えていない。「隣人を愛せ」という言葉は死語。そんなことが実践できるはずがない…… と、どこかで思ってしまっているのだ。

けれども、本作ではロッキーとの友情の育みを自身の体験のように感じさせることで、その現実に「待った」を促す。本当に私たちはそんなに身勝手な生命体なのだろうか。もし「愛」を本当に感じられたなら、仮に命に危険が生じたとしても、反対に身を挺してでも相手を助けたいと思うのではないか。
そういった人間の本質を、この映画ではとてもシンプルに、しかもサラリと浮き彫りにする。同じ大気では生きられないような存在同士でも、「愛」があれば、こんなにも互いを敬って助け合うことができる。そう信じさせてくれる映画となっているのだ。

言語や外見の壁を超えて他者と敬い助け合うことの尊さ

 

いい映画はいろんなことを教えてくれるものだが、ロッキーにしてもそう。その形状だけ見ると、まるで蜘蛛みたいだし、決して可愛いとは言えない。むしろパッと見は不気味とか、怖いとか、そういう思いを抱かせる。
ところがだ。映画を見終わる頃には、間違いなく誰もがロッキーの虜になっている。実際、公開直後に日本のSNSを席巻したのは「ロッキーのグッズがない!」という声だった。それくらい、みんながロッキーを身近に置きたくなるくらいに、愛着がわいた証拠なのだ。

それは「愛」が生まれるのに、外観は関係ないという証明にもなっている。むしろ正しく「愛」を感じて、正しく「愛」が表現できるなら「見た目」なんかどうだっていいのだ。すべては「愛」さえあれば、ということになるのである。
その真の愛が得られれば、さまざまな問題は解決できるのだということを、この映画の擬似体験でちゃんと感じ取ることができる。だからこそ、この映画は今、とても当たっていて、何度でも観たいというリピーターが続出しているのだ。

令和の『E.T.』ともいうべきこの傑作は、映画館で他人と共有しながら見ることが大切な一本。まだ観ていないという方は、一刻も早く映画館に行くことをオススメする。
またこの作品は原作の小説も本当に素晴らしいが、できれば映画を純粋に楽しんでもらいたいので、あえて映画を観てから原作を読んでいただきたいと思う。そのくらい情報をシャットアウトして楽しんだ方が感動がより伝わってくるようにできた映画だからだ。

Movie Data

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
監督・製作:フィル・ロード、クリストファー・ミラー
脚本:ドリュー・ゴダード
原作・製作:アンディ・ウィアー
出演・製作:ライアン・ゴズリング
出演:サンドラ・ヒュラ、ジェームス・オルディス、ケン・レオンほか
配給:ソニー・ピクチャーズ
絶賛上映中
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』公式サイト

Story

絶滅の危機が迫り始めた。しかも他の恒星でも似たような現象が起こり、パワーが不足し始めていた。全宇宙の危機!?  その原因解明に向けて宇宙へと送り込まれたグレース。武器は科学の知識のみ。そんなグレースはたまたま宇宙で同じ目的を持って遠い場所からやってきた、岩が寄せ集まってできた蜘蛛のような形状の異星人と遭遇する。グレースはそんな異星人に「ロッキー」という名前をつけ、この太陽の問題に共に取り組むことになる。はたして彼らは宇宙最大の謎を解明することができるのだろうか!?

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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