2025.08.20
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『F1®/エフワン』 人間力が鍛えられる物語を見逃すなかれ!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、レースの世界を通して、人と人とのつながりや信頼を描いた映画『F1®/エフワン』をご紹介します。

世界で記録的大ヒット中の映画‼︎

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

全米の映画館で面白い出来事が起きた。

6月27日にIMAXを含め全米で公開された『F1®/エフワン』が、なんと8月8日から再び全米のIMAXで上映されることになった。日本でも観た人から大変評判が良い本作は、世界興行収入が4億6000万ドル(約680億円)を突破。その大ヒットを受けてのIMAX再公開だという。そうした中、日本でも8月22日からIMAXでの再上映が行われることが決まった。期間はわずか1週間ほど。限られた上映館ではあるものの、大スクリーンと迫力ある音響で体感できる貴重なチャンスとなりそうだ。
それにしても、何がこれほどまでに観客を魅了しているのか。

まず言えることは、『F1〜』というモータースポーツの魅力を最大限に伝える、スピード感溢れる映像がとんでもなくすごいということだろう。カメラを実際にマシンに載せ、ドライバー目線で時速320kmの走行や、コーナーリング時の強烈な重力を体感させる映像を見せつける。このリアルな映像を撮るために、スタッフはカメラをできるだけ小型化&軽量化させ、さらに可動式にし、複数のカメラを広大なサーキットで同時に遠隔操作できるようにするなど、改良に改良を重ねたという。

そして驚くべきは、ブラッド・ピッドら俳優たちが実際にマシンに乗って、そのスピーディな運転にトライしたという点だ。モータースポーツの最高峰であるF1では、コーナーを曲がるときなど様々なところで、先程も述べたように体にものすごい重力がかかる。また知らなかったが暑さなどの問題もあり、レースが終わると4.5kgほど体重が減ってしまうのだそう。つまりそれに耐えうる体も作らなければならないので、フィジカルのトレーニングも重要なのだ。

もちろん気を抜けば大事故につながり、すなわち死ぬ可能性もあるのだから、レース中は神経を集中させなければならない。おおよそ1時間30分の超集中。その緊迫感、集中感がこの映画を見ると役者自身が実際に運転しているからリアルに伝わってくる。

こういった過酷なモータースポーツだからF1のレーサーになるには、子どもの頃からカートレースを始め、長い時間をかけてドライビングセンスやテクニックを磨いていくことが重要なのだそう。そのセンスやテクニックを、ブラピ演じるソニー・ヘイズとタッグを組む、新人にして天才的資質を持つドライバー、ジョシュア・ピアス役のダムソン・イドリスは、3〜4カ月である程度は身につけなければならなかった。彼がどれだけ奮闘したかは、想像に難くない。

60代の男性に舞い込むF1レーサー復帰への道

 

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

でも映像美だけが優秀であったのなら、ここまでヒットすることはまずない。やはり根底を支えている、ドラマがなんとも素晴らしいのだ。

ブラピ演じるソニーは、レースの情報を得てはそこに行って走り、賞金を稼ぐという究極の風来坊生活を送っている。きちんと描かれてはいないけれど、おそらくはどこにも家を持っていない車中生活者。アメリカに行けばわかるが、実はこういう気ままな暮らしをしている人は(もちろん全員が希望してそうなっているのではなく、貧乏でやむなくそういう生活をしている人も多いはず)は意外といて、だから、コインランドリーやコインシャワーといった最低限の生活ができる施設は充実しているのだ。

そう、まさにコインランドリーで洗濯中に、ソニーには新しいレース契約の依頼が舞い込む。それが、かつての仲間で現在は【APXGP】というチームのオーナーを務めるルーベン(ハビエル・バルデム)からの誘いだ。若い頃のソニーはF1の期待の新星だった。ルーベンとタッグを組んでいたが、ソニーはレース中に大クラッシュを起こし、以来、F1からは退いたのだ。そんな彼が旧友の誘いを受けて、60代にしてF1に復帰。果たしてどんなレースを見せるのか。さらには成績が振るわず、チーム売却という崖っぷち状態の【APXGP】の危機を回避し、チームやルーベンを救うことができるのか……。

といった内容を縦軸に、さまざまな横糸となるドラマが絡み合う。チームを顧みず、自分を売ることにしか興味がない新人レーサー・ジョシュアとの対立や和解。最初は整備士たちにも疎まれているような雰囲気だったソニーが、実力を発揮し、違反スレスレ行為を犯しつつも順位を上げ、チームの信頼を得て行く様。そしてちょっとしたラブロマンス。そういった人間関係の変化を、声高にではなく、しかも台詞ではなく、役者たちの表情や行動でさりげなく見せていく。

 

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

例えば、レース中の0.1秒を争うタイヤ交換で失敗する女性整備士がいる。そんな彼女にソニーは声をかける。それまでのソニーの印象といえば、優勝したレースの後にチームのオーナーから「次も契約してくれよ」と言われてもどこ吹く風の顔で全く取り合わず、超自己主義に見えていた。でも、女性整備員にさりげなく声をかけたソニーは、彼女に重みに感じさせないよう優しく元気づける。その言葉の掛け方も態度もとてもステキで、「あ、ソニーってホントはいいヤツなのかも」「本当はすごい仲間思い⁉︎」と観客に気づかせる。

そういったことが描かれた上で、時に真正面から対立もした(厳密にはソニーではなく、ジョシュアが勝手に対立しているように思えるが)ジョシュアに対しても、ソニーは彼に花を持たせたがっているのが、段々と伝わってくる。これまでの経験を通して、「こうすれば絶対に勝てる」という勝利の方程式がわかっているソニー。だからソニーはレースの途中でジョシュアに走り方の指示をするのだが、ジョシュアは「今加速すれば勝てる」と思い込んで、その言葉を無視。そのせいで大事故を起こしてしまう。若さゆえ、経験不足ゆえの、自分を過信したための大ミス。愚かすぎる行動は、ジョシュアに大怪我をさせることにもなった。

ジョシュアの母は何も知らずにソニーを責め、ソニーは言い訳をせずにその母親の言葉を飲み込む。片やその母親に真実を話せないジョシュア。気持ちはわかる。だが、わかるからこそ歯がゆい。ちゃんと説明してよ。悪いのはジョシュア自身じゃないか……。

そう心が叫び出したくなるのは、観客は事故が起きた時、ソニーが消防隊よりも早く駆けつけて、燃え盛る車の中から、爆発する危険もあるのに無視してジョシュアを引きずり出す姿を見ているからだ。あんな行動は、ジョシュアをチームメイトとして認め、仲間として頼っているからこそできることだ。そして観客もソニーの本当の性格、真実を段々と知っていく。

ソニーが抱えていた真実とは⁉︎

 

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

実はソニーは若い頃の例のF1での事故で、肉体にかなりの損傷を受けている。それは、次に怪我をしたら、レーサー生命どころか、もしかしたら亡くなる可能性もあるというほどの重い話。それを知ると、観客は思い当たってしまうのである。本当に先がどうなるかわからない人だから、「来年もチームを組もう」と言われても組めないのではないかと。いい加減な人なら、調子良く「来年もよろしく」と言えちゃうのだろうが、その責任を負えないとわかっている、逆にいえばそれだけ責任感が強いからこその「自己主義に見える」行動で、彼は事態を回避していたのだと。責任感が強いということは、チームに対しても責任感を強く持つということだ。だからこそジョシュアの母親の責めも飲み込み、ジョシュアが真実を言わなくても責めることなく、チームで勝つという念願を達成するために、ジョシュアを優勝させる踏み台になる道をソニーは選んだのだ。

そして、周囲の人間も彼の性格や生き様を理解するようになる。ソニーのお決まりのコースランニング(ソニーは整備士たちよりも早くレース場に来て、おそらく自分の足でコースの感覚を叩き込むために走っている)に、段々と整備士たちも参加するようになり、最後は徒党を組んでのランニングになる=チームの結束、につながっていくのだ。そうやって縦糸と横糸が紡がれながら、勝利への道というタペストリーが出来上がっていくまでの展開に、王道とわかっていながら、涙が止まらなくなる。

「人を見る」能力が養われる⁉︎

  

(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

人と人とのつながりや絆は、そう簡単に言葉で表現できるものではない。仲が良いだけではない、さまざまなつながりがあるからだ。ケンカばかりしていても、それが相手を思いやってのケンカということもあるし。そんな目に見えにくい絆や友情、愛情、そしてソニーが抱えていた葛藤を「感じさせてくれる」のが、この映画の素晴らしさ。昔、本を読む時に「行間を読め」と、書かれていないことを発見しろと言われたけれど、『F1〜』もまさにそういう映画なのだ。自分が映画を見ながら感じたことを大切にし、想像しつつ観ることで、この映画は完成する。

もしこの映画を見て、物語が弱いとか、ドラマが足りないと感じたならば、それは私たちが説明されすぎるドラマや映画に慣らされてしまったせいだと思う。そしてそれは言ってしまえば、人を見る目が失われていることにもつながっているのではないだろうか。想像すればソニーの人間像もわかるはずだし、周囲への影響を考慮すればそれもわかるはず。もしそれがわからないとすれば、アナタ自身の人間力が落ちている……ということにもつながるのではないだろうか。

『F1〜』はそんな「人を見る」能力も養われる作品。ぜひこの映画を観て、感想を言い合ったりしてほしいと思う。そうすることで、もっともっと映画を理解するだけでは済まない、人間力の向上につながると思うからだ。

Movie Data

監督:ジョセフ・コシンスキー『トップガン マーヴェリック』
プロデューサー:ジェリー・ブラッカイマー『トップガン マーヴェリック』
脚本:アーレン・クルーガー『トップガン マーヴェリック』 
出演:ブラッド・ピット/ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン/ハビエル・バルデム
配給:ワーナー・ブラザース映画

全国公開中
(C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

映画『F1®/エフワン』公式サイト

Story

かつて“天才”としてその名を轟かせながら、大事故を起こしてF1から退いたドライバーのソニー・ヘイズ。そんな彼に以前チームメイトだったルーベンが助けを求めてきた。ルーベンが代表を務める【APXGP】は、現在最下位に沈んでおり、このままではチームが売却される可能性が高いという。かくしてF1に復帰したソニーだが、常識破りなその振る舞いに彼と初めて組む整備士らスタッフは困惑。チームメイトである新人ドライバーのジョシュアは敵意をむき出しに。そんな中で、その揺るがぬ実力と経験値で信頼感を得ていくソニー。彼に導かれるように少しずつだが、順位を上げて行く【APXGP】。だがそんな時に思わぬアクシデントが発生する!

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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