『かくかくしかじか』 最恐の恩師との絆と人の成長が描かれる感動作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、恩師との厳しくも温かい絆を描き、教えることの本質を問いかける『かくかくしかじか』をご紹介します。
人との出会いが成長を促す

(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
人が成長するには、人との出会いが不可欠だと思っている。
もちろん本や映画などで、新たな考え方や発想力、創造力、感性など様々なことは鍛えられるものだ。しかしそれを「成長」にまで引き上げてくれるには、誰かの力を必要とするものではないか。今まで生きてきて振り返ってみると、事実、自分の成長を促す時には、なにかしら他者との出会いがあった。それは「ご縁」と言う言い方もできると思うが、そういう方々の助けがあって今の自分は成り立っている。心の底からそう思う。
今回紹介する映画『かくかくしかじか』も、そういった成長を促してくれた人との出会いの物語だ。
後に『海月姫』や『ママはテンパリスト』『東京タラレバ娘』など、様々な作品を書き上げた人気漫画家・東村アキコ。彼女の主に高校生以降の人生を描いた同名原作を映画化したのが本作だ。
お気楽な人生設計をしていた高3女子が知る現実

(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
子どもの頃から両親(大森南朋、MEGUMI)を含め、周囲から「絵が上手いね」と褒めちぎられて育った林明子(永野芽郁)。漫画が何よりも大好きで、その漫画も褒められてきた。そんな彼女は自然と自分は絵が上手いのだと自惚れて、たいした努力もしないまま、なんとなく高校3年になってしまい、美大にでも行って卒業したら漫画家としてデビューするかあ……と、漠然とした夢を抱くようになる。さらに美術部の顧問(有田哲平)からも画を褒められたりしていたのもあり、彼女の『美大卒業後に漫画家デビュー』夢は根拠もないのに加速する。
そんなお気楽な人生設計を語る明子をクールな視線で見ていたのが、同級生の北見(見上愛)だ。北見の助言もあって、美大を受けるならばそのための塾などに通った方がいいと言われ、明子はとある絵画教室に通うことになる。そこで出会ったのが、美術のイメージとは程遠いジャージ姿、竹刀を持ち歩き、容赦なく怒鳴り散らす日高先生(大泉洋)だった。

(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
後に明子が「最恐の恩師」と思うようになる日高先生は、明子の伸びまくった鼻っぱしらをドンドンへし折っていく。「デッサンが狂っている!」と雄叫びをあげ、竹刀を突きつけ、とにかく毎日毎日、石膏の彫像のデッサンを強要する。「またこれを描くのか」とウンザリしようがなんだろうがおかまいなし。とにかく日高先生は顔を見るたびに「描け描け描け描け!」としか言わない。しかもどんなに頑張って描いたとしてもダメなものはダメだとハッキリ言う。「なんだこれは!?」と顔をしかめて「ヘタクソ!」と言い放つ。自分は画力がある……と思い込んでいた明子にとっては青天の霹靂。自分の画力がかなりのヘナチョコだったことを思い知らされる。
多くの人間は、容赦ない日高先生の言葉に打ちのめされてしまう可能性があると思う。しかし明子は負けなかった。そして「嫌だ嫌だ」と思いつつも、先生の言う通りに石膏像のデッサンを続けた結果、明子の絵の腕前は間違いなく上がっていく。明らかに見違えるほどに。
厳しい訓練は必要か? 否か?

(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
あくまでもこれは昔の話であり、コンプラにうるさい今の時代では日高先生のやり方は通用しないと思う。アートなんだから、自分のやりたい時にやりたいようにすべきだという指摘もあるだろう。けれど成長過程には時にはスパルタが必要なのではないかとこの映画を観ると感じいってしまう。
例えばバレエ・ダンサーは毎日の訓練を欠かさない。それは特に成長過程のダンサーは、1日休むだけで3日間くらいの訓練した成果を失ってしまうからだ。スポーツ選手だって同様だろう。成長期にある筋肉は、休めば明らかに劣る。逆に訓練すればするほど速度が上がり、反射力が良くなり、高く飛べるようになったり、早く走れるようになったりする。
それに関しては「描く」こともそうだ。1日描かなくても死ぬわけではない。けれども、筋力のように目に見えて落ちるわけではないけれど、アートを司る脳は常に携わってないと何かが落ちていく。実際、私もかつて大学で講師を務めていた時、「漫画家になりたい」「ライトノベル作家になりたい」「印税で暮らせる生活がしたい」という“何かを生む”夢に溢れた若者たちとたくさん知り合った。けれどもその中で何人の人間が“創作”の活動を今も続けているだろうか。望んだ方向とは違ってもクリエイトする作業に進んだ者たちはまだいい。でも正直、諦めてしまったのではなく「いつかはやるつもり」「仕事がひと段落したら描きます」という人がどれだけ多いことか。けれどそう言っている人たちの大多数は、いろんな理由を口にして創作活動をしないのだ。
教育者にも観ていただきたい1本

(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
おそらく日高先生は、長い経験から「どんなに描いてきた人でも一度描くのをやめてしまうと描けなくなる」ことを肌身を持って知っていた人間なのだろう。人間は怠けたい動物。だから、時には強制的に描くことも必要なのだ。明子も結局は美術大学に合格して、美大生となるが、あれだけ毎日描くことを強制され、描く癖もつけたはずなのに、美大に入ってからは学校側から出された課題以外、なにも描かなくなってしまう。描きたいものがない。そんな壁にもブチ当たり、自分の視点がない課題を出して先生たちから「何を描いているんだ」と言われる始末。さりとて目指していた漫画を描くわけでもなく、ただただ友達とダラダラとおしゃべりし、ぐうたらなキャンパスライフを送っていく。そんな時にも結局は助けてくれたのは日高先生の言葉だったり行動だったりするのだ。時にはちょっと自分の意見を押し付けすぎる先生だが、それでも明子の人生を大きく変えてくれた人であることは間違いない。逆に言えば、日高先生の存在がなければ、美大に進むこともなければ、漫画家として生きることもなかったかもしれない。
そもそも東村アキコは、『かくかくしかじか』を日高先生の絵画教室に通った経験を持つアシスタントに「日高先生のことは描かないのか」と言われて連載をスタート。連載の終盤は涙を流しつつ執筆していたという入魂作だ。そういう背景もあってか、第8回マンガ大賞や、第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を獲得。大きな結果を残した作品となった。人との出会いがもたらした奇跡の作品とも言える。ちょっとした出会いが人生を大きく変えるから、人とのコミュニケーションはとても大切だ。それを教えてくれると共に、この映画は“続けることも才能”であることを確信させてくれる。
また教える側からすれば、教え方に関しても一目置くべき作品だと思う。もちろん体罰だけではなく、言葉の暴力も基本的にはダメだ。けれども厳しくすることは重要ではある。その線引きに決定打はないけれど、叱ることを恐れていては何もできないのではないか。叱り方の問題ではないのか。ぜひ教育関係者にも本作を観て一考していただきたい。
- Movie Data
『かくかくしかじか』
監督:関和亮
原作:東村アキコ
脚本:東村アキコ、伊達さん
出演:永野芽郁、大泉洋、見上愛、畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠、津田健次郎、有田哲平、MEGUMI、大森南朋ほか
配給:ワーナー・ブラザース
5月16日(金)より、全国ロードショー
(C)東村アキコ/集英社 (C)2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
- Story
- 漫画家になるという夢を漠然と持っているが、さりとて何か特別な努力をしているわけではない高校生の明子。そんな彼女は同級生の勧めもあって、絵画教室に通うことを決めた。だがその絵画教室では、竹刀を持つ日高先生の厳しいスパルタ指導が待っていた。毎日毎日、ひたすら石膏像のデッサンを強いられる日々。教室が嫌で嫌でたまらない明子だが、それでも日高先生のおかげで明子の画力は間違いなくあがっていく。そして明子は無事に石川県にある美術大学に合格した。しかし合格した後も日高先生は、明子とコンタクトを取り続ける。それは日高先生には明子と一緒にとあることをやりたいという夢があったからだった……。
文:横森文
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横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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