2025.03.28
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『35年目のラブレター』 感情を大きく揺さぶられる、涙なしには見られないハートフル夫婦ドラマが登場

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、読み書きができない夫とそれを支え続けた妻。実話をもとに描かれた感動の夫婦ドラマ『35年目のラブレター』をご紹介します。

主人公は読み書きができない60代の男性とその妻

 

©2025「35年目のラブレター」製作委員会

もしも自分の連れ添う相手が、文字が読めず、書くこともできないとしたら、あなたはどうするだろうか!?

この『35年目のラブレター』に登場するのは、読むことも書くこともままならないまま生きてきた西畑保(1972年当時を重岡大毅、2007年以降を笑福亭鶴瓶が演じている)という男性だ。貧しい家に戦時中に生まれ、戦争中のゴタゴタもあり、十分な教育を受けられないまま大人になってしまったのだ。

映画を観てまず感じたのは、文字が読めず書けないことは、どれだけ生活をするのに苦しいか…ということ。事実、保はそのせいで思うような職業に就けないでいる。文字の読み書きができなくてもどうにかできる仕事、いわゆる力仕事などは可能だ。それでも時には、仕事を続けることが難しくなることもあった。例えば自分の名前を書かなければならない場面があるからだ。そう、保は自分の名前すら書くことができなかった。読み書きができないことを隠しておきたい保は、そうなると転職せざるを得なくなってしまう。

そうやって保が様々な職業を流れ流れて辿り着いたのが、寿司職人の仕事だった。けれども彼にはお品書きが読めない。そのため誰よりも魚の名前やその魚の特長、味わいなどを覚える努力が必要であった。こうして負けん気と根性、師匠の力添えなどもあり、修業を続けていくことで保は一人前の職人になっていく。

もちろんこの時に、字を勉強しておけば良かったのかもしれない。が、映画からも、日々の寿司職人としての仕事だけで字の勉強をする余裕などはないことは伝わってくる。こうして時間はあっという間に通り過ぎていってしまう。

ついに夫が読み書きができないと知った妻は……

 

©2025「35年目のラブレター」製作委員会

そんな中で彼は皎子(若い頃を上白石萌音、年を経てからは原田知世が熱演)という女性と運命的な出会いを果たす。しかし、結婚する際に保はどうしても自分が文字を読めず書けないことを言い出せない。何か字を書くとか読まなければならない場面になると、彼は決まって「おなかが痛い」と言い出すのだ。かくして最愛の妻に隠し事をしたまま、彼は結婚してしまうのだった……。

しかし、そうそうそんな重要なことを隠し通せるわけがない。結婚して半年後、ついに保の秘密は皎子にバレてしまうことになる。保は別れを覚悟。しかし真実を知った皎子は保にこう告げる。

「今日から私があなたの手になる」

なんという言葉だろう。皎子はそのことをちゃんと実践していく。保が何か文字を書かねばならない状況に追い込まれたときは、皎子がうまいこと相手を誘導。彼女が代筆をしても問題ないようにしてしまう。

かといって保は別にボヤッと過ごしていたわけではない。子どもができてからは、むしろ子どもの方が先に読み書きができるようになってしまい、立つ瀬がなくなる。子どもの教科書を使って一緒に勉強しようとも考える。しかしなかなかちゃんと指導してくれる人がいなければ、完全に学ぶことは難しいもの。こうしてさらに月日は過ぎていく。

そんな保が65歳になって定年退職した後、突然、夜間中学に通いだすと言い出したのだ。それは長らく自分を支えてきた妻・皎子に初めてのラブレターを渡したいと思ったからだった。かくして保の夜間中学での“学び”が始まることに……。

実話をベースにした素晴らしい愛と教育の物語

 

©2025「35年目のラブレター」製作委員会

驚くのはこれが実話がベースになっているということ。塚本連平監督がたまたま見たテレビのドキュメンタリーで西畑保氏のことを知り、すぐに調査を開始。ネットにアップされていた直筆のラブレターを見た。それを見た瞬間、監督は「たどたどしい文章だったし、誤字脱字もあったけれど、そこには童話を読むような、とてつもない優しさがあった。その手紙を見てすぐに、彼の人生を映画化したい」と思うようになったのだという。

実話だけあって、その読み書きができるようになるまでは相当に困難な道であり、映画でもそこは包み隠さない。そりゃそうだ。65歳ともなれば記憶力だって自ずと低下してくるもの。映画を観ていると思わず「頑張れ」と願わずにはいられなくなるが、とにかくゆっくり一歩ずつしか彼の学びは進まない。一緒に入った夜間中学の仲間は次々と卒業していくというのに。

それでも保は内心は焦っているのかもしれないがあきらめない。コツコツコツコツ、努力を積み重ねていく。そんな姿を見ていると、人生はいつからだって学ぶことができるし、いつからだって自分を変えることができるのだということを感じてしまう。と同時に諦めない心……それが最も大事だということも伝わってくるのだ。

誰もがいろいろ悩みはあるもの。でもどんな困難でも、全く報われない困難というものはないのだろう。愛する人を大切にし、日々積み重ねていくこと。これが全ての突破口に繋がることになる。

そんなことを心の底から信じさせてくれる、とても温かい夫婦ドラマであり、教育の物語。観て損なしの作品だ。

Movie Data

35年目のラブレター』
監督・脚本:塚本連平
出演:笑福亭鶴瓶、原田知世、重岡大毅、上白石萌音、徳永えり、ぎぃ子、辻本祐樹、本多力、江口のりこ、くわばたりえ、笹野高史、安田顕ほか
配給:東映
3月7日(金)より、全国ロードショー
©2025「35年目のラブレター」製作委員会
『35年目のラブレター』公式サイト

Story

戦時中に生まれて十分な教育を受けられず、文字の読み書きができない寿司職人の65歳の西畑保と彼のそばに常にいる最愛の妻・皎子(きょうこ)。運命的な出会いをしてめでたく結婚した2人だったが、実は保はその幸せを手放したくないあまり、自分が読み書きできないことを彼女に伝えられずにいた。しかし結婚して半年が経ち、ついにひた隠しにしてきた保の秘密が、皎子に露見することになってしまう。別れを覚悟する保。しかし皎子は保の手を取りながら、「今日から私があなたの手になる」と告げる。その言葉に保は救われることに。実際、皎子はどんな時も寄り添って保を支えてくれた。そこで感謝のラブレターを送りたいと考えた保は、夜間中学に通う決意をする。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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