2025.03.06
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『FLOW』 世界各国で賞を獲得したセリフなしの驚異の長編アニメーション

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、第97回アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞した、ラトビア発の『FLOW』をご紹介します。

黒猫が洪水に巻き込まれ、他の種の動物たちと旅をすることに

©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

今回紹介する『FLOW』という作品には、驚くべきことに“セリフ”というものが一切ない。理由は主人公となるのが黒猫だからだ。

とはいえ、多くのアニメーションでは、動物たちが人間の言葉を操るのが普通である。でもその表現をしないことで、この映画は動物たちに真実味をもたらす。つまり猫は猫として、多くの普通の猫がするように、高いところに登りたがり、眠くなれば眠り、何か食べれば前足をなめながら顔をこすり、興味があるものはじっと見つめる……といった猫らしい動きしかしない。

他にもこの映画には犬やカピバラ、キツネザル、南アフリカに住むヘビクイワシといった動物たちが登場するが、当然彼らも彼らなりにその種の特長を活かした立場で、あくまでも“動物”として存在する。

例えば、猫は自立していて他の動物たちとはあまり一緒にいたがらない。逆に犬はとてもフレンドリーで、かまおうとする。キツネザルは手先が器用で自分に興味のあるものを収拾する。カピバラはライオンやワニとも一緒に穏やかに眠るくらいあらゆる動物とうまく付き合える性質があり、それが今作でも十二分に活かされる。そしてヘビクイワシは荘厳な鳥であり、従来は群れを作って社会的に暮らしているので、ややリーダー的存在になっていく。

動物として威嚇したり、寄り添ったり、助けたりはするけれども、それ以上の行動はしない。つまり擬人化は一切されないというわけ。時にYouTubeなどで見られる犬と猫が仲良くしている映像や、猿が井戸に落ちた子猫を助けようとする映像などに代表されるような動物たちだけの世界観が、この映画にはしっかりと定着している。

文明の痕跡はあるが、人間たちはいない世界

©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

でもこの映画は、人間がいた痕跡だけは確認できる。例えば黒猫はおそらくそこで飼われていたのであろう、森にある大きな一軒家に住んでいる。そこには書物や様々なモノがそのまま残されているし、近くには猫を彫った石の像がゴロゴロある。そこからなんとなく家の主人はアーティストではなかったのだろうかと推察はできる。でもあくまでも推察は推察だ。そこの主であったろう人がどういう理由で忽然といなくなったのかは全くわからない。

他にもこの作品には文明が栄えた結果、生まれたのであろう町なども登場するが、そこにも人が住んでいるような気配はない。

私たち人類が最近世界レベルで経験した災難といえば、コロナ禍をどうしても思い出すが、そういった類の伝染病で人類だけ死滅した世界なのかもしれない。とにもかくにもそういった「何が起きたか」はわからない世界観の中で物語はスタートする。

それこそ『岩合光昭の世界ネコ歩き』じゃないけれど、圧倒的な大自然の中に猫がいる様子が映し出される。歩き回る猫の姿は、アニメらしい画にはなっているのだけれど、立ち止まったり、目をこらしたり、ニオイを嗅いだりする行動がまさしくリアルな猫そのもので、ドキュメンタリーを見ているかのよう。猫好き・動物好きならばちょっと感動してしまうだろう。

そんな黒猫が犬の集団に追われて逃げ回ることになる。必死に逃げ回るうちに、突然、予期せぬことが起こる。なんと目の前から水がドドドっと音をたてて流れてきたのだ。その水がどこから流れてきたのかはわからない。だが水カサはどんどん増していき、やがては黒猫が住んでいた家をも飲み込んでいく。それでもおさまりきれず、ちょっとした丘も猫の巨大な彫像ものみこみ、水はどんどん増えていく。黒猫はただただひたすら逃げ、逃げ続け、その洪水にのってやってきた小舟に乗って流されていくことになる。

種を超えて結ばれる絆から見える愚かな人間たちへの戒め

©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

そしてそこにノアの方舟ではないけれど、カピバラや猿、犬、鳥なども乗り込んできて、互いに互いを警戒しながら(ただしおっとりしているカピバラだけはほとんど警戒心がない。前述した通り、カピバラはいろんな動物たちとうまくやっていけるので)、でもその旅によって想像以上に深い絆で結ばれていくことになる。

この映画を見て圧倒されるのは、種を超えて結ばれるその絆だ。犬だって猫だって、いざとなればカピバラや鳥は自分たちの食糧という標的にならないわけではない。でも彼らはそういう目で仲間たちを見たりはしない。時には水が苦手な猫に泳ぎ方の見本を見せることで魚の取り方を示唆したり、実際に食べるものを共有したりもする。その助けあう精神は圧倒的に美しく、生命力と健気さと、律する素晴らしさを感じさせてくれる。

それに引き換え、私たち人間はどうか。

昨今の高温続きの中、世界中で洪水が起きたり、環境破壊をまざまざと感じさせられる中で、自国主義を掲げたり、侵略行為が行われたりと、第三次世界大戦が起きてもおかしくないほどに殺伐とした空気感にむしろ拍車がかかっている。地球が悲鳴をあげている状況を誰もがわかっているだろうに、助け合うのではなく、いや助けているフリはしていてもどこかで自分たちの利益を優先させようとしている魂胆が見え見えではないか。

小舟に最初に一匹で乗ってきた犬ではなく、集団で行動している犬たちは前述した通りだが、彼らのとる目の前のことしか考えない行動などは、まさに考えているようで結局は何も考えていない無責任すぎる大衆たちそのもの。個体ではなく群れると間違いを起こす人間そのものに次第に見えてくる。

つまり『FLOW』は擬人化を一切してはいないのだが、今の人間たちの行動への戒めを自然と感じさせる作りになっているのだ。それが素晴らしい。この映画が2024年アヌシー国際アニメーション映画祭にて審査員賞・観客賞を含む4部門を獲得したこと、2025年の第82回ゴールデングローブ賞でアニメーション映画賞、第52回アニー賞では長編インディペンデント作品賞と脚本賞、第97回アカデミー賞の長編アニメーション賞を受賞と様々な賞を獲得したのも当然の結果といえるだろう。

ラトビアに初のアニメーション賞をもたらしたギンツ・ジルバロディス監督

©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

監督したのはギンツ・ジルバロディス。1994年生まれのラトビア人だ。高校時代に独学で短編映画の製作を開始。その後は大学へは進学せずに、とにかく短編をたくさん作り続けることにした。高校の時に作った短編の1本が映画祭で入選し小さな賞を獲得し、わずかなお金が手に入ったので、ジルバロディス監督はアニメーションの学校で勉強するのではなく、自分のペースで学び、短編を作り続けるという道を選択した。かくして実際に監督は一本作るごとに様々なことを学び、3年半もの年月をかけて、ひとりで長編第1作『AWAY』(ちなみにこれも台詞のない作品)を作り上げる。これが2019年のアヌシー国際アニメーション映画祭コントルシャン賞を受賞する。その時、ジルバロディス監督は24歳。この作品をキッカケに、彼はフランスのアニメ制作チームと一緒に仕事をする機会を得て、初めてひとりではなく、40〜50人のスタッフと共に長編2作目である、この『FLOW』を生み出したのだ。

情熱を持って何かに挑めば、時に世界の扉が開くことだってあるのである。それを実証して見せたのがジルバロディス監督だ。もちろん全ての努力が実を結ぶとは限らない。けれども自分で一歩を踏み出さねば、何も起こらないというのも事実なのだ

ちなみにジルバロディス監督の次回作は、初めてセリフがある作品となる予定だ。長編としては初めて人間たちを中心にしたアニメーションとなる模様。セリフがないことでどの国でも受け入れられ、子どもから大人まで楽しめる作品を作りあげてきた監督が、セリフがあることで今度はどんな扉を開いてくれるのだろうか。楽しみで仕方がない。

Movie Data

監督・脚本・音楽:ギンツ・ジルバロディス
音楽:リハルズ・ザリュペ
共同脚本・ブロデューサー:マティス・カジャ
脚色:ロン・ディアンズ
配給:ファインフィルムズ

3月14日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
『FLOW』公式サイト

(C)Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.

Story

世界が大洪水に見舞われ、今にも街が消えようとする中、ある一匹の猫は居場所をあとに旅立つことを決意する。流れてきたボートに乗り合わせた動物たちと、想像を超えた出来事や予期せぬ危機に襲われることに。しかし彼らの中で少しずつ友情が芽生えはじめ、たくましくなっていく。彼らは運命を変えることができるのか!?  そしてこの冒険の果てにあるものとは!?

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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