2024.08.27
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『ラストマイル』 現代社会における問題点を投げかける極上のサスペンス映画

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、『ラストマイル』をご紹介します。

日本人の平均賃金は先進国でかなり下位にある現実

 

(C)2024 映画「ラストマイル」製作委員会

私たちは自分の興味がないことには本当に無知である。

例えばあなたはかつて、宅配ドライバーが稼ごうと思えば年収1,000万円近くになるのも可能だったのを知っているだろうか? 確かに肉体作業だから大変だけれど、家族のためにと宅配便のバイトを始めた人は本当に多かった。友人にもバイトではあるけれど、月収40万以上と公言している人がバンバンいた。芸人など好きなことをやりつつ、宅配便で働く人たちは確かにいたのだ。

世界に目を移せばもっとすごいことが起きている。アメリカでは物価が上昇しているが、それに見合うように賃金も上昇。配送会社の米UPSの労働者組合「チーム・スターズ」が、アルバイト・パートタイム労働者の最低時給を現在の15.50ドル(約2,300円)から21ドル(約3,120円)へ引き上げたという。これは35%の上げ幅だ。フルタイム勤務のドライバーについては、年収370万円増となる見通しだという。CBSニュースが報じた試算によれば、UPSのフルタイム労働者の平均年収は、現行で年収約14万5000ドル(2,160万円)。それが今後5年間を通じて17万ドル(2,530万円)にまで段階的に引き上げるのだそうだ。もちろんこの金額には医療保険や年金などの諸手当も含まれているという。

今、日本で2,000万円を稼ぐといったら大変だ。サラリーマンだってそんなに稼ぐのは夢のまた夢。でもこれだけの収入があれば物価が高くなったとしてもどうにかこうにか払うことは可能だろう。日本に来たアメリカ人がコーラの値段などを見て、「物価安っ!」と大喜びなのもうなずける。買い物三昧なのも当然だと思う。

巧みに描かれる日本の様々な問題点

 

(C)2024 映画「ラストマイル」製作委員会

映画『ラストマイル』で描かれるのは現代の日本の物流の世界だが、そこでは今の日本の経済の実情が巧みに描かれている。「ラストマイル」という言葉は、最終拠点からエンドユーザーへの物流サービスのことをいうのだが、そのラストマイルにあたる父と息子の会話の中に、現在の賃金がひとつの荷物を運んで150円というのがある。10個運んでもたったの1,500円だ。しかも配達が完了してこその150円。万が一持ち帰りとなった荷物には適応されないと劇中では言っていた。100個運んでようやく15,000円。200個で30,000円。でもそれだけ配達するのに、一体どのくらいの時間がかかるというのだろうか。 

劇中でも、その荷物を運ぶために昼食というわずかな休憩時間をも削って働く姿が描写されていた。ただそれだけ必死になって働いてもわずかな賃金しかもらえない。でもそれは物流に限ったことではないだろう。他のジャンルの職業でもそうだ。清掃や工事現場で働く人だってそう。オフィスワークをしている人だってそう。正直、日本は世界的に見ても平均賃金がとても安い。先進国なのに。映画ではなぜ賃金が安くなるのか、その理由がサラリと紹介されているが、そのあたりは劇場で確認してほしい。

映画の舞台となるのは世界規模のショッピングサイトの関東センター

 

(C)2024 映画「ラストマイル」製作委員会

とにかく映画は、こういった日本の働き方問題を背景に、物語がスタートする。

流通業界最大のイベントである11月のブラックフライデー。ブラックフライデーとは11月の第4金曜日に様々なお店が商品を特別価格で販売するセールのこと。日本でもここ最近、その呼び方が広がりつつある。そのブラックフライデーの前夜に、ある事件が起きる。なんと世界規模のショッピングサイトの関東センターから配送された段ボール箱が爆発したのだ。しかも爆弾はひとつではなく連続して起こっていく。犯人の目的は何なのか!? そして爆弾はいくつあるのか!? この問題に関東センター長に着任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、チームマネージャーの梨本孔(岡田将生)と共に挑んでいくことになる…。

スリル満点の物語だが、単なるスリルで収まらないのは、リアリティがあるからだ。それは先程も述べたような、日本の賃金体系や働き方の問題などにしっかり根ざしているからであり、誰もが日々、モヤッと感じている頭の痛い問題だからこそ刺さってくる。

脚本を執筆した野木亜紀子さんや監督の塚原あゆ子さんは、この作品を作るにあたり、物流関係者を徹底的に取材したそうだが、実際に書くに当たっては、爆弾の仕掛け方も含めて完全なリアルを執筆したわけではないという。つまり“あたかもリアリティ”なのだとか。ただ元々の発想は塚原監督が配達された荷物を見たときにある。どこから配達されたのか、それが記載されていない荷物を見て、本当にこれは自分宛の荷物なのだろうかと思い、それがキッカケで物語が紡ぎあがっていったそう。
かつ、そもそもは塚原監督は『ダイ・ハード』みたいな映画を作りたいと思っていたそうで、それがこういう形に結集したという。もちろん『ダイ・ハード』とは内容は全く違うが、テンポ感やエンタメ感は、『ダイ・ハード』以上と思えるくらいによくできている。
それでいて、今の現代の日本の働き方問題にも正面からぶつかっていて、とても考えさせられるのがミソ。今の日本の現状で本当にいいのか、非常に社会派的な側面も持っており、これを見て「今の日本社会」というものを真面目に考えてほしいと思うのだ。

ドラマとシェアード・ユニバースされた映画

 

(C)2024 映画「ラストマイル」製作委員会

またこの作品はドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』(監督・塚原あゆ子や脚本・野木亜紀子、ついでにいえばプロデューサーの新井順子まで創り手が全く一緒)と同じ世界観で描いているシェアード・ユニバース作品としても話題になっている。考えてみれば両ドラマとも、今の日本が抱える様々な問題が散りばめられており、だからこそ観た人たちを虜にする内容となっていた。そういう世界とクロスすることで、より面白さも増し、登場人物を演じる役者の豪華さも含め劇場で観るにふさわしいスケールとなっている。

しかも粋なのは、両ドラマの主人公を含め、かなりの人物が登場するが、それをこれ見よがしに紹介していない点。普通ならそこを売りにするような登場のさせ方をしていてもおかしくないのに、とてもサラリと映画に馴染ませて登場させる。もちろんドラマのファンにはたまらない面白さがあるが、観ていない人でもなんの問題もないように出来ているのがこれまた素晴らしい。もちろんドラマを観ていれば、数倍以上に楽しくなることは間違いないだろう。

とにかくそういったエンタメ性と社会派的な内容が見事に合致したこの作品。本当に観て話し合うのに最適な1本となっているので、是非とも劇場で観ていただきたいと思うのだ。

Movie Data

監督:塚原あゆ子
脚本:野木亜紀子
出演:満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、火野正平、阿部サダヲほか
配給:東宝
8月23日(金)より、全国にて公開

(C)2024 映画「ラストマイル」製作委員会

Story

流通業界の最大のイベントのひとつ、“ブラックフライデー”の前夜、世界規模のショッピングサイトから発送されたダンボール箱が爆発した。やがてそれは日本中を恐怖に陥れる謎の連続爆破事件に発展する。決して止めることのできない現代社会の生命線・物流。この中でいかにして連続爆破を止めることができるのか!?  巨大物流倉庫のセンター長・舟渡エレナとチームマネージャーの梨本孔は未曾有の事態の収拾にあたるが…。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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