2023.12.26
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『ゴジラ-1.0』 本気で怖いゴジラは「生きる」ことの大切さを教える傑作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『ゴジラ-1.0』をご紹介します。

人類の敵であるゴジラが東京を破壊する

©2023 TOHO CO., LTD.

時には『おそ松くん』の人気キャラクター、イヤミと同じ「シェー」のポーズをしたり、ミニラと名付けられた子どもを育てる親としての一面を見せたり。また数々の凶悪怪獣を倒し、子どもたちのヒーロー的存在にもなっていたゴジラ。
だが公開中の『ゴジラ-1.0』に登場するゴジラは、そんな人間の味方的な存在ではない。むしろその逆。人間たちを滅ぼす、そら恐ろしい怪物として登場する。

そう、今回のゴジラはマジで怖いのだ。
3〜5歳で観たら、トラウマになるのではないかと思うくらいの怖さ。つまり、それは子ども向けではなく、レッキとした「本気」の怪獣映画という証拠でもある。『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒットで注目された庵野秀明監督が手掛けた『シン・ゴジラ』(2016年)もそうだが、本気でゴジラが現代日本に現れたならどうなるのか。SF的な切り方で、ある種ドキュメンタリーのような要素も含め、見せ切った作品であった。
だが『ゴジラー1.0』がすごいのは、そもそもの元祖である初代ゴジラを内包、これこそが「ゴジラ」であると謳いあげたところにあるのだ。
どういうことか。

“初ゴジ”を新しく作り上げたといっても過言ではない

©2023 TOHO CO., LTD.

全てのはじまりは、1954年に公開された『ゴジラ』にある。当時社会問題となっていたビキニ環礁での核実験。これに着想を得て、その核実験で生まれた怪物が、日本に現れて東京を再び焦土の地へと化していく……という内容だった。
戦争が終わったのが1945年。それからわずか9年後に公開されたこの作品。戦争に苦しめられた人々は、はたしてどんな思いでこの映画を観たのだろう。特撮とはいえ、もう一度東京が焼け落ちる様をどういう気分で受け止めたのだろう。
ゴジラ好きからは、“初ゴジ”などの愛称で親しまれているこの昨品は、つまり大人向けの作品であり、人間によって生み出された怪物が滅ぼされる様を通して、身勝手な人間たちの有り様、戦争反対という暗く重たいテーマをエンターテインメントとして見せた傑作であった。海外でも公開され、多くのゴジラファン、その後に続く怪獣映画の礎ともなった。

©2023 TOHO CO., LTD.

『ゴジラー1.0』は、その“初ゴジ”を言ってしまえば新たな形で作ったものなのだ。
つまり今回の映画は、もともと恐竜の生き残りのような存在で深海からたまに大戸島に出現、島民から「ゴジラ」と呼称されていた生き物が、“初ゴジ”同様、核の実験で巨大な怪物となってしまうというストーリー。つまりこれは“初ゴジ”の続編ではないというのがポイントなのだ。
だから山崎貴監督は“初ゴジ”をリスペクトし、ゴジラを前に実況中継していたテレビクルーがビルの崩壊に巻き込まれて亡くなっていく様や、電車をくわえるゴジラショットなどを入れ込みつつ、“初ゴジ”ではそこまで描かれきれなかったテーマにも深く切り込んでいく。それが「生きる」という大きなテーマだ。

特攻隊員だったのに生き残った敷島

©2023 TOHO CO., LTD.

神木隆之介が演じる敷島は特攻隊員。当時の国は、特攻して散ることを良しとしていたが、敷島は死を恐れるとともに両親のもとに戻りたいという気持ちも強く、特攻の日に機の調子が悪いと嘘をついて大戸島にある整備基地に戻ったのだ。
だがそこで「ゴジラ」に遭遇。そこでも「ゴジラ」から逃げた彼は、重い気持ちを抱えたまま、日本へと戻るが、特攻を回避してまでも会いたかった両親は空襲で亡くなっていた。

そんな彼は、混乱した東京で赤ん坊を抱えた娘・典子(浜辺美波)と出会う。といっても赤ん坊は彼女の子ではなく、死にかけたどこかの女性から託されたのだという。かくして敷島は、偶然出会った典子と赤ん坊と同居することになるのだ。といっても典子が半ば強引に家に転がり込んだという形だが。
かくして敷島はおめおめと生き残った自分自身に咎を感じつつ、典子や赤ん坊と「生きる」ため、バラック化した実家を建て直すため、報酬は素晴らしくいいが危険と隣合わせの職に就く。それが戦時中に仕掛けた機雷の撤去作業。かくして子どもは成長。家もボロボロのバラックを直し、新しい家になっていく。それは周囲も同様。焼け落ちた東京は次第に復興していくのだ。

観ているうちに「生きる」ことを考えさせられる

©2023 TOHO CO., LTD.

まずそこで、人間の「生きる」力強さ、前向きに頑張ることでどん底な状況も変わっていくという、その強い意志を感じさせる。それと同時に特攻という形で死ぬことを奨励していた時代の命の重さの捉え方の違いにも驚かされる。敷島が帰ってきた時、隣家の奥さん(安藤サクラ)は、特攻に行ったのに帰ってきたなんて……と彼を責める。無事に戻ってきて良かったという発想は当時にはなかったのだ。実際に戦争当時は国民の士気高揚を目的に軍上層部は「一億総特攻」を打ち出しており、「神」と奉られながら生還の見込みのない体当たり兵器に乗り込んだ者たちの中で、なんらかの理由で戻ってきた者は再教育され、再び戦場に送り込まれたりもしていたのだ。つまりそんな世の中で帰ってきた敷島が、どんな思いを抱えていたかが想像つくではないか。ましてや大戸島でゴジラと遭遇し、戦闘機の機銃で攻撃を依頼されたのに行動に移せなかった敷島が、どれだけしんどい思いを抱えたか。

そんな中で懸命に生きてきた敷島たちの前に、ゴジラが出現するのだ。せっかく復興した東京は再びゴジラが放った熱線で再度焼け落ちてしまう。それどころかゴジラの熱線は、まるであの原爆のような破壊力があった。事実、東京には原爆の時と同じ、キノコ雲が沸き、黒い雨が降る。黒い雨が使われた怪獣映画は初。その雨を浴びながら我を忘れて叫ぶ敷島の姿は強烈。忘れられない1場面となった。
これ以上、話してしまうとネタバレになってしまうのでやめておくが、とにかくそんな中でどう敷島が選択して「生きて」いくかが、大きなテーマとなっているのだ。

簡単に「死」を選んでしまう人も多い世の中で、それでも子どものため、懸命に奮闘する人たちは美しい。なんのために生きて、なんのために頑張るのか。
答えが出る話ではもちろんないけれど、少なくとも「生きてみようじゃないか」と勇気がリンリンと湧いてくる本作。生きることに迷った人は、観てみるといいと思う。何かしらの答えが閃いてくるはずだ。
ちなみに2024 年1月12日からはモノクロ版が上映になるそう。そちらを“初ゴジ”を想起しつつ観るのも楽しめるはずだ。

Movie Data

「ゴジラー1.0

監督・脚本・VFX : 山崎貴
音楽:佐藤直紀
出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介
配給:東宝
絶賛公開中
『ゴジラ-1.0』公式WEBサイト

Story

出兵していた敷島浩一は、生き残り、複雑な思いを抱えつつ日本へと戻ってきた。しかし東京は焼け野原と化し、浩一に宛てた手紙に生きて帰ることを願っていた両親はすでに亡くなっていた。戦後のドサクサの中、敷島は戦火の中で見知らぬ女性に赤ん坊・あきこを託されたという大石典子と出会い、3人で暮らすように。だが復興していく東京で必死に暮らす中で、巨大怪獣が出現して…。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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