2023.12.02
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『ナポレオン』 生涯で61回もの戦いを率いた歴史的人物の生き様を追った超大作!!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『ナポレオン』をご紹介します。

軍人として名を成してきたナポレオンの生涯を淡々と語ったリドリー・スコット監督

かつてケネディ大統領の暗殺の真相を描いた『JFK』という映画があった。
『JFK』の監督オリバー・ストーンは、実際には明らかになっていない真相を、「きっとこうに違いない、いや多分絶対そうだ」という気迫を込めた演出で見せており、その熱さは面白いのだが若干押し付けがましくもあった。たまにこういった歴史上の事実を描くとき、そういう情熱が勝ってしまうことはしばしばあるものだ。
しかし今回紹介する『ナポレオン』は、そんな『JFK』の熱さとは真逆の方向にある。フランスの英雄、ナポレオンが名を成してきた頃から亡くなるまでの姿が描かれるのだが、驚くほど俯瞰的なのだ。淡々としているとも言えるかもしれない。

監督はリドリー・スコット。かの『エイリアン』(1979年)でブレイクし、近未来SF映画の金字塔『ブレードランナー』(1982年)でその名を映画史に完全に刻みつけた。さらに2000年の『グラディエーター』では、アカデミー賞作品賞を獲得した。どちらかというとローマ帝国の世界を、情熱を持って描き出した『グラディエーター』のような熱い超歴史大作(実際にスコット監督はある大学講師から「ローマ帝国に命を吹き込んでくださったことに感謝を申し上げたい」という手紙をもらったのだそう)を想像していた筆者にとっても、今回の『ナポレオン』の妙な淡々とした雰囲気は驚くべきものだった。

いや、撮影自体はすごいのだ。ナポレオンはトゥーロンやアウステルリッツ、ワーテルローなどの有名な戦いを筆頭に61回もの戦をくり広げている。それを撮りあげるために総勢8000人を超えるエキストラ、最高11台を揃えた撮影カメラ、360度で撮影ができる何百エーカーもある土地などを準備。そこで撮られた戦闘シーンの壮大なスケール感や圧倒的な迫力感は、半端ないもの。中でも凍った湖上にいたロシア軍を、氷を砲撃して割って落としたと言われるアウステルリッツの戦いの無情さは、強烈なインパクトを残すシーンだ。ここでは東京ドーム17.2個分の野原の中に実際に巨大な氷の湖を作りあげて撮影をしたという。そう、今や簡単にいろいろ作れてしまうCGの技術に頼るだけではなく、リアルな人間、リアルなセットを作り撮影しているから、観ているだけで肝を冷やすような圧巻の映像に仕上がっているのだ。だがそれが全部を見終わった瞬間に、なぜか「淡々」とした印象になってしまうのが本作の面白いところ。一体、なぜそうなってしまうのか。一体、スコット監督は英雄と称されるナポレオンに何を見出したのだろうか。

ナポレオンの心をとらえたジョゼフィーヌという女性の存在

それは今回の映画は英雄という一面はもちろん描いているのだが、あくまでもナポレオンをひとりの人間として追うことにブレがなかったからだろうと思う。
ナポレオンは軍人として名をあげ、着実に権力を自分のモノにしていきつつ、実はある女性にゾッコンになっていく。それが最初の妻であり、ナポレオンが皇帝になった際に皇后であったジョゼフィーヌ・ド・ボアルネだ。
ナポレオンの最初の妻である彼女は、映画で観る限りはザンギリ頭で登場する。折しもマリー・アントワネットが断頭台の露と消えた後は、フランスは相当の人数をギロチンにかけた。つまりジョセフィーヌも死ぬところであったが、なんとかギロチンを回避したのだろうと思われる。そしてジョゼフィーヌはとてつもなく、強気で官能的で、ナポレオンにとっては最高に魅力的な女性だったのだ。

出会った当初にはすでにジョゼフィーヌには前夫との間に3人の子供がおり、反対の声すらあった結婚。しかしナポレオンは他人の言う事には耳を貸さずに彼女を妻としてめとる。そしてジョゼフィーヌから「あなたは私がいないと何もできない」と、まるで時には赤ん坊のようにあやされながら、彼女との愛に溺れつつもヨーロッパ全土を相手に戦いをくり返してフランス領土を広げていく。

戦争では他国に対して非常に無慈悲で、領土を広げる欲にまみれた男に見えるナポレオンだが、その実、心の中はジョゼフィーヌのことでいっぱい。ジョゼフィーヌが浮気をしたと知ると、前線にいながら戦いを放棄してとりあえず妻のもとに戻ったりもするようなそんな男なのだ、ナポレオンは。ジョゼフィーヌが「自分がいなければ何もない男」と言ってしまうのも当然かもしれないと感じられるほど、ダメ男の側面を持っていたのである。

「英雄」ではなく「人間」として描かれたナポレオン

そう、この映画では「英雄」的姿とはほど遠い「人間」ナポレオンが描写されるのである。しかも決して情熱的ではなく、淡々と事実を突きつけるような感じで。その行為が正解か不正解かは、観客の皆さんに感じとってほしい…とでも言うように。

だからこそ最後まで観た時に、あまりにも他者の命を気にもかけずに進軍していく感じと、ジョゼフィーヌに愛を注いでいく姿とのギャップと共に、ナポレオンのせいで300万人もの人が戦争で亡くなったことを知り、なんだか心にスコーンと穴が開いたような虚しさを感じてしまう。一体、なんのための戦いなのか、領土拡大なのか。なぜあんなにもたくさんの戦いをせねばならなかったのか。どうして愛するジョゼフィーヌと最終的に離婚するという決意をしなければならなくなったのかーー。

おそらく…だけれど、最後まで観て感じる虚しさは、ナポレオンが死ぬ間際に感じていた虚しさなのではないかと思う。つまり観客は「人間」ナポレオンと「英雄」ナポレオン、そして他国にとっては恐るべき「悪魔」にも感じとれたろうナポレオン…と様々な角度での彼の事実をみせられることで、ナポレオンという存在を歴史の一登場人物ではなく、非常に身近な人物として感じ取ることができるのだ。だからこそ彼のせいで300万人もの命が奪われたこと、最終的に何も生み出さない戦争というものの虚しさまでが強く印象に残り、反戦という文字が心に刻まれていくこととなるのだ。

フランスに焦点をあてた世界史を楽しめると同時に、人としての生き方や戦争問題についても問う本作。様々な意味で学ぶことができる本作は、観ながら自分の思考を限りなく使うことが大切な作品でもある。そういう意味では国語における「行間を読め」に近い感覚もないと、この映画は人によっては「退屈さ」を感じてしまうだろう。だが自分の考えをしっかり持ちながら自分なりの解釈をして観ることで、この映画はとてつもなく面白くなる。本当に稀有な体感をさせてくれる作品なのだ。

Movie Data

監督:リドリー・スコット
脚本:デヴィッド・スカルバ
出演:ホアキン・フェニックス、ヴァネッサ・カービー、タハール・ラヒム、ルパート・エヴェレットほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
12月1日(金)より、全国公開
『 ナポレオン』公式WEBサイト

Story

革命に揺れるフランスで、南部の港湾都市・トゥーロンを王政支持者から奪還。パリの市街地で王党派の反乱を大胆な方法で鎮圧。その実力を買われて軍の総司令官に任命されたナポレオン。その一方でナポレオンはジョゼフィーヌという女性に首ったけになっていく。だがエジプト遠征中に彼女の浮気を知ったナポレオンは、戦場を放棄して帰国することに…。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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