2023.10.05
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『バカ塗りの娘』 青森の伝統工芸にトライする女性の姿を描く

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『バカ塗りの娘』をご紹介します。

文明を築いた人間が最も長く利用してきた「漆」

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

「バカ塗り」と聞いて、あなたは何を想像しただろうか!?  実はこれは津軽塗と呼ばれる漆器の職人たちの間で使われている言葉だ。
その前に津軽塗について、まずは説明をしておきたい。

津軽塗とは青森県弘前市を中心に製作販売されている伝統的工芸品だ。人類が文明を築いてから、最も長く利用してきた「漆」。それを使って作られているのが津軽塗だ。実際、津軽地方での漆器産業は江戸時代中期からスタートしたという。
津軽塗はとても特徴的な“研ぎ出し変わり塗り”という漆工技術が使われている。これは塗っては研ぎ、また塗っては研ぎをくり返していくというもので、ひとつの製品を作るまでになんと40数回の工程とおよそ2ヶ月の製作日程がかかるのだ。つまり馬鹿丁寧に塗りに塗りを重ねるから“バカ塗り”と呼ばれるようになった…というわけ。

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

そんな津軽塗職人を目指す女性とその家族たちを追った人間ドラマが『バカ塗りの娘』というわけだ。

といっても主人公の青木美也子(堀田真由)は、別に最初から津軽塗の職人を目指していたわけではない。彼女自身、高校卒業後やりたいことが見つからず、フラフラとしていた経緯がある。生活費を稼ぐためにスーパーで働き、家とスーパーを行き来するだけの日々。しかも美也子はコミュニケーションが下手で友達もおらず、恋人もいない。唯一、心を開けるのは隣に住んでいる吉田のばっちゃ(木野花)だけ。とても20代とは思えない、枯れきった人生を送っているのである。

コミュニケーション下手のヒロイン・美也子

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

やりたいものが見つからないというのは、なかなかの悲劇だ。いや、現実的には美也子は幼い頃から、漆を塗ることに興味は感じていたのだと思う。けれどもその思いを表現できなかった。なぜか。それは津軽塗職人である父・清史郎(小林薫)や、賞をもらったこともあるほど津軽塗の名人であった祖父が、美也子の兄・ユウに「跡を継いでほしい」と迫っていたからだ。父も祖父も美也子のことはハナから眼中になかったのである。

そこで美也子が「自分は漆器に興味がある」とアピールできていれば良かったのかもしれない。だがコミュニケーション下手の彼女にはそれができなかった。それもあって、自分の進むべき道に迷ってしまったのだろう。

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

本当に自分のやりたい事を「やりたい」とアピールすることはとても大切なことだ。仮に「やりたい」と言ってもできないことだってある。自分の生きたいように生きること(ただし他人に迷惑をかける行為はNG)は、「ヒト」として生まれた以上、最も大切なことだが、人生はままならないものだし、誰も彼もが夢が叶うわけではない。

それでも自分が諦めたら、そこで全て終わってしまう。この映画を観ていると、そういった夢を追うことの大切さ、そしてそれこそが人生の意味なのではないかと伝わってくる。映画は本当にじっくりと津軽塗の工程を漏らさずじっくりと綴りあげる。たったひとつの器を作るのに、ここまでの労力をかけなければいけないのかと驚くし、これを一生の仕事にするのはかなり大変だということが一目瞭然で伝わってくる。それでも「やりたい」という気持ちは、この大変さをモノともしない。情熱をかけて仕事をするのは、本当に素晴らしいことなのだ。

多様性についても描かれた人間ドラマ

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

またこの映画は、やりたいことに情熱を持って奮闘するひとりの女性の人間ドラマであるけれど、実は同時に多様性の話でもある。それは兄のユウが男性をパートナーとして選び、日本を出ていく…という生き方を見せるところにも表れている。戸惑う父親、清史郎がそんなユウの思いにどう向き合っていくのかは観てのお楽しみだ。

いろんな生き方が当たり前として認められる現代で、昔からの手法を守ってきた職人の世界でも変化は求められている。職人たちの高齢化、跡継ぎが少なくなっている状況、食生活の変化で漆器を使う必要性が減った現実の中で、今まで通りのことをしていては、漆器の文化は失われてしまう。そういう意味でも多様性が描かれるのだ。

何かを始めたい、踏み出したいと思いながらも躊躇している方には、特にこの映画はオススメだ。日々学び、日々新しいことにも挑むべきなのだ。そうすれば自ずと夢は近くなるもの。そんなことを強く教えてくれるこの映画は観る価値の高い作品だ。

Movie Data

監督・脚本:鶴岡彗子 脚本:小嶋健作 
原作:高森美由紀
出演:堀田真由、坂東龍汰、宮田俊哉、木野花、坂本長利、小林薫ほか
シネスイッチ銀座ほか全国公開中
配給:ハピネットファントム・スタジオ

(C)2023「バカ塗りの娘」製作委員会

Story

文部科学大臣賞受賞歴もある名匠の祖父から家業を継いだ津軽塗職人の父・清史郎。だが今は受注減に苦しんでおり、父に愛想を尽かした母親は家を出て、継ぐのを拒否した長男ユウも家を飛び出し、美容師に。そんな中、津軽塗と本気で向き合うと決めた娘の美也子。父に反対されつつ道を切り開く姿にバラバラになっていた家族も心を動かされることに。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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