2023.08.23
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』 AIの発展に警鐘を鳴らす一大エンターテインメント映画

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』をご紹介します。

(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

日本では観客動員250万人突破が話題に

(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』は間違いなく、エンタメ作として超面白い一本だ。日本で観客動員数が250万人を突破したそうだが、かくいう筆者自身もあまりの面白さにすでに3度も映画館に足を運んでおり、こういう人が多いのだろうと思うとそのヒットも納得である。
だが「学びの場」で紹介する作品!?  と戸惑われた方もいると思う。だってストーリーをメチャクチャかいつまむと、新兵器と呼べるほど成長したAIを従わせる“鍵”の争奪戦、その1点に尽きてしまうほどシンプルな作りだからだ。こんな娯楽エンターテインメントから一体何を「学べる」というのだろうか。
よくできた映画ほど、その時代の考えさせられるべきコトが背景に反映されるものだ。『ミッション〜』で扱われるのがAI。今やスマホのアプリにもなり、身近になっているAIだが、本作ではそのAIが反旗を翻し、世界を恐怖に陥れるという展開が待ち受けている。

常に先を読み、登場人物たちの行動を予測して恐るべき罠を立てていくAI。もちろんこれまでもコンピューターが反乱を起こすという展開は、『2001年宇宙の旅』や『ターミネーター』など様々な映画で描かれてきたことだ。しかし今はその頃とは自分たちを取り巻く状況はかなり違う。スマホはもちろんだが、至るところに設置された監視カメラ、コンピューターが搭載されている車など、デジタルを支配できるAIなら、どこにでも潜んで相手を見守ることができるし、相手を騙すことも可能なのだ。

人間らしい戦いを魅せるイーサン

(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

例えば『ミッション・インポッシブル』シリーズには、熟練のコンピューター・ハッカーであるアフリカン・アメリカンのルーサー(ヴィング・レイムス)と、ITとガジェット担当のベンジー(サイモン・ペッグ)という登場人物がいる。2人はパソコンを使って様々なコンピューター・システムを掌握。トム・クルーズ演じるイーサン・ハントの諜報活動、例えばCIAへの潜入やバチカンへの潜入などの手助けをしてきた。それと同じことをAIはもっといとも簡単に成し遂げてしまう。

その象徴的なシーンが、イーサンがベンジーの言葉を聞きながら、知らない街を疾走する場面だ。ベンジーは初登場したシリーズ3作目から、よくこんなふうにパソコンに表示されたマップを見ながら「次の角を右に曲がれ」とか「左に行け」と、イーサンの位置情報を確認しつつ指示を出すという役目を担ってきた。『〜デッドレコニングPART ONE』でも同様にベンジーが、イーサンにナビをするのだが、ベンジーの声を学習したAIがなんとすり代わってナビをし、イーサンの目的地到着を遅らせるということをしでかす。それがどんな結果をもたらすかは観てのお楽しみだが、とにかくこのようにしてAIによってイーサンたちは危機に追い込まれていくのである。

かくしてイーサンたちは、「電脳を使わないアナログの戦い=体を使った戦い」に転じざるを得なくなる。この展開が最高に面白い。予告編にも登場した黄色のフィアットに乗ってカーチェイスをくり広げるのも、AIの力が及ばない車であるからだし(ちなみにフィアットのカーチェイス場面は『ルパン三世 カリオストロの城』を彷彿とさせる。実は『ミッション〜』シリーズは他にも『〜カリオストロの城』を想わせる場面があり、多大な影響を受けている様子。それについてはまた別の機会があればお話したい)、さんざん話題となったイーサンが崖からバイクと共にジャンプする場面も、そういった電脳世界と繋がらずに敵を追っていった結果。つまりなんでも情けナシに振り切り、目的のためには無関係な一般人を殺すことも厭わないAIと違い、イーサンは時に自分を追い回すCIAを気遣ったり、敵にまで情けをかけてとどめを刺さなかったりしつつ、実に“人間らしく”汗水、時には涙をこらえつつ、任務のために奔走するのだ。

人ならではの情が失われた世界がどれだけおそろしいか。行き過ぎた技術革新は必ずや人間にしっぺ返しを食らわすが(良い例が原発事故)、その恐ろしさをこの映画から十分に「学ぶ」ことができるのだ。さらにはAIを制する鍵を手に入れれば世界を征することができると、世界各国が血まなこになって探しているらしい背景も垣間見えるが、そういう世界観も現代のキナ臭い世界情勢を見事に反映させているといえる。

トムは映画の原点に立ち返ろうとしている

(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

と書けばおわかりになると思うが、“人間らしい”戦いを見せるために、イーサン役のトムはバイクと共に断崖絶壁から飛んだり、走行中の列車の上を走ったり、文字通り体当たりのアクションを自ら行っていったのである。すべては面白い映画を作るため。というかそれはトムが映画らしい映画を作りたいという思いがスパークした結果に他ならない。

そもそも映画は動くものを見せることで魅力を築いてきた媒体だ。初めて上映された映画は駅に汽車が入ってくるところを映したモノだが、それを観た当時の観客は汽車が本当に入ってくるような錯覚をして大騒ぎした。
映画創世記にはバスター・キートンが、走る機関車の先頭に乗ったり、思わず手に汗握るようなアクションを自ら行い、観客の心を鷲掴みにした。そういった体を張った撮影は、後にジャッキー・チェンが引き継ぎ、今はトム・クルーズが担い手となっている。つまりトムは映画の根本の魅力に立ち返り、役者自身が肉体を酷使することで魅せられる迫力やスリル感をフィルムに焼き付けようとしているのだ。

映画存続の危機に瀕したハリウッド

(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

実は今、映画の都ハリウッドでは大変なことが起きている。2000年の初頭に比べると、製作される映画は現在半減し、映画館に来る観客数もちょうど半分くらいになっているのだ。大きな原因はコロナ。日本では比較的映画館が早くオープンしたし、コロナ中に『鬼滅の刃』や『THE FIRST SLAM DUNK』などの邦画がヒットしたので、一般的にそんな危機は感じられてないと思う。が、全米では半年以上に渡って映画館が閉鎖になった上、その間に配信での鑑賞が定着。映画館に人が戻らなくなっている。しかしビッグスクリーンで観ることにこだわっているトムは、そんな状況に「否!」を唱えたのだ。それはトムがプロデューサーをも兼ねて作りあげた『トッブガン マーヴェリック』で見せた態度にある。
コロナで映画館が閉鎖している時にすでに完成していた『〜マーヴェリック』を、配給会社は配信で公開するべきと迫ったのだ。しかしトムは頑として考えを変えず、2022年にようやく公開。その結果、世界で大ヒットとなったのだ。しかもこれはただのトムだけの成功にとどまらない。下手したら変わってしまったかもしれない全米の映画配給システムの温存、さらには閉館しかかっていた米映画館を救うことにもなったと言われている。

それだけではない。映画の製作が少なくなり、失業する映画スタッフが増えたコロナ禍の真っ只中の2020年9月に、トムはやはりプロデュースも兼ねていた『〜デッドレコニングPART ONE』の撮影をスタートさせたのだ。しかも例のバイクジャンプ場面から。なぜここからスタートさせたかといえば、万が一トムが大怪我などをして製作が中止になった時でもフィルムを損させないようにするためだという。そう、つまりトムはアメリカ映画の原典を掘り起こし自らアクションして魅せることで、すっかりおよび腰になっていたハリウッド映画界に活を入れることに成功したのだ。この功績は本当に素晴らしいと思う。そういうトムの姿勢からもいろいろ“学ぶ”ことは多いのではないだろうか。
そして折しもハリウッドでは俳優組合や脚本家組合のメンバーがストライキを起こしているが、それはAIが脚本を書いたり、映像を作りあげている現実に対し、仕事がなくならないよう保護を求めてのものだ。それだけAIを誰もが脅威に感じている証拠だろう。ただそれは決して映画に携わる者だけの脅威ではないはずだ。想像してほしい、ウェイトレスではなくロボットが配膳をするレストラン、清掃するロボットにあふれたオフィスビル、自動運転のタクシーに、無人のスーパーやコンビニがあふれた街。はたしてそうなった時、管理するしか能がない人間たちに本当の意味で幸せは舞い込むのだろうか。自分たちが生み出した物が自分たちの生活を苦しめることになるのではないのか。

是非『〜デッドレコニングPART ONE』を観て、いろいろと考えていただきたい。

Movie Data

監督・脚本・製作:クリストファー・マッカリー 
脚本:エリック・ジェンドレセン
製作・出演:トム・クルーズ
出演:ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、バネッサ・カービー、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティエフほか
配給:東和ピクチャーズ
絶賛公開中
(C)2023 PARAMOUNT PTCTURES.

Story

高度なAI技術を搭載したロシアの潜水艦が沈没した。そこが全ての出発点となった。IMFのイーサンはこのAIを制することができる鍵の確保という任務を依頼される。だがその任務についた矢先、イーサンの前に“ある男”が出現。彼はIMF所属前のイーサンの“逃れられない過去”を知る人物だった。その過去とは!?  イーサンは任務を成就できるのか!?

関連情報

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

pagetop