2023.06.30
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『怪物』 カンヌ国際映画祭で脚本賞受賞の話題作!!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『怪物』をご紹介します。

3つの視点で語られていくユニークな構成の物語

(C)2023「怪物」製作委員会

先に断っておくが、『怪物』をネタバレなしに紹介するのは至難の業だ。それでもこの作品は全ての人に観ていただきたい作品であり、是が非でも紹介したいと思ったので、言葉足らずになる部分もあるだろうが、トライしてみたい。

核となる舞台は郊外のとある町にある小学校だ。この映画はその小学校で起きたある出来事を、3つの視点から観ていく形となっている。

一つ目の視点は、11歳の息子・湊(黒川想矢)を育てるシングルマザー・麦野早織(安藤サクラ)の視点。夫を事故で亡くして以来、必死に湊を育てている彼女は、息子がいつか結婚して家庭を持つまでは、なんとか頑張っていこう…と心に決めている。だが最近の湊は、突然「豚の脳を移植した人間は人間? 豚?」と質問をしてきたり、スニーカーを片方失くして帰ってきたり、水筒から泥水が出てきたりしていた。そんな湊のことが早織は何か気がかりでならない。
さらにある日は夜になっても全然帰って来ず、車で探しに行くと廃線路の暗いトンネルの中で「かいぶつ、だーれだ」と叫びながら誰かを待つようにスマホの灯をかざし、呼びかけていた。

(C)2023「怪物」製作委員会

その帰り道、突然、湊は走行中の自動車から飛び降りてしまう。怪我はたいしたことはなかったが、心配する早織に湊は担任である保利先生(永山瑛太)から「湊の脳は豚の脳と入れ替えられた」と言われたと告げて、突然涙ぐみ始める…。しかも後に湊は、保利先生から殴られたという話もする。そういえば保利先生は火災で消失したガールズ・バーに通っていたという噂が囁かれていた。

最近のおかしな言動は学校に原因がある…と感じた早織は、学校へ行き、伏見校長(田中裕子)と面会、息子が担任からモラハラを受けていると訴える。だが伏見校長の気はそぞろ。
さらに翌日、早織は学校に呼ばれ、伏見校長や問題の保利先生、正田教頭、学年主任の品川先生らとの面談に望むが、彼らは形式的な謝罪をくり返すだけ。問題の保利先生はあからさまに嫌々ながら謝罪をしているという感じで「誤解を生むことになって残念だ」とも。さらに早織が誤解ではなく事実だと詰め寄るが、伏見校長は報告書を読むことを繰り返すだけ。
こんな謝罪を望んでいたわけではない…と感じた早織は、再び別日に学校に行く。そこで保利先生から予想外の言葉を告げられる。それは湊がイジメをしているという話だった。

はたして『怪物』の正体とは!

(C)2023「怪物」製作委員会

こういった内容が早織の視点で語られるのだが、次の第2の視点、保利先生から観ていくとこの事実がガラリと変わっていく。その変化は是非とも映画を観て体感していただきたい。とにかく果たして保利先生が悪いのだろうか? という気持ちにもなっていくのは確かだ。

さらに第3の視点、無邪気な子どもたちの視点で世界を観ると、第2の視点で見えたものすらひっくり返ってしまうのだ。そしてタイトルの『怪物』の意味が大きく観客側の心にのしかかってくるのである。その語り口がすごいのだ。なるほど、カンヌ国際映画祭で脚本賞を獲得したのもうなずける。

この映画を観て感じたことのひとつは、人間はひょっとしたら知らないうちに、誰かを傷つけたりしているのかもしれないということ。そんな気はなくても、ちょっとした言葉の端々で、人は思いがけないくらいのダメージを受ける。それくらいセンシティブな存在なのだ、人間は。

センシティブだからこそ、人間は自分を守ろうとする。そのために嘘をつくこともある。
だがそれを果たして責めることができるのだろうか。そんないろんなことを考えさせてくれる。

あえて説明しすぎない映画。想像力を働かせて観よう

もちろん、学びの場の読者ならば、学校の描かれ方も気になるところだろう。そういう意味では学校を守るとはどういうことなのか、学校はどうあるべきなのか…といったことも考えさせられてしまう。

この映画は今ドキの映画とは違い、本当に説明をしない。だからこそ解釈は自由だ。あまりにも解説がないので、ストーリーだけを追いかけて観ている人には、この映画の本質を見抜けないかもしれない…とも思う。
学生時代に行間を読めと言われたが、そういう感覚が大切な映画だ。だからこそ、解釈はいかようにも成り立つ。
特にラストシーンは様々な解釈ができるが、解釈の仕方でその人の本質も見えてくる。暗い方向に考えた人、明るい方向に考えた人。その解釈で人柄を暴いてしまう本作は、ある種、リトマス試験紙のような映画だ。
是非、映画を観て学校で家族で友人同士で話し合ってほしい。それが「人間」としての『学び』になると思うから。

Movie Data

監督:是枝裕和 脚本:坂元裕二 音楽:坂本龍一 出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子ほか
配給: 東宝、ギャガ
(C)2023「怪物」製作委員会
公開中

Story

大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの小学校教師、そして無邪気な子供たちは、それぞれの平穏な日常を送っていた。そんなある日、学校で同級生同士のケンカが起きる。それはよくある子供同士のちょっとした諍いに見えた。しかし当人たちの主張は食い違い、やがてそれは社会やメディアを巻き込む大きな出来事になり…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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