2023.06.09
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『アダマン号に乗って』 ベルリン国際映画祭で最高賞を獲得した話題作!

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『アダマン号に乗って』のニコラ・フィリベール監督にインタビューしました。

(C) TS Productions, France 3 Cinema, Longride – 2022

監督は「ぼくの好きな先生」のニコラ・フィリベール

ニコラ・フィリベール監督

『アダマン号に乗って』は、ベルリン国際映画祭で金熊賞(最高賞)を受賞した最高のドキュメンタリーだ。冒頭、いきなり全力でフレンチロックを歌う男性フランソワの凄まじい熱気に圧倒される本作は、フランスはパリの中心を流れるセーヌ川に浮かぶ木造建築の船『アダマン号』というデイケアセンターに関わる人々を追ったもの。そう、冒頭のフランソワも含め、何かしらの精神疾患のある人々を迎え入れ、創造的な活動を通じて社会と再び繋がりを持てるようサボートをしているのが『アダマン号』なのだ。

監督したのはニコラ・フィリベール。世界的に大ヒットした02年の「ぼくの好きな先生」(生徒数が少なく、年齢の違う13人の生徒の面倒をみている定年間近の教師と生徒たちの姿を綴るドキュメンタリー)などを手掛けた人。多様性が叫ばれるずっと以前から、社会的マイノリティーとされる存在や価値が共存することを、淡々と優しい眼差しで捉え続けてきた。そんなニコラ監督は、なぜこのアダマン号に目をつけたのだろうか。

「そもそもアダマン号のことを知ったのは、今回一緒に来日した臨床心理士で精神分析医であるリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールからだったんだ。実は彼女は『アダマン号』の共同創設者のひとり。昔からリンダとは知り合いだったので、何かのはずみでアダマン号の話が出てきて興味を持ったんだ。実際、アダマン号に行ってみて、独創的な建物の美しさといい、立地条件といい、ここは“奇跡の場所”だと感じたんだ。まずこういったデイケアセンターの多くはパリの郊外にある。こんなパリの中心にはないんだよ。しかも多くの場合、何の独創性もないつまらない建物の中に作られている。多くは閉鎖的でもある。それに引き換え、アダマン号は木造で温かみがあり、とてもオープンだ。それはケアされる乗客たち(利用者を乗客と呼称)にとっても魅力的に映るんじゃないかな。しかもひとりでいたいと思えばそれが可能な空間もある。それぞれが自分の好きなように、自由でいられるというのは、癒しの効果があると思う。精神疾患を抱える人達にワークショップなどで人道的な精神治療を促す場所は増えてきているけれど、ここまでの素晴らしい場所はないと思うんだ」

同じアダマン号に乗っている気分が巻き起こる

(C) TS Productions, France 3 Cinema, Longride – 2022

そんな奇跡の船上で、監督は7か月もかけて撮影を行うことになった。

「コロナ禍ということもあって、撮影には思った以上に時間がかかった。でも結果的には時間をかけて撮影できたのは良かったと思う。乗客の皆さんが嫌だという時は撮らなかったし、時間をかけて信頼関係を築きながら、撮影することができたからね」

実はニコラ監督は、この映画を作る際に決めていたことがある。それは精神疾患を患う人達や精神科医療について説明的な作品は作らないということだった。

「とにかく撮りたい人物、事柄に近づくということしかしなかったんだ。乗客の皆さんと出会って話したりする様を撮影して、そのまま観客の皆さんにも観てもらう。それで何を感じるかは、観客の皆さん次第だということなんだ。僕自身は映画を撮影しながら、上から目線でこういうことを知ってもらいたい…なんて気持ちになったことは一度もない。自分が映画を撮ることで他者の何かについて学ぶという気持ちでやっている。自分も撮影をしながら学んでいるんだ」

大切なのは相手とちゃんと話すこと!

(C) TS Productions, France 3 Cinema, Longride – 2022

実際に映画を観ていて感じたのは対話の大切さ。引いてはコミュニケーションの大切さだ。精神疾患があるゆえに他者とのコミュニケーションがうまくいかなくなっている彼らが、アダマン号で過ごすうちにそれぞれのコミュニケーション能力を培っていく様には、いろいろ考えさせられた。来日したリンダ先生もこう続けた。

「ケアする側もケアされる側によって、逆に自分がケアされることがあるんです。『学びの場』をご覧になっている皆さんの中には、教師など教育関係者も多いと聞きましたが、例えば教師も生徒に教えられることに抵抗しなければ、学べることはたくさんあると思います」

まるでアダマン号に乗って乗客たちの話を聞いているかのような気持ちになるこの作品。別に大きな転換もなく、ただ淡々と彼らの日常が描写されていくが、いつの間にか人間ってのは誰もがどこかに魅力があり、輝いていることを感じさせてくれるのが素晴らしい。

ちなみに最後に監督に、映像作家、映画監督になりたい人たちへのメッセージを伺ってみた。

「映像の世界で働くということに別段レシピはないんだ。僕自身でいえば僕は映画学校は出ていないし、監督になるために映画学校を出ることは全然義務とは感じていない。ひとりで試行錯誤をするのもいいし、同じ思考を持つ仲間と映画を作るのもいい。プロの現場に入ってみていろいろ体験をするのも良いことだ。大切なのはトライして試行錯誤してをくり返すこと。そこから全て始まるのだと思う。大事なのは自分とかけ離れたものを撮るのではなく、自画像のように自分に近いものを作るのが大切。他の人と違い、自分はこういう人間だから、こういうものを創ると考えることが大切なんだ。もし師匠のような存在がいたとしても自分の個性を出すことがとっても大事。僕らが映画を見た時に記憶に残るのは、ちょっと動揺させられたとか不快感が残ったとか怒りを感じたとか、そういう作品の個性が際立っているものに心を動かされられるもの。だからそういう部分を大切にしたらいいんじゃないかな」

そう言ってニッコリと笑った監督。そんな言葉を通して、監督自身も様々な挑戦をしつつ、この映画を撮り上げたことが非常に伝わってきた。

Movie Data

『アダマン号に乗って』
監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール
配給:ロングライド
絶賛公開中

Story

パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船「アダマン号」は、精神疾患のある人々を迎え入れ、文化活動を通じて彼らの支えとなる時間と空間を提供。社会と再びつながりを持てるようサポートしているデイケアセンターだ。そこでは自主性が重んじられ、絵画や音楽、詩などを通じて自らを表現することで患者たちは癒しを見いだしていた…。

フィリベール監督撮影/文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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