2023.05.13
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『銀河鉄道の父』 宮沢賢治の父が見せた子どもの育て方

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『銀河鉄道の父』をご紹介します。

(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

ダメ息子として描かれる宮沢賢治像

(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

宮沢賢治。詩人であり童話作家。『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』など、今もなおたくさんの人を魅了する物語を生んだ。そんな宮沢賢治にあなたはどんなイメージを抱いているだろうか⁉ 少なくともこの映画に出てくる宮沢賢治は、私にとっては意外に感じた。なぜなら正直、かなりのダメ息子であるからだ。

質屋を営む家に生まれた賢治は、そもそもは質屋を継ぐはずの長男という立場にあった。しかし店番に出れば、口のうまい客に生活の苦しさを訴えられて情けから多額の金を支払ってしまう。しかもその話が真っ赤な嘘でダマされても「生活が苦しくないなら良かったなあ」と逆にひと安心してしまう呑気さ。質屋の才覚はもともと乏しかったと言えるかもしれない。

その上、祖父からは学業なんぞいらないと言われているのに、中学校に行きたがり、中学校を出たら出たで今度は質屋とは何の関係もない農業高校への進学を希望。そこで農業についてかなりくわしくなって地元の農家の皆さんにどうしたら土を良くできるかなど、相談事に乗るようにもなるのだが、その一方で人造宝石の製造販売に情熱を燃やしたりする。かと思えば急に自己否定派になり、今でいう引きこもりのようになり、そこから逃れたかったからなのかはわからないが、突然日蓮宗に入れ込んで(ちなみに家は浄土真宗)、日蓮の教えとともに生きたいと言い、家族を困られたりもする。

まあハッキリ言えば、富裕な環境で育った道楽息子のわがまま、あるいは時にバカ息子にも見えてしまうような有り様。とても今の神格化されているといっても過言ではない賢治像からは、想像もつかないような人間として描かれているのだ。それがなんとも面白くもあるのだが。

父・政次郎の全力を尽くす愛情に思わず感動

(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

だが父の政次郎はそんな息子・賢治を、無論時には呆れ返ることもあるのだが、決して彼自身を否定することなく見守り続ける。全力を尽くして賢治のやりたいことをバックアップしていく。

そう、この映画は宮沢賢治が生まれてから亡くなるまでの物語ではあるのだが、あくまでも中心は宮沢家、主に政次郎の視点から描かれた作品となっている。つまりこれは「宮沢賢治というある種の天才を育てる法」の話でもあり、親バカ一代記でもあるのだ。

だから賢治がどうしてこんなに情熱をあちこちに向けたのか、その理由も含め、賢治の苦しさや目的などはそこまでキッチリとは描かれない。その人物描写の緩さがかえってこちらの想像力を掻き立てる。さらに賢治のダメさを煽り立てる。

だからこそ、そんな賢治を追い詰めずに、でも時にはケンカしたりもしつつ、賢治をしっかりと“見守る”政次郎の底知れぬ愛情には頭が下がってしまうのだ。

自分のためではなく『人』のために生きる…ということ

(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

この映画を見ていると感じるのは、そういった「人のために時には自分を殺してでも尽くす」という、今はなかなか見られなくなってしまった精神の美しさであり大切さだ。

政次郎は賢治が生まれてまもない頃、この子が死んだら僕も死ぬと堂々と発言してしまうような親であった。事実、賢治が大病を患った時は誰よりも看病し、その結果、自分が腸カタルになったりもした。

当時の家庭では父権をふりかざすような家が多かったはず。それを全くせずに子どもの言葉にちゃんと耳を傾けて、その上で自分の意見を言い、時には子どもとも必要ならばちゃんと対立していく。自分でも革新的な父親発言をしている政次郎だが、こういった子どもを私物化せずに愛情を注ぐって、実は意外とできるようでできていない親は多いと思う。
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『銀河鉄道の父』を見ると、良くも悪くも子どもの頃からの親との関係性が、大きな影響を後に与えることがわかる。だからこそ政次郎が見せる「人のために時には自分を殺してでも尽くす」の大切さが浮き立ってくる。事実、賢治はその精神を父から学んだからこそ、人のために物語を書こう思ったわけだし(実際は結核にかかった妹を元気づけるために童話をたくさん書き上げた)、後年どんなに身体が辛くても農業の相談事に応じたりしたのだ。

現代では他人を気づかうより、自分がやりたいように生きる…を選択する人が多い。もちろん自分の生きたいように生きることも大切。だが他人への思いやりを持っていきることは、様々な幸福、平和を互いの心の内にもたらすことになる。そして子どもは親が見せてくれる生き様を感じて、それを自分の内にも投影していくもの。だからこそ子どもとはしっかりと対峙していくことが必要なのだ。そんなことを声高ではなくしっかりと魅せる本作。親となった人はもちろんだが、これから親となるであろう人にも観てもらいたい快作だ。

Movie Data

監督:成島出
原作:門井慶喜
脚本:坂口理子
出演:役所広司、菅田将暉、森七菜ほか
配給:キノフィルムズ
https://ginga-movie.com/
全国にて絶賛公開中
(C)2022「銀河鉄道の父」製作委員会

Story

質屋を営む裕福な政次郎の長男として生まれた賢治。だが家業を「弱い者いじめ」だと頑として拒否。農業や人造宝石の製造販売に夢中になり、政次郎ら家族を振り回していく。さらに宗教に身を捧げると決意し、東京に家出までしてしまう。だがそんな中で、賢治の一番の理解者の妹のトシが、当時は不治の病であった結核に倒れ、賢治は元気づけるために筆を持つことに。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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