2022.10.13
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『スーパー30 アーナンド先生の教室』 人生を教育に注いだ男の実話を映画化

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『スーパー30 アーナンド先生の教室』をご紹介します。

スーパー30がもたらした奇跡を描く

最初に断っておく。
インド映画に歌と踊りはつきものだ。
だから「スーパー30 アーナンド先生の教室」でも、しっかり歌と踊りはあるし、時にその演出はユーモラスにも映る。

だがここで描かれていることは、すべて実在するアーナンド・クマールが体験した実話がベースとなっているし、嘘のような本当の物語なのだ。

おそらくこの「学びの場」を御覧になっている教職者なら、一度はアーナンド・クマールの名を聞いたことがあるのではないかと思う。彼の名を有名にしたのは、彼が作り上げた私塾・スーパー30だ。スーパー30とは、インドの貧しい家庭から優秀な頭脳を持つ30人を選抜。無償で教育を与えるだけでなく、食事も住むところも提供していく…というものだ。

このプログラムは、開始した年から、世界3大難関試験のひとつと言われるインド最高峰の理系大学・インド工科大学へ合格者をもたらした。しかも2008年からは3年にわたって30人全員をインド工科大学に入学させるという快挙を成し遂げた。この映画はそんな私塾をアーナンドはなぜ私財を投げうって創ろうと思ったのか、実際にどんな勉学を行ったのか、そしてそんなアーナンドにどんな試練が待ち構えていたかをつぶさに描いていく。

貧困に負けずに勉学を続けたアーナンド

そもそもアーナンドは、天才的な数学の才能を持って誕生した。しかし彼の家はとてつもなく貧乏。欲しい本も買えないから、図書館で読むのが精一杯。図書館の司書に煙たがられているような存在だ。

アーナンドの父はカースト制度の強かった頃と違い、自由になりつつある国を見て「王になるのは王の子どもじゃない。王になるのは能力のある者だ」と頑張る息子を励ます。父の応援も受け、未来に希望を燃やしつつ、勉強を続けていくアーナンドは、やがて高校ではトップの成績をおさめるように。

そんな中でアーナンドは、数学の難問を解く方法を導き出し、論文を英国のケンブリッジ大学に送る。するとケンブリッジ大学は彼の優秀さを認め、留学のチャンスを振ってきた。
未来はバラ色に思えた。

だが現実は、そううまくはいかない。

まず留学には大変な費用がかかる。しかしインドにはそういった教育支援の助成金のようなものはない。学生たちの前では「いつでも自分を頼りなさい」と大口をたたいた文部大臣も、いざ金銭問題となったら急に尻すぼみになり、訪ねてきたアーナンド親子の話もロクに聞かずに追い返す始末。

それでも優れた才能を持つ息子のため、アーナンドの父は勤め先の郵便局の年金の前借りなど、あらゆる手段をとって息子をなんとか英国に出発させようとする。ところがそんなある日、無理がたたったのか、父親は心臓発作を起こして他界してしまうのだ。

かくしてアーナンドは留学の道を諦め、いやそれどころか人生や未来すら諦めてしまう。そしてパーパルと言われるカリッとしたフラットブレッドを売り歩くような生活を送るようになり、勉強の意欲をも失ってしまう。

人生において大切なことは自分を賭けられる何か

そんな時に、アーナンドが優秀で高校で賞を取ったことを知るラッランとアーナンドは出会う。インド工科大学進学のための予備校を経営しているラッランは、そこでアーナンドに教師にならないかと声をかけ、アーナンドは承諾。もともと教え方がうまかったこともあってか、アーナンドはラッランの予備校の人気ナンバーワンの講師となり、予備校側の宣伝もあいまって『進学の神様』的な存在になっていく。

おかげで彼自身も今までにないような多額のお金をもらうようになり、貧困のために苦しんだ人生を取り戻すかのように、金を使い出す。少しいい気になったりもする。正直、彼がクラブに通ったり、遊び歩いたりしているような描写は、決して気持ち良いものではない。しかもだんだん金がある人間が教育を受けられるのが当たり前…という風潮にものってしまうような人間になっていく。

性根が腐りかけていたアーナンドだが、そんな彼を真っ当に戻したのは、貧しさゆえに路上で勉強していたひとりの若者との出会いだった。彼の姿を見ているうちに、アーナンドはどんなに煙たがられようと図書館に通って本を読み続けた日々や、貧しいながらも勉学に全力を注いでいたことを思い出す。

そうなのだ。お金がどんなにあっても、それだけで幸せになるものではない。人生は本気で自分が賭けられるものがあってナンボ。そこでアーナンドがやったことは、教育を金儲けの道具としか考えていないラッランの塾をやめて、自分の私財を投げ打って、才能がありつつも貧しくて勉強ができない子どもたちを30人集め、無償で家と食事と教育を与える私塾・スーパー30を開設することだった。

アーナンドが行った実際の教育方法は!?

かくして、スーパー30を始めたアーナンドは今までにない方法で勉強を教えていく。その授業がとてつもなく面白い。

まず驚かされたのは、ただ単純に教えるだけではなく、自分で疑問を持てということを伝える。例えば日常で。「なぜ雷は鳴るのだろうか?」とか「扇風機はどうやって回るのか?」など、いろんなことに疑問を持ち、問題を自分で作れと命じるのだ。こうすることでより知る楽しさを味わえるし、探求する精神にも磨きがかかる。その結果、向学心をあげた生徒たちはもっといろんなことを知りたいという思いに駆られていく。

他にも面白かったのは、英語コンプレックスへの挑戦。インドというと英語は喋れるようなイメージがあったのだが、実は英語は苦手という人は結構多いようだ。かくしてアーナンドが提案するのは英語劇の開催。しかも往来のある場所で…だ。最初は話すことに躊躇していた生徒たちだが、いつしかその経験が苦手意識を克服させていく。

その後、資金が底をつき、ご飯を食べるのもしんどいような状況にもなる。ラッランからも資金を援助してやるから、自分の予備校に戻ってこいと美味しい誘いを受けたりもする。
それでも授業に対する熱量はすさまじく、例えば生徒全員に資料を配るのが難しいならば、映像にしてそれを投射して授業を行うなど、その創意工夫も素晴らしい。かくして様々な問題を切り抜けて、彼は私塾を続けていく。

こうしてともに生活をしつつ、それこそ朝から晩まで「学ぶ」ことを徹底してやっていくので、子どもたちの学力はメキメキと伸び、インド工科大学の合格どころか、後に世界に貢献するような人物をも生み出すことになっているのだ。

教育は貧富に関係なく公平に行われるべき

この映画を見て感じることは、そういった学ぶ姿勢作りをいかに導いてあげるかが大切か…ということ。学びたいという意欲を摘まなければ、子どもたちはどこまでだって伸びるものなのかもしれない。もちろん人間だから苦手だと感じることもある。それは放っておけば学習意欲を削ぐことになるが、アーナンド先生が行った英語劇のように、遊びの要素を混ぜた教え方をすれば、ずいぶんと状況は変わってくるのである。教える側の心がけひとつで、子どもたちの柔軟さは引き出されていくものなのだ。ちなみに実際のアーナンド先生は、毎日18時間近く数学を教えているという。
とんでもない熱量。なかなかできることではないが、プロの教師としてどうあるべきかを本当に考えさせられる作品だ。

また本作は教育に格差があるべきではない…ということを説く作品でもある。正直、インドもこんなに予備校や塾が大流行しているようなことになっているとは思ってもみなかった。そしてそれがビジネスチャンスにも結びついており、お金があるものにしか教育が施されないという嫌なルーティンを生み出す結果ともなっていた。そのルーティンに穴を開けたのもアーナンド。だが無償で教えることは、様々な予備校の経営を不振にさせることにも繋がり、アーナンドは映画にも描かれているように命を狙われることにもなる。それでも教育の火を消さなかったアーナンド。こんな風に命を賭してまで、人生を全て賭けて「学ぶ」ことを追求してきたアーナンド。彼の人生からは学ぶことが多すぎる。

Movie Data

監督:ヴィカース・バハル 出演:リティク・ローシャン、ムルナール・タークル、アーディティヤ・シュリーワースタウ、パンカジ・トリパーティー
配給:SPACEBOX
9月23日(金)より、全国順次公開中
(C)Reliance Entertainment (C)HRX Films (C)Nadiadwala (C)Grandson Entertainment (C)Phantom Films.

Story

貧しい家庭に生まれたアーナンドは、数学の才能に秀でていた。その才能でイギリス留学のチャンスをつかむが、渡英資金に行き詰まり、さらに愛する父も亡くなり、留学を断念する。やがて予備校で教師として働くようになり、大人気を得ることに。しかし教育をビジネスとする予備校に見切りをつけ、彼は私財を投げ打ち、自分の私塾を創立することに。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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