2022.07.13
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『ベイビー・ブローカー』 是枝裕和監督が家族の問題について世間に問う

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『ベイビー・ブローカー』と『ミニオンズ・フィーバー』の二本をご紹介します。

赤ん坊の非正規養子縁組を行う男たち

『ベイビー・ブローカー』とは、なかなか刺激的なタイトルだ。きくだけで赤ちゃんを売るきなくさい人身売買的な展開を想像する。

実際、この映画はそういう話だ。親が育てることのできない赤ちゃんを匿名で託すための施設、いわゆる【赤ちゃんポスト】に入れられた赤ん坊をこっそりと連れ去って金を出してくれる人間に売る、ベイビー・ブローカーたちの物語。クリーニング屋を営みながら借金に追われているサンヒョン(ソン・ガンホ)と、赤ちゃんポストが設置されている釜山家族教会で働いている児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)の裏稼業を追ったストーリー。だがブローカーである彼らからは、きなくさい人身売買的香りは一切といっても過言じゃないほどしない。非正規な養子縁組をしてマージンを頂くという行為はしているものの、むしろ捨てられた赤ん坊、今回でいうならばウソンという男の赤ちゃんの将来を案じているオッサン2人の悪戦奮闘記という感じなのである。

この2人にウソンを捨てた実際の母である若い女性ソヨン(イ・ジウン)が絡んで、赤ん坊を売るための旅がスタート。さらにその旅に、ドンスと同じ児童養護施設で現在育っており、勝手に車に乗り込んできた少年ヘジン(イム・スンス)が巻き込まれていく。またサンヒョンとドンスを以前から狙っていた刑事スジン(ペ・ドゥナ)、刑事イ(イ・ジュヨン)の尾行も続いていく。そんな彼らの釜山からソウルまでの旅が描かれている。

血縁がない者たちが見せる家族感

そして旅を通して見えてくるのは、家族ってなんだろうという疑問だ。捨てられたウソンと母のソヨン以外、旅を共にするサンヒョン、ドンス、ヘジンは血の繋がりは全くない。ドンスはやはり捨てられて親の顔を全く見ずに育っているし、ヘジンだってそうだ。だからドンスは理由はどうであれ、ウソンを手放したソヨンに対し、最初は激しい怒りを覚えている。彼女を通して自分の母親に怒りを放っているようにも見える。

だが旅をする彼らの絆は進むに連れて、本当の家族のようにしっかりと結ばれていく。

その一端はこんなシーンにも現れる。初めてウソンを売る相手夫婦を見つけて出会った時、その夫婦はウソンの容姿を見て「眉が薄い」だの「写真ほど可愛くない」だの文句をたれる。そのあげくにマージン代を値切った上、分割で支払うとも言い出す。それを見ていたソヨンがなんとブチ切れてしまうのだ。「お前らなんかに渡してたまるか!」と言い、クソ夫婦など罵詈雑言を浴びせかけるソヨン。その時にウソンを抱いていたサンヒョンは、「汚い言葉は聴いちゃダメ」と言わんばかりにウソンの耳をそっと塞いであげる。このちょっとした思いやり! それがこの映画ではアチコチにあふれている。

例えばサンヒョンが破けていた部分をそっと縫ってあげる場面や、ウソンのミルク当番を決めるシーン。また自分に対して怒りをぶつけるドンスに憤りを感じるソヨンに対して、サンヒョンが彼も捨てられたこと、その時にウソンについていたように手紙が託されていたことを伝え、彼女の心に平穏をもたらすシーン…。

そういった相手を思いやるちょっとした言動が、静かに心の中に降り積もっていく。

実は家族とは、こういうちょっとした思いやりが互いにできることなのではないだろうか。この映画を見ているとそんな気がしてしまうのだ。

さり気ない言葉を私達は両親からいろいろ受けて育ってきたはずだ。脱ぎ捨てられた服がいつの間にかハンガーにかけられていたり。寝ながら蹴っ飛ばした布団が朝になると優しくかかっていたり。日常茶飯事すぎて忘れがちだけれど、そういった思いやり、相手のためにしてあげることを苦に感じない優しさが「家族」の姿を作っていくのではないか。愛しいからこそ怒る時もあるし、愛しいからこそ執拗になってしまう時もある。そういうことも含め、家族の根本は『愛』と『情』で支えられているのだと思う。

この映画も声高ではない『愛』と『情』であふれており、それは大々的には説明されないから、観客はその感覚を自分の感覚で感じるしかない。だがちゃんと見ていれば、ソヨンが何ゆえに愛しいウソンを捨てればならなかったのか、なぜ実際は赤ちゃんポストには入れずにその前に置き去りにしたのか、そういう様々なことが読み取れるはずなのである。

そういう意味ではこの映画はとても映画らしい映画だともいえる。口で説明するのではなく画で見て感じ取ってもらう映画になっているからだ。なんでも説明してくれる日本のドラマなどに慣れすぎていると、こういう見て感じ取ることがなかなか難しくなる。国語の『行間を読む』感覚が求められる作品なので、ぜひぜひ画を余すところなく見て楽しんでいただきたい。

ベースとなったのは熊本市の慈恵病院が設置した“こうのとりのゆりかご”

さてこの映画のベースが生まれたのは、是枝裕和監督が2013年公開の『そして父になる』を執筆する際に、熊本市の慈恵病院が設置した“こうのとりのゆりかご”に関する資料を読んだことにあるという。

この“こうのとりのゆりかご”はまさしく日本で唯一の赤ちゃんポストだ。自分では育てられないと判断した新生児を、親が匿名で預けられるというもの。実際、設置された2007年5月から2020年度までに157名の子供が預けられたという。

韓国の赤ちゃんポストは現実的には3ヶ所あり、2009年〜2019年までに計1802人の赤ん坊が預けられたという。もちろん様々な事情があって、子供たちを手放さざるを得なくなったのだろうと推察する。

でも自宅に放置されて亡くなった子供やDVを受けた話などのニュースを見ていると、実の親に育てられたから幸せになるわけでもないなと感じてしまう。どうしたらこういうことがなくなるのか。答えは出ないと思うが教室内で考えてみるのはいい機会になるのではないだろうか。

Movie Data

監督・脚本・原案:是枝裕和
出演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ぺ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンほか
配給:GAGA
6月24日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
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Story

「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊をめぐり、子供を欲しがる相手に赤ん坊を売ろうとするブローカー、出産した母親、違法行為を摘発しようとする刑事らの視点で描かれる問題作であり、温かさあふれる人間ドラマだ。捨てられた男の赤ん坊ウソンをなんとか良い両親のもとで育ってほしいと考えるブローカーや母親のそれぞれの思惑が描かれていく。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『ミニオンズ・フィーバー』

70年代を舞台にした11歳の少年グルーの大冒険

子どものグルーとミニオンたちの最初の絆の物語

不思議な黄色い生物・ミニオンたちを従えて、かつて月まで盗んだ泥棒グルー。そんなグルーシリーズの最新作は、グルーがまだ子どもだった頃、11歳の時の物語が綴られている。

多くの子どもはなりたいものを夢想する。少年グルーが抱くのは、悪党になりたいという夢。悪党は正直いただけないけれど、それ以外は本当に純粋に夢を実現させようと頑張る少年の物語となっているのだ。

憧れの悪党集団にグルーが接近!

グルーと、古代から生存して歴史上の悪党たちに仕えてきたミニオンたちとの出会いは、15年に公開された『ミニオンズ』で、1968年に出会ったと記された。今作ではグルーは彼らに「ミニボス」と呼ばれ、少し濃厚な関係になっている。当時は大悪党ワイルド・ナックルズが率いる悪党集団“ヴィシャス・シックス”が世間を席巻しており、スーパー・ヴィランに憧れるグルーの夢も、当然のことながら“ヴィシャス・シックス”に加入することだった。そこで行動力があるグルーは、ヴィシャス・シックスへの加入を試みる。だが子どもだと笑われてしまう。ちょうどその頃、ヴィシャス・シックス内では内乱が発生。手下のベル・ボトムらがナックルズを裏切り、彼がせしめた竜の万能パワーが与えられる石“ゾディアック・ストーン”をせしめていた。その“ゾディアック・ストーン”を笑われた腹いせにグルーは奪ってしまったのだ!

かくしてグルーは追われる身に。そんな中でグルーはナックルズとも出会い、彼と深い絆で結ばれていく。

小学生の子どもたちと夢を得るためにすべきことを考えよう

そう、今回の『ミニオンズ・フィーバー』は、タイトルだけ聞いているとミニオンたちがメインの、また彼らがハチャメチャする楽しいコメディ映画(もちろんその要素はたっぷりある)なのかと思うだろうが、実はメインとなるのは、グルーの成長物語となっている。ミニボスと慕うミニオンたちの関係性の作り方、そして憧れの人から頼り甲斐ある師匠的な存在となるナックルズとの関係性。
ただ無茶苦茶しているだけではなく、グルーがちゃんとひとつひとつのトラブルに対処してそのハードルを越える中で成長していく様が見てとれるのだ。

その一方でミニオンたちは、相変わらずのハチャメチャさ。あいも変わらずその場しのぎで動くから、必要のないトラブルまで抱えることに。対照的なグルーとミニオンたちの冒険を見ていると、ちゃんと考えて行動することの大切さが、反面教師として心に入ってくる。

いかにも夏休みっぽい楽しいエンタメ大作だし、ただただ笑って見てほしいような作品だが、その中にもちょっとしたテーマを声高ではなく入れ込んでくれているあたりが、ピクサーやドリーム・ワークスに追いつけ追い越せと奮闘中のイルミネーション・エンタテインメントらしい。

是非小学生たちに見てもらって、夢を実現するためには何が大切かを考えてほしいものだ。

監督:カイル・バルダ
声の出演:スティーブ・カレル、アラン・アーキン、タラジ・P・ヘンソン、ミシェル・ヨーほか(吹き替え版)笑福亭鶴瓶、市村正親、尾野真千子、渡辺直美ほか
配給:東宝東和
7月15日(金)より、全国ロードショー 

(C)2021 Universal Pictures and Illumination Entertainment. All Rights Reserved.

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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