2021.07.14
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『MINAMATA』 アメリカのフォトグラファーを通して水俣病を語る問題作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『MINAMATA』と『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』の2本をご紹介します。

水俣病とは一体どんな公害病なのか!?

“メチル水銀”に汚染された魚介類を人が食べることで発生した公害病である水俣病。
小さい頃にこの話を聞いた時は「なんだか怖い話」とは思ったが、そこまで真摯には受け止めていなかった。そもそも私が成長するに連れ、水俣病の話をあまり報道として目にすることはなくなっていたのもあって、気にしなくなってしまったというのもあるだろう。
また身近の年下の20〜30代の知り合い数人に、水俣病について知っているか聞いてみたが、「社会で勉強した」という記憶はあるし、水銀が体に溜まる公害病ということは知っているけれど、人にキチッと説明できる自信はない…と言い切る人間も多かった。
風化しているわけではないが、あまり自分の身に落ちていない…というのが実態ではないかと思う。

今回紹介する映画『MINAMATA』は、その状況に一石を投じる作品になるだろう。水俣病にとても肉迫した作品になっているからだ。
まず映画を紹介するより、その公害病について概要を伝えておこう。
そもそも熊本県水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸で発生したこの公害病は、最初は原因の分からない神経疾患として扱われていた。
この病気の初めての患者が報告されたのは、1956年(昭和31年)5月のこと。その年の末には、52人の患者が確認され、1957年以降はこの疾患は水俣病と呼ばれるように。1959年には原因物質がメチル水銀であることが判明し、1968年、正式にメチル水銀が原因と政府が認めた…という経緯がある。

すべてはチッソ水俣工場が海に垂れ流した排水がもとだ。
この中に含まれていたメチル水銀が、海に住む魚や貝などの体内に入り、それを食べることで主に脳や神経が侵され、手足のしびれ、こむら返り、つまずきやすさ、手の震えなどが起きる。非常に少量でも、人体にそういう影響を与えるのだ。特に昭和20年代から40年代の汚染のひどい時期に不知火海で捕れた魚介類を日常的に摂取した人は症状が出やすく、また言葉が話しづらくなったり、匂いや味が鈍くなったり、周りが見えにくくなるなど、重症患者も多く、残念ながら亡くなられた方も多い。

映画では1971年の水俣市が描かれる

では映画について紹介していこう。
映画は第二次世界大戦中に太平洋戦争に従軍し、サイパンや硫黄島、沖縄などを撮影してその名を有名にしたフォト・ジャーナリスト、ユージン・スミス。実在した彼の目を通して、水俣で起きていた出来事が語られていく。
ユージンを演じているのはジョニー・デップだ。

舞台となるのは1971年。ユージンが自分の回顧展を行うため、「LIFE」誌の編集長のボブに回顧展のオープニングでスピーチをしてほしいと頼むが、断られてしまうというところから始まる。
多くの人に多大な影響を与えるような写真を撮ってきたユージンだが、今や安酒に溺れ、自分の持っていた機材なども売り払ってしまっているような堕ちた生活を送っていた。
そんな彼の前に現れたのは、日本のCM撮影依頼で付いてきた通訳のアイリーンと呼ばれる女性(母親は日本人で父親はアメリカ人)。
CMとは別に、アイリーンは日本の大企業チッソ株式会社が海に流した工場廃水で、病気になったり命を落としている人達を撮影してほしいと依頼する。最初は断るユージン。だが彼女が置いていった写真を見て心動かされた彼は、「LIFE」誌のボブと直談判。掲載を約束させ、熊本県水俣市へと向かっていく。

映画はそこでユージンが目にしたこと、体験したことを、包み隠さずに綴っていく。
懸命に声をあげ、チッソ株式会社に補償などを訴える被害を受けた住民たちの様子はもちろん、ユージンが受けることになる手荒い嫌がらせや脅迫まがいの出来事、憎んではいるがそのチッソに雇われているがゆえに声をあげることができないでいる人、公害病に苦しむ人の様子などを丁寧に写しとっていく。
どんな些細なことも丹念に撮りあげていく様は、まさに戦後、人の日常の素顔を切り取ってきたユージンの写真のようでもある。

水俣病は過去の話ではない

この作品を観て、自分の無知さを恥ずかしく思ったのは、どこかで水俣病は過去の話でケリがついた話だと思っていたことだった。
とんでもない。
まだ全く終わってなどいない。

それに水俣病のような水銀による公害病は新潟県でも起きているし、さらに広く目を向ければ別の国でも似たような水銀を発端とする公害病は起きている。
いや、水銀だけではない。もっと様々な毒物で様々な公害問題が世界中で起きているのだ。それらのほとんどは人間が起こしたミスであり、いわば人災である。

最近でも海洋ゴミとマイクロプラスチックの問題が取り沙汰された。
推計では世界で年間800万トンのプラスチック(東京スカイツリーおよそ222基分)が、ゴミとして海に流れ込んでいるといわれている。
環境省によれば、日本周辺海域のマイクロプラスチックは北太平洋の16倍、世界の海の27倍もあるそうで、マイクロプラスチックのホットスポットとされているという。
これはもう大変なことだ。実際、このマイクロプラスチックを食物連鎖で体内に入れてしまった魚介類を食べることで、私達の体にも蓄積されていると懸念されている。そう、この構造は水俣病の時と全く一緒なのである。
でも自分の体には特に異変もないし、信じられないと思う人もいるかもしれない。
しかしこれを聞けば少し考え方が変わるのではないか。
オーストリアの研究グループが日本人を含む世界8か国の人の便を調べたら、全員の便からプラスチックが検出されたし、WWF(世界自然保護基金)が、「1週間に1人平均5gのプラスチックを体にとり入れていると見られる」という報告を出したのが現実なのだ。
しかもそれが人体にどういった影響を及ぼすかは研究途中であり、まだくわしい結果は出ていない。
逆にいえば、それがわかった頃には、マイクロプラスチックで世界がすっかり汚染されていて、どうにもならない…という危機も起こしかねないのだ。

一番怖いのは「無知」であること

問題はそういう事実を正しく知って、どこまでその現実から逃げずに対処していけるかということだ。地道だけれど、ひとりひとりが責任を持ってプラスチックゴミを作らない、ボイ捨てなどをしない習慣を作るしかないということ。
でも人間は具体的に自分に痛みが降りかかるまでは、特に何もしないものであるし、その恐怖に慣れてしまう生き物である。
新型コロナ感染症を見ていてもわかるけれど、最初はあれだけ怖がって外にも出ず、常にアルコール消毒などをかかさなかったのに、今、スーパーに入る時などに、自主的にアルコール消毒をする人が何人くらいいるだろうか。
千里の道も一歩から…なんて諺もあるが、地道に一歩を積み上げていくこと以外、そういった回避はないのだ。

そしてもっと恐ろしいのは、そういうことにすら関心を持たない、いわゆる「無知」である。知らないことほど怖いものはない。知識があれば防げる事故などもたくさんあるのに、それを間違えることで一生苦しむことだって本当にあるのだ。
だからこそ、学ぶことが大事だし、知ろうとする意欲を持つことが大事なのだ。それは引いては自分の身を守ることにだってつながっていくからだ。

映画「MINAMATA」では、そういった知ることの大切さ、無知でいてはならないことを改めて考えさせられる。
知識ではダメなのだ。そのことをちゃんと理解することが大切なのだ。そういう意味でもこの作品は大きな意味を持つ。
そして公害病が起きていても、前向きに生きる水俣の皆さんの姿を見て、苦しい中でも現実逃避せず、どう生きていくかを考えさせられるはずだ。

Movie Data

監督・脚本:アンドリュー・レヴィタス
原作:写真集「MINAMATA」W.ユージン・スミス、アイリーン M.スミス
作曲:坂本龍一
出演・製作:ジョニー・デップ
出演:真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子、キャサリン・ジェンキンス、青木袖、ビル・ナイほか
配給:ロングライド、アルバトロス・フィルム
9月全国ロードショー
(C)2020 MINAMATA FILM,LLC

longride.jp/minamata/

Story

アメリカを代表する写真家ユージン・スミス。だが今は安酒に溺れ、信頼する「LIFE」誌の編集長からも「史上最も厄介な写真家」と言われる始末。そんな彼のもとを訪ねてきた通訳のアイリーンという女性から、水俣病に苦しむ被害者たちの写真を撮ってほしいと言われたユージンは興味を惹かれて日本へ。そこで大企業と戦う人々の姿を見た彼は…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』

グレちゃったピーターの行きつく先とは!?

前作から3年後の物語

ビアトリクス・ポターの絵本を映画化した『ピーターラビット』の続編である本作。前作は自然を愛する心優しい女性ビアを巡り、うさぎのピーターと、ビアの隣に越してきたマグレガーが対立するという話だった。
今回はその前作から3年後の物語が紡がれる。

大好きなビアとマグレガーの結婚式。晴れて夫婦になった2人に迎え入れられるピーターだが、父親気取りのマグレガーから、頭ごなしに「トラブルを起こすな」と言われて、ちょっとイライラしてしまう。そして勢いで故郷の湖水地方を家出。街へと向かうことに。

その街でピーターが出会ったのは、亡くなった父親の親友だと名乗るワイルドなウサギ、バーナバス。彼に父の面影を重ねたピーターは、やがてバーナバスと絆を深めていくが、実は彼はとんでもない悪党だったからサア大変。
いつしかピーターもバーナバスと一緒に悪事を働くようになっていき、そのうちに湖水地方にいるピーターの仲間までその悪事に巻き込んでしまうこととなる。はたしてダークサイドに落ちてしまったピーターは、元の通りの生活に戻ることができるのか!?

ピーターは反抗期の子どもの象徴

主人公は愛らしいピーターラビットだが、この映画で描かれるのは、とても普遍的な人間ドラマだ。
実はピーターはまさに反抗期の子どもそのものであり、小学生や中学生の頃に起きそうな問題が、たくさん描かれていく。
例えばちょっとしたことで親とケンカしてしまったり、家出したい気持ちになったり。特に悪い友達とつるんだことで急にダークサイドに落ちてしまう話なんて、この夏休み時期にはありがちな話だ。

それを非常にわかりやすく見せていく本作は、本当の友情とはどういうものか、親子愛とはどういうものかを、特に小学生くらいの子どもたちにはしっかりと伝えてくれるはず。
また親世代の視点から見れば、頭ごなしに決めつけることが子どもの心をいかに傷つけるかなど、いろいろ考えさせられるはず。

小学生のお子さんと観ていただきたいコメディ

それから今回は心優しいビアまでが、欲望にまみれた大人たちによって、自分の描きたい作品が変わってしまうというようなシーンもあり、自分のやりたいことを純粋に突き詰める難しさや、夢を追いかけることは大切だが、それを欲望から守ることはいかに難しいかを考えさせられるはず。

コメディ・ドラマとして親子で楽しみながら観て、いろいろ話すには良い作品になるのではないだろうか。

監督・脚本・製作:ウィル・ブラック

原作:ビアトリクス・ボター

出演:ローズ・バーン、ドーナル・グリーソン、デビッド・オイェロウォ(声の出演)ジェームズ・コーデン、マーゴット・ロビー、エリザベス・デビッキほか

配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

絶賛公開中

https://www.peterrabbit-movie.jp/

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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