2020.08.12
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『グッバイ、リチャード!』 リチャードの生き様を通して自分の人生を見つめ直そう

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『グッバイ、リチャード!』と『チィファの手紙』をご紹介します。

人間とはかくも醜くて、かくも美しい

『グッバイ、リチャード!』を見始めた方は、まず筆者がなぜこの映画を紹介しようと思ったのか……と不思議がる人が多いのではないかと思う。

主人公は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなどでおなじみジョニー・デップ演じる、美しい妻や娘と何不自由ない暮らしを送ってきた大学教授リチャード。だがそんな彼に青天の霹靂ともいうべき事件が起きる。それは治療しなければ余命半年、治療しても1年ほどしかもたないだろうというガン宣告だった。

映画のチラシやボスターに「人生はくそったれで、愛おしい。」というコピーが添えられているが、その言葉どおり、リチャードは冒頭でガン宣告を受けた後、ずっとFから始まる欧米のCMでは必ずピー音が入る四文字の言葉をくり返す。その後、彼が行うのは背広のまま池にダイブする行為。くわえて授業を放棄するような発言。「正直こんな授業はクソくらえだ。知り合いにマリファナの売人がいたら、是非紹介してくれ」と学生に呼びかけたりもする。あげくの果てにナンパはするわ、喫煙に挑むわ、授業中に飲酒はするわ、バーに学生と繰り出すわなど、"やっちゃダメ"なことを次から次へとやりたい放題するリチャード。

自暴自棄になりたい気持ちはわかるが、それでもひどすぎるだろうというようなことが続く。正直、前半30分近くは筆者自身も半ば呆れながら見ていた。

しかしだ。

観続けるうちに、次第に彼への見方が変わってきた。

確かに死というものを意識した時、はたして本当に冷静にそれを受け入れられるものなのか。そういう感情が芽生えたからだ。

真面目で品行方正だった教授が変貌

もともと感情を露わにすることを不得意とする日本人には、逆に取り乱すことをおかしいと考えるきらいがある。でも本当は取り乱すくらいのほうが人間らしいのではないか。死という一方通行の道、進んでしまったら二度と戻れないのだから。

そんなことをリチャードの態度を見ていると想像してしまうのだ。

しかもリチャードの家族は見た目は問題ないが、実はリチャードの妻ヴェロニカはよりによって彼が通う大学の学長と不倫しており、リチャードの娘オリヴィアはそんな不和状態にある両親を嫌っている(特に母のことは毛嫌いしている)。そしてリチャードは決してステキな関係とはいえない家族に自分が余命宣告されたことを言い出せないでいたりする。

そんなところからも、リチャードが実はもともと妻とうまくコミュニケーションがとれずにいたであろうことや、娘ともうまくいってないことが想像できるし、映画を観ていくうちにそれが核心へと変わっていく。

おそらく彼はとても真面目で良い人だったのだ。それはリチャードからガンだと聞かされ、思わず手を取ったり、何度も涙ぐんでしまう親友のピーターの存在を見てもわかる。自分を押し殺しているようなタイプだったのではないかというのも、不倫を告白してきた妻に対し「これから好きにさせてもらう」と宣言するリチャードを見ても想像できてしまう。ヴェロニカが「どうして(自分たちの)関係はこんな風になったのかしら。どう直せばいいのかわからない」と言ってるのに対し、リチャードは「僕はいくつか思いあたる」と語るシーン。きっとその時に妻に本音でブチ当たれなかったのだろうと思わされた。

実はこの想像させてくれる感覚が面白いのだ。

ジョニー・デップは、この映画の演出とともに、脚本も執筆したウェイン・ロバーツ監督のことを「物事の捉え方がとても美しい」と絶賛している。また「観客に媚びない脚本を書いたウェインが大好きだ」とも。確かに日本の2時間ドラマがやりがちな、わかりやすくなんでも台詞で説明するということはない。観客のイマジネーションを最大限引き出すことで成立する映画となっている。

またデップはロバーツ監督が、「映画を観ながら観客が自分に置き換えて考えてくれることを信じているからこのような脚本を書いたのだ」とも語っている。

他人の考えや生き方を味わえるのが映画の醍醐味

そうなのだ。この映画では彼の実際には見せてくれていない品行方正だったであろう過去を想像させることによって、なんで彼はこうなってしまったのかという思いへと導き、さらに観客を自分ももし同じ体験をしたらどうなるのだろう……という想像の中へと放り込むのである。それはリチャードが劇中でも語る死を意識したことで、今まで自分がどれだけやれることがたくさんあったのに一生懸命に取り組んでこなかったかという反省にも繋がる。そしてそれは観客にも貫かれていく。自分自身の記憶も揺さぶられるからだ。

そもそも人間は怠惰な動物だ。できれば辛い人生など歩きたくないし、苦労は避けて通りたい。日々を頑張らねばと思いつつ、現実は頑張れないし、自由に生きたいと願っていても自分の思い通りに奔放に生きることは難しい。

つまりこの映画は多少不快に感じるシーンもあるけれど、リチャードの人生の一部分に寄り添うことで、観客自身の人生をも顧みさせ、どんな人生をあなたは送りたいのか……と問いかけてくる作品となっているのだ。

映画の醍醐味は、自分とは違う人生や考え方などを知ることができるということ。小説や漫画などもそうだが、自分以外の考えを知るということ、他人の人生を自分のことのように体験できるということは、大きな“学習”のひとつだ。自分が本気で悩んだ時、苦しんだ時、どんなことをしたらその問題を解決することができるのか。そのことを教えてくれるのだ。

だからこそ、映画を観るのは大切。どんなエンタメ作品であろうと、良作ほどちゃんとした人間ドラマが描かれていて、学ぶことがたくさんあるからだ。

つまり本作はとても映画らしい映画であり、人間の醜さや美しさ、情けなさや寛大さ、様々な面を見せてくれる。どう生きるのも自分の自由だし、その結果どうなるかも自分の責任。だからこそ本気で自分の時間を責任を持って過ごしたいと思わせてくれる素晴らしい作品だ。

Movie Data

監督・脚本:ウェイン・ロバーツ

出演:ジョニー・デップ、ローズマリー・デウィット、ダニー・ヒューストン、ゾーイ・ドゥイッチ、ロン・リビングストン、オデッサ・ヤングほか

配給: キノフィルムズ

goodby-richard.jp

(C)2018 RSG Financing and Distribution, LLC.

ALL RIGHTS RESERVED.

Story

医師から突然の余命宣告を受けた大学教授のリチャード。
追い打ちをかけるように妻から不倫を告白されて開き直った彼は、残りの人生を自分のために謳歌することを決意する。
ルールや立場に縛られない新しい生き方は、これまでにない喜びをリチャードに与えることに。
そんな彼の自由な言動は周囲にも影響を及ぼしていくが、死は刻々と迫ってきて…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『チィファの手紙』

SNS世代に観てほしいコミュニケーション・ストーリー

姉の代わりに同窓会に出席した妹から始まる物語

岩井俊二監督の映画には、しばしば手紙というモチーフが登場する。この物語に出てくるのは手紙は手紙でも恋文、ラブレターだ。
LINEやメールで他人とのコミュニケーションがとれるSNS世代からは、理解しにくいかもしれないが、数十年前までは学校以外で友達と話すことは大変だった。携帯やスマホを持たない時代は、家に1台しか電話がないから、友達と長電話していたら親からメチャクチャ怒られる。待ち合わせ時間に遅れれば、友達とその日会えないなんてこともあった。そんな時代だから、好きな人に電話するなんてとんでもないこと。相手方の両親が出ないことを祈りつつ、必死の思いでダイヤルを回した人は多いだろう。
この映画はそんな学生時代の話と、現代の立派なおじさん&おばさんになった主人公たちの話が交錯する。

学生時代、イン・チャンはチィナンという女性を好きになった。イン・チャンはチィナンの妹・チィファを通してチィナンに近づこうとしていた。一方、チィファはそんなイン・チャンに思いを寄せるようになる。淡い思い出から数十年後、すでに主婦となっていたチィファは亡くなったチィナンの代わりに同窓会に出席。そこで姉が亡くなったことを告げようとするが、逆に姉だと勘違いされ、言えなくなってしまう。さらにイン・チャンと再会。チィファは姉のふりを続け、彼に手紙を送ることになっていく……。
学生時代から姉のフリをして手紙の返信を続けてきたチィファの恋。そんなチィファの息子が後にかかえてしまう悩みを誰にも言えず抱える様。そしてイン・チャンが抱えてきたチィファも知らぬ葛藤。実はその根本にあるのがすべてコミュニケーションのトラブル。あの時、隠さずに自分の思いを伝えていれば、なりふりかまわず食らいつけば変わっていたかもしれない未来のヴィジョン……。その最大のコミュニケーション不足が呼び込んだのが、チィナンの自殺。もしかしたら助けられたのではないかという思いが観ていると自然と渦巻いていく。

本当に繋がるとはどういうことなのか

コミュニケーションがとりやすい時代に、自殺まで自分を追い込んでしまう虚しさ。どんなにSNSが発展しようと、結局は自分の心がけ次第で孤独にもなれぱ幸せにもなれる。そんなことを考えさせてくれる。

これはスマホを手放せず、中毒のようにSNSを見続けてしまう中学生〜高校生に特に観てもらいたい一本だ。常にLINEやTwitterなどをしていると、他人とちゃんとコミュニケーションがとれているような感覚になりがち。でも本当のコミュニケーションなのだろうか、それは。ちゃんと関係性を築けないと人間は本当に孤独なものだ。

この映画を観ることで、ちゃんと人とコミュニケーションをとること=自分の思いをゴマかさずに伝えることの大切さを噛み締めてほしいと思うのだ。

監督・脚本・原作:岩井俊二 
出演:ジョウ・シュン、チン・ハオ、ドゥー・ジアンほか
配給:クロックワークス


(C)2018 BEIJING J.Q. SPRING PICTURES COMPANY LIMITED WE PICTURES LIMITED ROCKWELL EYES INC. ZHEJIANG DONGYANG XIAOYUZHOU MOVIE & MEDIA CO., LTD
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文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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