『のぼる小寺さん』 挑戦するための一歩を踏み出す勇気を与える映画
映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『のぼる小寺さん』と『映画ドラえもん のび太の新恐竜』をご紹介します。
立ちはだかる壁に日々挑み続ける小寺
この映画は大人の目から見るとまるで清涼飲料水を飲んだ後のような、爽やかな後味を残してくれる作品だ。でも高校生にとってはちょっと痛みをも感じさせてくれる優れた青春映画となっている。
主軸となるのはクライミング部に所属する女子高生の小寺(工藤遥)。彼女の興味の対象はとにかくボルダリング。ホールド(つかむためのでっぱり)のついた壁を上へと登ることだけだ。純粋に自分の前に立ちはだかる壁を、自分が培ってきた経験を活かして突破する。それが彼女が大切にしていること。
そんな彼女から目を離せない者たちがいる。ひとりはクライミング部と同じ体育館で部活を行っている卓球部の近藤(伊藤健太郎)、同じ部活にいる四条(鈴木仁)、部活もやらず学校自体も休みがちなクラスメイトの梨乃(吉川愛)、そして同じくクラスメイトのありか(小野花梨)だ。
それぞれ小寺さんに目を留めてしまう理由は違うが、共通しているのは自分が何に向かうべきか決めかねているというところ。例えば彼らは高校1年生だが、進路相談の紙を白紙で出してしまったという経緯が共通している。おかげで放課後に残されてちゃんと白紙ではなく書いて出せと怒られる始末。けれどもその4人は、なんだか未来が決められないでいる。それは本気でやりたいことがないということでもある。
4人の高校生たちが抱えるそれぞれの事情
例えば近藤は卓球部に所属しているが、別に卓球をすごくやりたくて入ったわけではない。母親に運動部に入れと言われたから、一番楽そうに見える卓球部に入っただけにすぎない。そんな調子だから、脇目も振らずにホールドをつかんで登り続ける小寺のことを「可愛い」と思っているのもあいまって、何かというと観てしまいがち。
四条も純粋に小寺のことが好きで同じ部活に入ったクチ。彼自身はどちらかというと怖がりだし、ひ弱な面もあるし、正直観ているこっちのほうが「大丈夫か?」と心配になってしまうほどだ。だが好きだという一念は彼をクライミング部にとどまらせる。
梨乃は不良仲間と川にバーベキューをしにきて、川沿いの岩場で練習に来ていた彼女と出会う。自分が何をしていいか分からず、でも学校に行くのは嫌で遊び歩いていた彼女は、登ることだけに夢中な小寺に自分にないものを感じ、自ら話しかけていくことに。
そしてありかは、人とは違ってカメラが好きということをおおっぴらに明かせないでいる。そして好きであることを隠さず、むしろ堂々としている小寺に憧れて、彼女の写真を撮るようになるのだ。
しかしこうやってみんなに見守られている小寺自身も、進路指導の先生から怒られている。それは彼女がなりたい職業として「クライマー」と書き込んだから。
選手になりたいとか、世界の頂点に立ちたいとか、そう言うならば誰もが納得するだろう。あるいは現実的にクライミングを職業とするならばインストラクターになるなどと書き込むのもアリ。それなら分かりやすい。だが小寺の場合それらのどれでもない。だから教師も戸惑ってしまう。
やりたいことはやり尽くすべきでは!?
でもそれが小寺なのである。
彼女の夢はイメージ通りに体を動かしてホールドをとらえて登っていくことだけ。その魅力に、正直、理由なんかはない。間違いなく彼女はこのスポーツに魅了されており、毎日毎日そのことしか頭にないのだ。
でも個人的な思いを述べさせてもらえば、私はそれでいいと思うのだ。
現実的ではないという言葉もあるかもしれない。そんな登るだけでは食べていけない、無責任に賞賛するなという意見もあるだろう。けれどそれが本当にやりたいことなら、トコトンそれをやり尽くしてみたらいいのではないだろうか。だって人生、何が起きるかなんて分からないのだから。例えば誰がこんなコロナ騒動が起きるなんて予想しただろう。心待ちにしていたインターハイなどが中止になるなんて、半年前に想像していた人がいるだろうか。子どもだけでなく大人たちもこの状況に戸惑い、明日を見いだせないでいるのが現実だ。
ならば。
逆にいえば本当にやりたいことをやるべきなのではないだろうか。
映画のために工藤遥はボルダリングを特訓
むしろ怖いのは、将来、大人になった時に食うに困るかもしれないから、その夢は諦めようと、本当に大事な夢を挑戦もせずに諦めてしまうことではないだろうか。
小寺さんはそのことを多分、肌で感じているのだ。だから結果なんかどうでも良くて、ひたすら目の前にある壁に敢然と立ち向かう。そして制した時の充実感を胸に次の課題に挑戦していくのだ。そうやって挑戦を続けていれば、次の目標が自ずと見えてくるはず。だから「今」目の前にあることに必死に取り組むのだ。
そのことに近藤たち、小寺さんたちを見守ってきた人たちも気づいていく。そしてそれぞれが自分のやりたいことに、小さな一歩だけれども歩み出す。その第一歩を自分の意志で踏み出すことが大切なことを、この映画は教えてくれる。明日何が起きるか分からないのだから、臆していたって仕方ないのだから。そう、この映画はそうやって一歩を踏み出しそこねた人にはとてつもなく痛く刺さる映画となっているのだ。
ちなみに小寺を演じた工藤は、この映画のために練習期間を含めて約4カ月間ボルダリングを特訓したという。実際に彼女が本気でボルダリングに挑み、平気で高いところから滑って落ちたりしているのだが、それがまた芝居の粋を超えていく。一直線に自分のやりたいことをただただ頑張る工藤が、観ているこちらのやる気を自然と奮い立たせてくれるのだ。
ぜひ、将来についてアレコレと悩みがちな中学〜高校生の男女には観ていただきたい一本。大人でも悩み中ならば、ぜひ観るべき作品だ。
- Movie Data
『のぼる小寺さん』
監督:古厩智之 原作:珈琲 脚本:吉田玲子 出演:工藤遥、伊藤健太郎、鈴木仁、吉川愛、小野花梨ほか
配給:ビターズ・エンド
- Story
小寺はボルダリングのことばかり考えている女子高生。部活もクライミング部に所属している。卓球部に所属する近藤は、隣で練習する小寺からなぜか目が離せずにいた。やがて次第に小寺に惹かれていく近藤。しかし、そんな小寺を見つめているのは近藤だけではなく……。珈琲の人気漫画を「ホームレス中学生」などで知られる古厩智之監督が実写映画化。
文:横森文
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(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020
https://doraeiga.com/2020/
文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)
映画ライター&役者
中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。
2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。
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