2020.04.08
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『きっと、またあえる』 インドの受験事情を通し、人生にとって大切なものは何かを考えさせる秀作

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『きっと、またあえる』と『#ハンド全力』をご紹介します。

学歴が重要なステータスとなっているインド

受験というのは、どこの国でも大変なものだ。今回紹介する『きっと、またあえる』の舞台となるインドも、かなり厳しい受験事情を抱えている。

この映画を見るまで全く知らなかったが、インドは学歴がとても重要なステータスになっている。

なぜか。

調べてみたところ、法律としてのカースト制度は廃止されたが、農村部ではまだまだ根強く制度が残っており、貧しいカースト出身者は学歴というステータスを得ることで、自分たちの生活水準を上げようと必死になっているからだ。特に人気はインドが力を入れているIT系。カーストに関係なく高額な給与の職にありつけると人気が殺到している。

なんでも貧困な家庭では、教育に熱心になりすぎて教育費を出すために自らの土地を売ってしまうという異常事態まで起きているとのこと。

まさにエリート狂走曲といった感じだ。

そんな社会状況の中での大学受験だから、約100万人が毎年大学を受験する。が、その中で合格するのはわずか1万人。99万人は有無を言わさず夢のレールからはずれることになる。つまり、大学に受かるかどうかで生活が全く変わる可能性も強いわけで、だからこそ誰もが受験に対して必死なのだ。
映画はそんな大学受験戦争まっただ中にいる息子ラーガヴが、工科大学を受験、その合否を待つナーバスな状態から始まる。

父・アニは楽観的に息子の受験を見ていた。が、残念ながら不合格になり、ラーガヴは衝動的に自殺を図ってしまうのだ。

どうにか一命はとりとめるが、アニの妻・マヤ(ちなみにアニとマヤは離婚しており、ラーガヴはアニと同居している)は、アニが息子に対してプレッシャーをかけたせいだとアニをなじる。そこでアニは自分のことを秀才と疑わない息子、今は意識を失っている息子に必死に訴えかける。自分は決して誇れるような秀才ではなく、むしろ大学時代は「負け犬」と呼ばれていたことを。

するとその話が影響したのかはわからないが、ラーガヴが目を覚ますのだ。

しかし生きる気力が足りないこともあり、ラーガヴは予断を許さない状況が続く。そこでアニは自分の過去と事実を息子にちゃんと分からせるため、信じさせるために、今や疎遠になってしまっていた大学時代の友人たちを息子の病院に呼び寄せる。

そして語られる数々の昔話。ばかばかしい話もあれば、甘酸っぱい恋の話もある。だがどの出来事も年を経た今となってはかけがえのない思い出であり、後の自分を構成していく大切な要素だ。

そうやって思い出された過去の出来事は、アニの今の人生にも重なり、アニやマヤ、ラーガヴの人生に新たな影響を与えていくことになるのだ。

息子の受験失敗が映画の製作動機になった監督

そもそもこの映画が作られたのは、ニテーシュ・ティワーリー監督の息子が、受験に失敗したことが大きく関与したという。

ティワーリー監督によれば「インドの若者たちは受験であまりにも大きなストレスを受けている」という。

「若者たちにとっては、受験を成功させることが生死をかけた問題になっている」とティワーリー監督。実際に劇中のラーガヴのように自殺を図る生徒も見過ごせないほどの数になっているという。

確かに受験に失敗するということは、夢を離れてしまうということにもなる。けれど果たしてその失敗は本当に自分の命を消すに値するような失敗なのだろうか。
本作ではアニたちが学生時代だった90年代の物語と現代の物語が同時進行していく。90年代の彼らは「負け犬」と呼ばれる学生寮H4に同居している。実は学生寮は建物ごとにさまざまな特色がある上、寮対抗でスポーツ大会があるなど常に競い合っている状態にある。そのスポーツ大会でいつもビリであるということも、H4全体の「負け犬」呼称に拍車を掛けている。

また実際、H4寮にいる人間たちもあまり上昇志向がない、だから「負け犬」と呼ばれることに抵抗を感じていない輩もたくさんいる。加えて実際にダメ人間度が高い人も。
例えばいつも酒を飲んでばかりで「へべれけ」という異名を持つ男子学生。休暇で自宅に戻る列車の中にも酒入りのペットボトルを持ち込むなど、酒の依存度の高さは最悪のアルコール依存症レベルだ。

他にも何かというと「マミー」と泣き出すマザコン男や、エロのことしか頭にない青年など、正直問題ある学生ばかり。

けれどもそんな彼らも年を経て立派な大人になっている。アニは今や高給取りで息子をマヤのところに送る時も、運転手付きの高級車で送っているほど。他のメンバーたちもアメリカに在住して活動したり、仕事で海外を飛び回っていたりするような人物もいる。

受験は終わりではなく通過点でしかない

受験に失敗することは、確かに人生の中では大きなつまずきであることは間違いないだろう。だがそこで死んでしまうのは、あまりにももったいない話。自ら自分の人生を粗末にしてどうするのか。受験のつまずきは人生の中では通過点のひとつでしかないのだ。

でも人間はどうしてもその時その時の出来事で焦ったり悲しんだり憂いたりしてしまう、監督が言いたかったことも「努力をしたのならば失敗しても何も悪くない」ということ。
それより失敗した時のことを話し合わなかったほうが、よほど罪深いということをも感じさせてくれるのだ。

受験シーズンが一段落して、さまざまな思いに駆られる人も多いだろう。また来年に向けて本気で受験体制に入った人もいるはず。でも大事なのはあくまでも受験は通過点であり、その先にもっと素晴らしい人生があることを伝えてあげることが大切なのだ。

そしてもうひとつ人生をより良いものにするのに大切なのは仕事ではなく愛情や友情であるということ。

劇中で、とある人物が「仕事は非情だ」と形容したシーンがある。仕事を言い訳に家族をないがしろにしたという懺悔。大人になるとどうしても仕事が1番大事なこととなり、それ以外は後回しになりがちになる。

けれども本当に大切なのは、何よりも有意義な人生を送ることだ。そのために大事なのが家族であり、友達だ。

それがなければ何の人生か。

そんな当たり前だけど忘れがちな大切なことに、改めて気付かせてくれるのが本作。本当に素晴らしい作品だ。
Movie Data
『きっと、またあえる』

監督・脚本:ニテーシュ・ティワーリー
出演:スシャント・シン・ラージプート、シュラッダー・カプール、ヴァルン・シャルマ、ムハンマド・サマドほか 配給:ファインフィルムズ
Story
アニの息子が受験に失敗、自殺しようとして病院に担ぎ込まれた。そこへ親世代となった悪友たちが集まり、アニの息子を励ますため学生時代の奮闘記を語り始める。彼らが入ったのは負け犬ばかりが集まるといわれるボロボロの学生寮の4号寮。アニと仲間たちは寮対抗の競技会で「負け犬寮」の汚名を返上しようと団結して競技を勝ち抜いていく…。

文:横森文

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

子どもに見せたいオススメ映画

『♯ハンド全力』

SNSでついた嘘でハンドボール部が復活!?

いくら頑張っても、どうにもならないことのせいで「やる気」を失ってしまうということはある。

この映画で登場する高校生のマサオも、熊本で災害を経験し、努力をしても水の泡になることを知り、何にも燃えられなくなったひとり。

そんなある日、何気なくSNSに載せたのがハンドボールに燃えていた頃の写真。仮設住宅前で撮影したこともあり、この写真は思わぬ小さな反響を起こす。そこにさらに「♯ハンド全力」とハッシュタグをつけたことで拡散、思わぬ応援を受けるようになり、やがては廃部寸前のハンドボール部に目を付けられ、そこに入るしかなくなってしまう。そこでさらにハンドボール部再建のレポートをツイッターなどであげたところ、反響はハンパないものへと変貌していく。

となると実際にハンドボール部として必死に練習し、努力するのか…と思うだろう。今までのドラマの常識だったらそうだ。でも彼らが努力するのはSNSでいかにハンドボール部の「俺たち頑張ってます」を見せるかで、練習ではない。どう撮影したら頑張っているように見えるのか。そこに青春のすべてをかけていく。

つまり偶像としてのハンドボール部を作ろうとするのだ。虚構の中で彼らは何者かになることを楽しみ、そして何者かになるために嘘を重ねていくのである。

SNSにハマる気持ちがわからない教師側も観るべき作品

でもそういう経験をしたからこそ、彼らは気付く。虚構には何の意味もないのだということを。嘘で固めた人気など、本物ではないということを。そして実際に大事なのは結果ではなく、本当に頑張ったその過程だということに。

インターネットを通じて、私たちはたくさんの嘘を目にし、世の中にはたくさんの「やらせ」や「嘘」が蔓延していることを知っている。だからこそ「少しくらいの嘘なら…」と思ってしまいがち。でも“生きる ”とはその時々を全力で頑張ることなのだ。それをこの映画は優しく教えてくれる。
本作では、そんな日々を頑張ってたくましく過ごす熊本の被災者の方々のそれぞれの人生をも浮き彫りにする。たくさんの人生が詰まったドラマとなっているのだ。そんな彼らの姿が「生きる」厳しさと助けあうことの素晴らしさなども伝えてくれる。

特にこれは主人公と同世代の高校生たちに見てほしい。SNS世代だからこそ共感できることがたくさんあるし、共感できるから主人公たちが味わうさまざまな痛みや経験をわかちあうことができるからだ。

SNSが理解できない教師側も本作は観るべきだと思う。
スマホがない生活などもはや考えられない高校生たちをどう指導していくべきなのか。その答えがここにはあると思うからだ。

監督・脚本:松居大悟 脚本:佐藤大 出演:加藤清史郎、醍醐虎汰朗、蒔田彩珠、坂東龍汰、鈴木福、岩本晟夢、磯邊蓮登、甲斐翔真ほか 配給:エレファントハウス、イオンエンターテイメント、ラビットハウス

2020『♯ハンド全力』製作委員会

文:横森文 ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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