2020.01.15
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『ジョジョ・ラビット』

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は『ジョジョ・ラビット』をご紹介します。

イマジナリーフレンドがアドルフ・ヒトラーの少年ジョジョ

子供の頃、イマジナリーフレンドと呼ばれる空想上の友人を持っていたという人はどのくらいいるだろうか。なんでもこれはひとりっ子や長男に多く見られる現象だそう。基本は本人の空想の中だけに存在し、会話したり、時には視界に擬似的に映し出されて遊戯などを行ったりもするという。自分の都合のいいように振る舞ったり、自問自答の具現化として、自身に何らかの助言を行うことなどもある。その反面、自己嫌悪の具現化として自身を傷つけることなんかもあるのだとか。

だがこの『ジョジョ・ラビット』の主人公、10歳のジョジョのイマジナリーフレンドは強烈だ。なぜなら、かつての国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)のアドルフ・ヒトラーなのだから。

そう、この作品の舞台は第二次世界大戦下のドイツ。ジョジョは心優しい、どちらかというとひ弱な少年だが、ナチスシンパである。父親は戦闘に出たまま2年間音信不通。母親ロージーはいつもよくわからない仕事で忙しそうに動き回っている。そんなジョジョの唯一の友人が、イマジナリーフレンドであるアドルフ・ヒトラーだったのだ。

そしてヒトラーの助言を借りて、ジョジョは青少年集団ヒトラーユーゲントの立派な兵士になることを夢見ていた。

では、ヒトラーユーゲントとは何なのか。これは1926年に設立したナチス党内の青少年組織で当時のドイツの唯一の青年団体だった。10歳から18歳の青少年の加入が義務づけられていて、ここでナチスのイデオロギーが青少年に植えつけられた。いわばナチスを崇拝する少年兵を造る組織だったと言ってしまっても良いのかもしれない。

つまりジョジョがナチスシンパとなったのは、当時のドイツがナチスを奨励していたから。ジョジョが純粋で真っ直ぐな少年だったからこそ、ヒトラーの洗脳にまんまとかかってしまったというわけだ。

手榴弾の事故で生死を彷徨う大怪我を……

さてヒトラーユーゲントはスポーツや野外キャンプを重視していたが、その野外キャンプでジョジョに大事件が起きる。

ジョジョに託されたのはウサギの殺害。なんの悪さもしていない可愛らしいウサギの首の骨を折れという命令を受けたのだ。

だが、もともと心優しいジョジョはウサギを殺すことなんてとてもできない。そんなジョジョは皆から臆病ものだとののしられた上、「ジョジョ・ラビット」などという不名誉なアダ名までつけられてしまう。どうしようもなく、その場を逃げるしかなかったジョジョ。

空想の友人ヒトラーに元気づけられたジョジョは、起死回生だと手榴弾投げの訓練で張り切る。が、そこで生死を彷徨う大怪我を負ってしまう。そして彼の顔には傷跡が残ることに。

そんなジョジョを通して見えてくるのは、人間は教育によっていかに変わるかということだ。20世紀の巨悪と呼べるヒトラーやナチスが、洗脳されているジョジョにとってはとても親しいもの、リスペクトすべきものとなって映る。だからジョジョの友人として現れるヒトラーの、独特の独裁者的な口ぶりや常軌を逸した身振りなどはまさにヒトラーだけれども、どこかユーモラスでマヌケだし、ジョジョの求める父親像なんかも加味されていて、なんだかステキだったりもする。

ヒトラーだけではない。すべてはジョジョの視点で描かれる世界だから、戦争中ではあるのだが、どこか牧歌的な空気感があったり、美しく見える光景が広がっていたりもする。でもその半面、ナチスを裏切った者たちが町の中で首を吊るされたまま見せしめとして放置されている様など残酷な現実も映る(ジョジョが怖がりザックリとしか見ないので、あまりじっくりと死体が映し出されることはなくてホッとするが)。そんな夢多き少年の世界の中で、親しき者達として描かれるナチスの組織の違和感がハンパない。まさに監督が描きたかったであろう、人種差別やくだらないイデオロギーに踊らされる人間たちの愚かさなどが、感じられる描写であった。

実は家の中にユダヤ人の少女が隠れ住んでいた!!

この映画で友人ヒトラーにも扮した監督&脚本のタイカ・ワイティティは、「憎悪と偏見についての直球な映画にはしたくなかった。その手のドラマには慣れきっているから」と語っている。直球ではないからこそ、逆にテーマがいつの間にか胸に深く刺さるのだ。その仕組みには感動させられた。そう、ありがちなドラマではないからこそ、斬新だし、興味が湧く。テーマが押しつけがましくないから、逆に観客は自分からテーマを探していくことになるのだ。

しかもワイティティ監督自身、ユダヤ人とマオリ族の血を引いており、自身も人種差別を受けたことがあり、そういった思いをちゃんと作品に反映しているから無理がないしリアルなのだ。

ちなみに怪我を負ったジョジョには、まだまだ大事件が起きる。それはなんと自分の家にユダヤ人の少女が隠れ住んでいたということ。母ロージーがジョジョの亡くなった姉と同じ年の少女エルサを、壁の隙間にできた小部屋に隠していたのだ。

もちろん最初は大騒ぎとなるジョジョ。ナチスの家にユダヤ人だなんて、と憤慨する。しかしエルサと語っていくうちに、次第に警戒をほどき、むしろエルサに好意を持つようになってしまう。

ユダヤ人への偏見が愛に変わる瞬間。

それはなんともいえない甘酸っぱさとユーモアが同居していて、ついニヤニヤしてしまう見事なシーンとなっている。

またジョジョの母ロージーが、この暗澹たる時代の中でも、懸命に生きることの楽しさや希望を持つことの素晴らしさをジョジョに伝えていく姿もニヤニヤしたくなるところ。特に好きなのは炭で髭を描き、父親のフリをしてジョジョと話すシーン。ジョジョだって母の変装なのはわかっているけれど、子供への母の愛があふれ出ていて、美しさに涙がピヨッと飛び出した。

戦争への辛口ユーモアもありながら、全体的にはハートフルコメディの領域で語られる本作。どんな困難があっても信念を持つことや、希望を持つことは、自分自身を見失わないでいられることだというのを強く感じる。

ナチスがユダヤ人を虐殺したり、本を焼いたりと、やっていることが何かおかしいと思っていても、踊らされてしまうのが人間の弱さであり、人間の憎めない部分だからだ。

特に日本は周囲に流される人生をチョイスしてしまう人が多い民族。その中で自分の信念を、諦めずに人生を送ることがいかに大変で、いかに尊いか。ロージーや何気にジョジョを助けるナチスのクレンツェンドルフ大尉などを見れば伝わるだろう。

生徒たちともいろいろと意見交換ができるであろう本作を観て、語り合うのも良い人生勉強になるのではないだろうか。中学生や高校生には是が非でも観ていただきたい本当に素晴らしいこの作品。第44回トロント国際映画祭で観客賞を受賞したのも納得だ。

Movie Data

『監督・脚本・出演:タイカ・ワイティティ
原作:クリスティン・ルーネンズ 
出演:ローマン・グリフィン・デイビス、スカーレット・ヨハンソン、トーマシン・マッケンジー、レベル・ウィルソン、スティーブン・マーチャント、サム・ロックウェルほか

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

Story

第2次世界大戦下のドイツ。10歳のジョジョは、空想上の友だちアドルフの助けを借りつつ立派なナチスの兵士になるために奮闘する毎日を送っていた。しかし、訓練でウサギを殺せなかったジョジョは、仲間たちからからかいの対象に。そんなある日、母親とふたりで暮らすジョジョは、家の片隅に隠された小さな部屋に誰かがいることに気づいてしまう。

文:横森文

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横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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