2017.04.12
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『メッセージ』 地球上に降り立った謎の宇宙船の目的は何か?

映画は時代を映し出す鏡。時々の社会問題や教育課題がリアルに描かれた映画を観ると、思わず考え込み、共感し、胸を打たれてしまいます。ここでは、そうした上質で旬な映画をピックアップし、作品のテーマに迫っていきます。今回は、謎の宇宙船とのコンタクトを描いたSF映画『メッセージ』です。

未知なるものへの恐怖を煽る演出

巨大な物体が突然、世界各地の空に出現。という展開を聞いたら、誰もが『インディペンデンス・デイ』に代表される、侵略モノSF映画のイメージを抱くだろう。圧倒的な大きさで人類を仰天させ、異星人が様々な武器で次々と攻撃してくるイメージだ。

実際、この映画でもそれは突然起こる。巨大な謎の物体が世界の各地に出現(ちなみに日本は北海道にやってくる)。『インディペンデンス・デイ』の冒頭同様、彼らはただただ空に浮かんでいるだけだ。映画はうまいことにその巨大物体の姿をなかなか見せない。主人公である言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)が、謎の知的生命体達と接触を図るプロジェクトのために現場に呼ばれるまで、その姿をチラッとも見せない。ルイーズ自身は世界中で起きている異常現象をテレビなどのニュースで見て知ってはいるが、そのテレビ画面が観客には見えないようになっているのだ。

こういった演出手法からもわかる通り、この映画はあくまでもルイーズの視点からしか物事を語らない。だからルイーズが初めて謎の物体を見た時に、物体の形状や実際の大きさなどがわかる仕掛け。つまり観客達はルイーズの心情をなぞらざるを得ない仕掛けが、冒頭から出来上がっているのである。さらにルイーズの心象風景と思われる娘とのやり取りが次々と挟まれていくことで、観客自身がルイーズになっていくような感覚を覚える。

こういう所はトム・クルーズ主演でスティーブン・スピルバーグ監督が作り上げた『宇宙戦争』の手法にも近い。『宇宙戦争』もトム扮する主人公は地底から突然現れた巨大ロボットに攻撃される。それがこの街だけで起きていることなのか、それとも世界各地で起きていることなのか、主人公視点だから全くわからない。家族達を連れて逃げるしかないのに、右も左も真っ暗闇! 観客は劇中の人物になったかのように、恐怖感を煽られていく。

『メッセージ』も未知なるものと出会う上での恐怖や不安、そのドキドキ感はハンパない。実際に知的生命体はルイーズの前に姿を現すことになるのか? もしも姿を現したら何か攻撃してくるのか? それともやはりスピルバーグが監督した『未知との遭遇』のように友好的な異星人が登場するのか? そして登場するならば、その異星人はどんな姿をしているのか? いわゆる「グレイ」と呼ばれる目が大きくて灰色っぽい皮膚をした人間型の宇宙人なのか? それとも昔から描かれるタコ型火星人みたいな形状か? 観客は今までどこかで見てきた様々な情報を繋ぎ合わせ、想像を巡らせていくことになるだろう。

だが、これこそが実はこの映画に隠された仕掛けなのだ。

人間の「思い込み」を上手に使った仕掛け

事件の発端から勝手に『インディペンデンス・デイ』などを思い浮かべたり、エイリアンの姿を想像したりして、自分の想像をどこかで楽しんでいる私達。だがその想像力の楽しさには思いもかけないマイナス面もある。想像と共に生じる思い込み。勝手に「こうだ」と決めつけてしまう厄介な思考だ。

私達人間は、大人になればなるほど、余計な知識を詰め込めば詰め込むほど、素直にモノを見ることが難しくなる傾向がある。例えば思い出してほしい。今でこそ日本の野球選手が大リーグに行くことに何の抵抗感もないし、当たり前のようになっている。しかし野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースと1995年にマイナー契約を結んだ時、ほとんどの人が「アメリカの野球に日本人が通じるわけがない」と言っていた。マスコミもほとんどそういう見方をした。いわば、バカにしているような風潮があったと言ってもいい。

しかし、なぜアメリカでは通用しないと多くの人が思ったのか。その根拠は何なのか。それはある種、思い込みである。アメリカの野球選手の方がはるかに優れているからと思い込んでいたからだ。だが実際は、野茂選手は大活躍し、その後の日本選手の大リーグへの道を大きく切り開くことになった。

もちろん未知なるものに触れることを怖いと思うのは、思い込みというより動物的本能であるから致し方ない部分もある。しかしそこに余計な思い込みが入り込むことで、不安は恐怖へと変化し疑心暗鬼を呼び、警戒は先制攻撃へと発展する。平和は簡単に崩れ去るのだ。そのためにも大切なのはコミュニケーションなわけで、相手を知ること、相手の物差しを持つことで、理解が深まる。そうすれば色んなことが回避されるはずなのに、思い込みはそういったコミュニケーションすら遮断してしまう。

この映画でも巨大な物体が現れた時に、コミュニケーションを積極的に取ろうとする人もいれば、なぜ一刻も早く攻撃しないのかという人もいて、世の風潮は二つに分かれる。あなたなら、もしこういった事が現実に起きたなら、どういう反応を取るだろうか?

そして映画にはまさにそういった「思い込み」を上手に使ったさらなる仕掛けが隠されている。その仕掛けに最後気づいた時、自分も情報に踊らされ、素直に見る力を失っていることに気づかされるはずだ。

『メッセージ』はそんな知識と情報に目と耳を塞がれてしまう事実を突きつけると共に、自分の目と耳でしっかり見て聞いて判断することの大切さが伝わってくる映画だ。もちろんこれは筆者の感じたことであり、それが本当に作り手側が描きたかったことかどうかはわからない。でも私の目と耳が感じとった「メッセージ」はそういうことだった。果たしてあなたはどんな「メッセージ」をこの映画から受け取るのだろうか。

ゴリゴリのSF映画だが、本当に素晴らしいSFほど「人間」の本質に迫るもの。アカデミー賞の作品賞や監督賞にノミネートされたのも納得の素晴らしいドラマだ。これこそスクリーンで観るべき秀作である。

Movie Data

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/脚本:エリック・ハイセラー/原作:テッド・チャン/出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカーほか
© 2016 Sony Pictures Digital Productions Inc. All Rights Reserved.
© 2016 Xenolinguistics, LLC. All Rights Reserved.

Story

突然、地上に降り立った宇宙からやってきた巨大な謎の飛行物体。この飛行物体に乗船していると思われる知的生命体と意思の疎通を図るため、言語学者のルイーズは軍に雇われることに。果たして、彼らは人類に「何」を伝えようとしているのか。それを探っていくうちにルイーズはある事実に気づかされていくことになるのだが……。

文:横森文 

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子どもに見せたいオススメ映画

『ぼくと魔法の言葉たち』

色んな人達の愛情に支えられて生きていることを実感

この作品は自閉症という発達障害を抱えたオーウェンという男性を追っていく。実在の人物を追ったものだが、通常のドキュメンタリーとはかなり異なる仕上がりになっている。

オーウェンは3歳の頃から、急速に言葉を失い、家族と一切のコミュニケーションを取らなくなってしまった。しかし数年後、彼がたまに発する言語が実はディズニーのアニメーションで使われている台詞だったことに気づいた両親は、家族全員でディズニー作品を見まくり、そこで出てきた台詞を手がかりにオーウェンとの会話を手探りで試みるように。そう、オーウェンは現実世界を理解するためにディズニー・アニメーションというフィルターを通して様々なことを学んでいたのだ。

かくして、今や23歳となったオーウェンの過去は、写真や古いホームビデオを織り混ぜながら、イラストで紹介されていく。また、オーウェンは自分でディズニー・アニメーションの脇役達が集まる国を舞台にした物語を書いていて、その心象風景ともいうべきシーンは彼が描いた脇役キャラのイラストと共にアニメーション化されている。だから現実世界を綴るドキュメンタリーとは違い、彼の心の中をも立体化させ、彼が体験しているであろう世界観がより胸に迫ってくる。

そして23歳の彼が独り立ちしようと頑張る姿を通して、どんな人でも将来に対する不安はあるものだし、誰にも必ず不公平な出来事は起こり、それでも負けないで生きていこうという姿勢こそが大事であると、観る者は感じることだろう。

できればこの映画は大人に差し掛かっている高校生達に見ていただきたい。きっとこの作品を通して、人は一人の力で生きているのではなく、色んな人達の愛情に支えられ、それをバネに力強く生きていることを実感できるだろうから。オーウェンがディズニー・アニメーションを土台にしたように、この作品を土台に強く生きることの素晴らしさを考えてもらえたらと思う。

監督:ロジャー・ロス・ウィリアムズ/出演:オーウェン・サスカインド、ロン・サスカインド、コーネリア・サスカインド、ウォルト・サスカインドほか
© 2016 A&E Television Networks, LLC. All Rights Reserved.

文:横森文  ※写真・文の無断使用を禁じます。

横森 文(よこもり あや)

映画ライター&役者

中学生の頃から映画が大好きになり、休日はひたすら名画座に通い、2本立てなどで映画を見まくっていた。以来、どこかで映画に関わっていたいと思うようになり、いつの間にか映画ライターに。『スクリーン』、『DVD&ブルーレイでーた』、『キネマ旬報』など多数の雑誌に寄稿している。 一方で役者業にも手を染め、主に小劇場で活躍中。“トツゲキ倶楽部”という作・演出を兼ねるユニットを2006年からスタートさせた。
役者としては『Shall we ダンス?』、『スペーストラベラーズ』、『それでもボクはやってない』、『東京家族』等に出演。

2022年4月より、目黒学園で戯曲教室やライター講座を展開。

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