2003.07.15
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【教材大研究特別編】ユニバーサルデザインを学んでみよう!!

ユニバーサルデザインは、アメリカのロナルド・メイスが提唱したことから広まったもので、その定義はISOガイド71によれば、「特別な改造や特殊な設計をせずに、すべての人が、可能なかぎり最大限まで利用できるように配慮された、製品や環境のデザイン」となっている。このユニバーサルデザインという言葉を、耳にする機会は増えたが、実際にどのようなものか理解している人は多くない。今回は身近にあるユニバーサルデザインを取り入れた製品の数々を紹介する。

  • 「手すりや背もたれが付いている 『男女別多目的トイレ』 株式会社 イトーヨーカ堂

    「手すりや背もたれが付いている 『男女別多目的トイレ』 株式会社 イトーヨーカ堂

きざみで区別できるシャンプー&リンス

誰もが安心して使えるものを目指して

今では当たり前になったシャンプーボトルの側面についているきざみ。識別しやすいよう凸の高さや間隔も計算されている

今では当たり前になったシャンプーボトルの側面についているきざみ。識別しやすいよう凸の高さや間隔も計算されている

花王株式会社

普段、何気なく使っているので、なかなか気付かないが、身の回りの日用品には、誰もが安心して使えるための工夫が、いたるところに組み込まれている。その一例として、シャンプーの容器の側面を触ってみると、きざみがあるのが分かるが、同じ容器でもリンスの方にはきざみが無い。これは、触っただけで、どちらか分かるための工夫。今では、どのシャンプーにもきざみがついているが、最初にこうした工夫を行ったのが花王だった。

「花王の製品は、生活必需品に近いもので、子供からお年よりまで誰でも使うものです。つまりユニバーサルデザインを考慮する以前に、誰もが使いやすいものを作るということが大前提としてありました」と社会関連グループの嶋田実名子氏は、その開発の背景を語る。

歯磨き粉も片手で開けられるための工夫が

歯磨き粉も片手で開けられるための工夫が

花王の消費者相談部門には、毎年何件かのシャンプーとリンスを間違えたとの声が寄せられていた。そこで盲学校でどのように識別しているか調査したところ、どちらかの容器に輪ゴムを付けて区別している等様々な工夫をしていることがわかった。その時の調査をきっかけに、容器の側面にきざみが付けられた。さらに、他社との基準がバラバラでは消費者が混乱するのではとの考えから、日本化粧品工業連合会を通じて、シャンプーのきざみが業界で統一されるように働きかけていったという。

花王が1995年にユニバーサルデザイン推進のために制定した容器・包装/道具の開発指針(チェックポイント)は、「わかりやすさ」、「使いやすさ」、「安全性・安定性」の3点。計量入らずで洗濯槽に袋ごと入れられる洗剤「アタックシートタイプ」や、容器を押すだけで片手で計量できるホームクリーニング洗剤「エマール」などは「わかりやすさ」を考慮した製品。「使いやすさ」を考慮したものでは、片手で軽く押すだけで開けられる「メリーズおしりふき」、お年寄りや障害者など誰でもが手軽に掃除ができる「クイックルワイパー」などがあげられる。「安全性・安定性」の面から見てみると、住居用洗剤は、残りの量が少なくなっても倒れにくいように安定した形になっている。

片手で計量できる洗剤のボトル。キャップにはわかりやすいように目盛りが印字されている

片手で計量できる洗剤のボトル。キャップにはわかりやすいように目盛りが印字されている

「それ以外にも、目の不自由な方が似ている製品の区別が付けられるように、点字シールを作って希望者に無料で配布しています。使いやすさの配慮は、1社が行えば他社にも広がりますし、そのことで消費者にとって使いやすいものが増えれば良いと考えています」と、嶋田氏は日用品業界全体の意識の高まりを呼びかける。

点字シールが付けられる『おしゃべりあいうえお』

目や耳が不自由でも一緒に遊べる工夫を

うさぎマーク、盲導犬マークがついたおもちゃ

うさぎマーク、盲導犬マークがついたおもちゃ

株式会社トミー

玩具は子どもが扱うものだけに、安全性に関して細心の注意をはらう必要がある。その上で、目や耳の不自由な子どもにも楽しめるものにするための研究が進められている。

 「おしゃべりあいうえお」は、指で押した文字を声で教えてくれる幼児用の玩具。この「おしゃべりあいうえお」で、目の不自由な子どもが遊べるように、希望者に対して板面に貼る点字シールの無料配布を行っている。社会環境チームの高橋玲子氏によれば、こうした工夫は目や耳が不自由な子ども向けに限ったものではなく、障害のある親が、子どものおもちゃを見てあげるためのものでもあるという。さらに、「おしゃべりあいうえお」には、電源スイッチのONの方に突起を付けることで、触っただけで区別できるといった工夫もなされている。また、ハンディカラオケのような製品になると、電源スイッチのONとOFFの音を変えることで、どういう状態かを確認できるようになっている。

スイッチが入ったかどうか触って確認できる

スイッチが入ったかどうか触って確認できる

誰もが遊べるおもちゃを普及するため、ユニバーサルデザインに取り組むのは、玩具業界全体の流れでもある。社団法人日本玩具協会では、一般向けに販売されるおもちゃの中で、目や耳の不自由な子どもにも十分に楽しめるおもちゃに対して「共遊玩具」という名称を与え、目の不自由な子どもが、音や手触り等で確認して遊べるおもちゃには「盲導犬マーク」、耳の不自由な子どもが視覚や体感等を通して楽しめるおもちゃには「うさぎマーク」を表示している。トミーでも「おしゃべりあいうえお」のような製品には盲導犬マークが、掃除機のおもちゃ「ファンファンタイム パックンクリーナー」のように、作動時にキラキラパーツがはねて、耳の不自由な子どもにも動きが伝わって楽しいおもちゃには、うさぎマークがつけられている。
対象製品の外箱にマークがついている

対象製品の外箱にマークがついている

「目や耳の不自由な子どもにも楽しめるおもちゃを目指す工夫は、どんな子どもにも安心して遊べるおもちゃを生み出すことにつながります」と語る高橋氏。社会環境チームは、共遊玩具の通信誌「げんき」の発行や、目の不自由な子どもに向けたカセットテープの製品カタログの無料配布などを通じて、より多くの子どもが、支障無く遊べるおもちゃの普及につとめている。

2色に色分けされた『アルミ製なかよしひなだん』

対応製品にUDマークを認定

開発段階からUDを意識した『アルミ製なかよしひなだん』

開発段階からUDを意識した『アルミ製なかよしひなだん』

株式会社内田洋行

教室を少し見まわしただけでも、ユニバーサルデザインに配慮した教材や教具を見付けることができる。教育現場で使われるものだからこそ、誰でもが使えるものであるべきというのが内田洋行の考え。同社の開発調達事業部では、ユニバーサルデザイン・プロジェクトチームを設けて、自社製品がユニバーサルデザインを考慮したものであるかどうかのチェックを行った。

「まず、ユニバーサルデザインに適しているかどうかの判定を行うために、11種類の配慮すべきポイントを設けました」とプロジェクトチームの寺田幸弘氏は語る。その11のポイントとは、「視覚障害配慮」「聴覚障害配慮」「車椅子配慮」「左手操作」「少ない力・片手操作」「体格・姿勢配慮」「妊産婦配慮」「外国人配慮」「衛生・アレルギー配慮」「子どもの安全」「学習支援」。このチェックポイントを基準に、鴨志田デザイン事務所所長の鴨志田厚子氏監修のもと審査を行った結果、柔らかい素材で作られている「セーフティ跳び箱」、先端が丸くなっている「生活科ほうちょう」など、568点中313点の製品にUDマークが認定された。

上から見ても段が識別しやすい工夫が

上から見ても段が識別しやすい工夫が

こうして認定された製品の中でも、「アルミ製なかよしひなだん」は、最初からユニバーサルデザイン対応の製品を作ろうという意図から開発されたものだという。発表会や記念撮影の際に、子どもが立つために使われるものだが、使用対象が幼稚園から小学校低学年ということで、通常のひな段より低く設定されている。また、2段目の色を1段目や3段目の色と変えることで、上から見下ろした場合でも、各段の端がはっきりと分かるようになっている。

 また、ユニバーサルデザインを学ぶための教材に関しては、「学習支援」という観点からUDマークが認定されている。重りなどを身に付けて高齢者や障害者の日常を擬似体験するセットや、ユニバーサルデザインを取り入れた市販製品を一まとめにして先生用の指導書を付けた「ユニバーサルデザイン教材セット」などを教育現場に提供している。
UDを取り入れた製品を集めた教材。指導書がついている

UDを取り入れた製品を集めた教材。指導書がついている

「製品開発にあたって、まずは高齢者や視覚障害者の方のユーザー特性を知る必要があります。どれぐらいの高さが必要か、動かすのにどれだけの力が必要か、どれだけ文字を大きくしたら良いかなどを、開発者が考慮することで、より多くの人が使いやすい製品が生み出されることにつながります」と寺田氏は説明している。

株式会社内田洋行

片手で開けられるノートパソコン『ThinkPad』

ガイドラインを作り漏れの無い配慮

UDマトリックスに基づいて開発された『ThinkPad T40』

UDマトリックスに基づいて開発された『ThinkPad T40』

日本アイ・ビー・エム株式会社

インターネットの普及で、パソコンは誰でもが使うものとなり、ユニバーサルデザインを視野に入れた製品開発の重要性が増した。「それまでは直感的に問題点を捉えていましたが、それでは漏れがあるということで、UDマトリックスを作って、ユーザーごとにどのような問題があるかを分析するようにしました」と、ユーザーエクスペリエンス・デザインセンターの山崎和彦氏は語る。

 まず、ノートブックパソコンの対象ユーザーを「パソコンの初心者」、「パソコンの経験者」、「他言語の人」、「高齢者」、「下肢に障害のある人」、「上肢に障害のある人」、「視覚に障害のある人」、「聴覚に障害のある人」といったユーザーグループに想定。それから、「ディスプレイを開ける」から「ディスプレイを閉じる」までの一連の流れをユーザータスクとして整理し、これをユーザーグループにあてはめて、それぞれの問題点を探っていく。

片手で開閉できるラッチ(上)、正面の電源スイッチ(下)

片手で開閉できるラッチ(上)、正面の電源スイッチ(下)

そうした観点から生み出されたノートブックパソコン「ThinkPad」には、細部にいたるまで、ユーザーへの配慮がなされている。「ThinkPad」には、2つのラッチが付いているが、片手での操作でも問題無いように、片方ずつラッチ操作で開けられるように作られた。これが、最新の「ThinkPad T40」になると、1つのレバーで2つのラッチを動かせるので、より便利なものとなっている。

 また、電源スイッチも、以前は本体の側面に付いていたが、上肢に障害を持つ人の場合、電源を入れるのが困難ということで、正面中央に移動させた。これにより、そうした障害を持つ人だけでなく、高齢者やパソコン初心者も電源スイッチの場所が、すぐ分かるようになったという。さらに、カーソルキーは、他のキーを押したときに接触しないように凸型になっているが、それだとマウススティック(口に咥えてタイピングする棒)で操作した際に滑ってしまうという問題があった。それを解決するために、カーソルキーの上部先端に小さな出っ張りを付けて、マウススティックが滑るのを防止した。
わかりやすいカーソルキー(上)、3つの使用感から選べるトラックポイント(下)

わかりやすいカーソルキー(上)、3つの使用感から選べるトラックポイント(下)

IBMでは、障害を持つ人が容易にパソコンを利用したり、情報社会に参加することができるような環境づくりとなる社会貢献を重要な企業使命の一つとして捉えている。日本のIBM東京基礎研究所内にも、「アクセシビリティ・センター」を配置し、障害者の方のパソコン導入を支援している。ここでの、サポートのノウハウが製品開発に反映され、障害者の方に実際にパソコンを使ってもらうことで、問題点が探られていく。

手すりや背もたれが付いている『男女別多目的トイレ』

安心して買い物が出来る店舗設計

普段なじみのある店内各所に工夫が隠されている

普段なじみのある店内各所に工夫が隠されている

株式会社イトーヨーカ堂

玩具や教材など、手に取れるものだけがユニバーサルデザインに関係しているとは限らない。大型店舗のイトーヨーカドーは店内のいたる所に、誰でもが買い物を楽しむことができる工夫が凝らされている。

イトーヨーカドーのモットーは「お客様の立場にたった店づくり」。その言葉通りに1991年からバリアフリーの考えを取り入れた店舗づくりに取組んできた。そのため2000年11月にオープンしたイトーヨーカドー木場店の店舗施設にも、ユニバーサルデザインの考えが取り入れられており、店内の階段は、ピンク系とグリーン系で交互に色分けされ、段差の識別がしやすくなっている。蹴上げの部分も床面と違う色にすることで見分けられるようになっている。さらに、その脇に付いている手すりは、高い手すりの下に低い手すりが付くという身長差を配慮した2段構造。手すりのはしは、衣服を引っかけないように、壁面に接続した形となっている。

館内すべての階段が色分けされている

館内すべての階段が色分けされている

衣料品のコーナーでは、婦人服売場と紳士服売場に1台ずつ「ゆったり試着室」があるのが見て取れる。通常の試着室とは異なり段差が無いのが特徴で、子ども連れや、高齢者、障害を持っている人でも使いやすいように、従来の2倍のスペースが設けられており、中に入ると腰掛けるためのベンチや、緊急の呼び出しボタンが設置されているのが分かる。

 トイレも普通のトイレとは別に、男女別多目的トイレを設けている。ドアはボタンを押すことで開閉し、開いたままの状態でも1分後には自動で閉まるようになっている。赤ちゃんのおむつを交換できるように、引き出し式の小さなベッドが備えられているほか、身体が不自由な状態でも用がたせるように、手すりや背もたれが付いている。さらに、トイレの回りにカーテンが付いているのは、介助者がそばにいる状態で、利用する際の配慮となっている。
誰にとっても使いやすいトイレ

誰にとっても使いやすいトイレ

また、各フロアに1台ずつ置かれている「ふれあい灯」は、何か困った時に押せば光と音楽で近くにいる店員を呼び出してくれる装置。子どもがいたずらで押すようなことも考えられるが、その時に「ふれあい灯」が設置されている目的を説明すれば、バリアフリーへの理解を深めることにもつなげられる。

ユニバーサルデザインは、今回紹介したもの以外にも、様々な分野で取り入れられているが、決して大がかりなものとは限らない。製品の一部に突起を付けたり、きざみを入れたりするなど、ちょっとした配慮で、特定の人だけでなく、より多くの人に使いやすいものに生まれ変わる。あまりにも細かく何気ない工夫なので、気付かないことも多いが、そうした部分に目を向けることで、多くの人が暮らしやすい環境とは何かが見えてくるだろう。

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