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教育インタビュー

2021.03.08
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阿部 泰尚 いじめを本気でなくすために、私たち大人がすべきこと(後編)

早期発見と予防教育

「いじめ探偵」としてこれまで6,000件超の相談を無償で引き受け、実態調査を行った400件以上の案件を解決に導いてきた阿部泰尚氏。「いじめは必ず起きることを前提に、どうしたら起こさずにいられるのか、また起きてしまったときにどう対処するのかを考えるのが、私たち大人の役割」だと語る阿部氏に、いじめの対処法や予防教育について伺った。

子どもたちの自主性に重きをおいた予防教育のすすめ

学びの場.com 

「いじめは必ず起きる」ということですが、できるだけいじめの発生を防ぐことはできないのでしょうか。

阿部

いじめが100%起きない環境をつくるのは難しいでしょう。大事なことは、予防教育に取り組みながら「芽が小さいうちに摘み取ること」です。病気と一緒で手遅れになる前に早期発見できれば、被害生徒も立ち直りやすくなります。適応障害や不登校になってしまってからでは、すぐには復帰できません。

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予防教育におけるポイントはありますか。

阿部

独自の「いじめ防止教育」によって理想的な教育環境となった東京都足立区立辰沼小学校の事例を参考にしていただきたいです。この小学校には、子どもたちの半数以上が任意で参加している「辰沼キッズレスキュー」という「いじめ防止」の集まりがあります。所属している子どもたちは、いじめについて正しく認識した上で、いじめを発見したら決められた先生に伝えるなど、いじめ防止に向けた取り組みを行っています。

辰沼小学校の特筆すべき点は、「子どもたちの主体性」に重きをおいて予防教育を行っている点にあります。教員をはじめとする大人たちが、子どもたちの主体性を大切にしつつ、間違った方向に行かないように適宜サポートと軌道修正をしていけば、子どもたちは何よりも心強い「いじめの防止者」になります。

これまでのいじめ対策は大人の気づきを前提にしていました。けれども、いじめは大人からは見えないことが少なくありません。教員が気付けるのは1割くらいでしょう。いじめをより早く発見するためにも、子どもがいじめの予防に取り組むとともに、子どもたちからの情報がすぐに大人に届く仕組みを作ることが大事だと考えます。

いじめが起きてしまった場合の対処法

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学校でいじめが起きたとき、最初に対応しなければならないのは担任の先生だと思います。担任の先生がいじめを見過ごさないためには、どのような点に着目してアンテナを張ればよいでしょうか。

阿部

生徒一人ひとりの「以前との差」に着目してほしいです。いままでの経験上、加害生徒はいじめの前後であまり変化が見られないのですが、被害生徒にはなんらかの変化が生じることが多かったです。一番わかりやすいのが成績です。私の見たかぎりでは、被害生徒のほぼ全員の成績が極端に下がっていました。ひとりになった時に悔しさや悲しさがこみあげてきて、勉強に集中できなくなるからだと思います。

ほかにも、明るかった子が暗くなったり、訴えかけるような目線で先生のほうをじっと見つめるなど、被害生徒はなんらかのサインを出していることが多々あるので、先生方にはそれらを見逃さないでほしいです。学級担任でない子の情報も共有できるといいですね。

また最近のいじめでは、加害者に当たる生徒は成績が良かったり、部活で活躍していたりと優秀な子が多い傾向があります。無理して頑張っていて、頑張っていないように見える子をストレスの捌け口にしてしまうことがあります。加害生徒が優秀な生徒だと、担任の先生としてはつい「あの子はいい子だからいじめなんてするはずがない」と思いがちですが、バイアスを一旦外して実態を見ようとしてほしいです。

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被害生徒の何らかのサインに気づいた後は、どのように対処すればよいのでしょうか。

阿部

被害生徒が自分からいじめについて話してくるのは稀で、周囲の大人に隠しきれなくなってからいじめの事実が発覚することがほとんどです。中には、先生や保護者がいじめについて問いかけても、なかなか話そうとしない子もいます。その場合は、「先生はいじめがあることをすでに知っている」という体で話すのもひとつの手です。また、本人ではなく、周りの子たちに聞き取りをするなどの方法もあります。

また傾向として、被害生徒が最初に話すいじめの被害は過小報告であることがほとんどであり、それよりも1.5倍から2倍ほど深刻な被害が隠れていることが多いです。そのことを考慮した上で、いじめの現場でどんなことが起きているのかを想像しながら、被害生徒と深くコミュニケーションを取っていく必要があります。

先生方にはぜひ、「被害生徒を必ず守る」という気概をもっていじめに向き合ってほしいです。一緒に泣いたり、考えたりするだけでもいい。自分が守ってもらえているのだと感じた子どもたちは、それだけで精神的苦痛が和らぐことがあります。

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加害生徒とはどのように向き合えば良いのでしょうか?

阿部

加害生徒は最初、いじめていた事実をなかなか認めようとしないケースが多いです。ですが、先生や保護者に叱られる中で「本当に悪いことをしたんだ」と腑に落ちた瞬間、表情や目つきが少し変わります。まだ子どもなので、被害生徒の気持ちを具体的に想像できていなかったという場合もあります。

心で反省していても、なかなか謝罪の言葉を口に出せない子どももいます。私はいつも言うのは「言葉だけだったら何とでも言えるし、腹のなかで『ごめんね』と思っているだけでも相手には伝わらない」ということです。本当に申し訳なく思っているなら、被害生徒に謝罪の言葉を口に出し、頭を下げるといった実際の行動に移す必要があると伝えましょう。

反省や謝罪の機会を与えることは、加害生徒の成長にとって非常に大切なことです。悪いことをしても反省や謝罪の機会に恵まれないまま成長してしまうことは、加害生徒の人生を歪めてしまうことに他なりません。ぜひ先生や保護者には、加害生徒にも気づきの機会を与え、正しい方向に導いていただきたいです。高校であれば、停学処分も検討すべきでしょう。

大人が変わらなければ、子どもの問題は決して解決しない

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我が子がいじめに巻き込まれないか心配している保護者の方も多いと思います。自分の子どもをいじめの被害者にも加害者にもしないための提言はありますか。

阿部

ほとんどの親がいじめについて考えるとき、我が子が被害者になることを恐れます。しかし、いじめのほとんどが集団で行われることを考えると、ひとりの被害生徒の背景には数人から数十人の加害者がいることになります。つまり、我が子が被害者になるよりも、加害者になる可能性のほうが高いのです。ぜひ一度、自分の子どもが加害者になった場合のリスクを考えてほしいと思います。

万が一子どもが加害者になってしまったら「自分の育て方が悪かったのか」と思い悩むでしょう。しかし、いじめはどこの学校でも起こるし、誰でも加害者になりえます。まずはフラットな気持ちで子どもを観察し、しっかりとコミュニケーションを取って子どもと向き合ってほしいです。

「子どもが何に興味があって、誰と仲がよくて、どんな不満を抱いているのか」といった質問に答えられない場合は、充分にコミュニケーションが取れていない可能性が高いです。現代人は忙しく、家のなかにいてもスマートフォンで連絡が来るので、つい家族とのコミュニケーションを置き去りにしがちです。しかし、子どもともっと向き合い、興味を示してあげてほしいと思います。親の関心を引こうと悪いことをはじめてしまったという子もいます。

大人が社会でストレスを感じているように、子どももストレスを感じており、それを解消できるのが家族とのコミュニケーションであったり対話であったりします。学校で嫌なことがあっても、家族に話すことで解消できることもあります。ぜひ夕食の時など、子どもと面と向かって話せる時間を有効に使ってほしいです。

スマートフォンの使い方についても一度考えてみてほしいです。現代のいじめには、SNSがほぼ絡んでいるという実情があります。子どもたちはグループLINEや鍵付きのtwitter、Instagramのストーリー機能などを使い、仲間内にしかわからないような書き方で被害生徒を誹謗中傷します。見せたい人に見せたら消してしまうので、証拠が残りづらいのがSNSを使ったいじめの厄介なところです。

我が子を「スマホを使ったいじめ」の被害者にも加害者にもさせないためには、親の管理の下でスマホを持たせることが大事です。未成年である以上、スマホを「与える」のではなく、あくまで所有者である保護者から、毎日朝○時~夜○時まで「借す」という形にします。そして、借り物である以上、「親が要求した時にはいつでもSNSでのやり取りを見せてもらう」ことをルール化するのをおすすめします。

学びの場.com

最後に、教育関係者や保護者に向けてメッセージをお願いします。

阿部

いじめを含む少年犯罪のニュースを見て、「いまの子たちは異常だ。モンスターなんじゃないか」と思っている方は多いと思います。しかし、子どもの問題はすべて、大人の社会の問題がそのまま反映されているだけだということを忘れてはいけません。子どもたちがモンスターになっているなら、それは社会全体がモンスター化しているということです。大人が変わらなければ、子どもの問題は決して解決しません。ぜひ一人ひとりが当事者意識を持ち、子どもの言動はすべて自分の姿の鏡であるという自覚を持ってほしいと思います。

学びの場.com

――ありがとうございました。

阿部 泰尚(あべ ひろたか)

1977年、東京都中央区生まれ、東海大学卒業。2004年に、日本で初めて探偵として子どもの「いじめ調査」を行ない、当時ではまだ導入されていなかった「ICレコーダーで証拠を取る」など、革新的な方法を投入していき、解決に導く。それ以来、400件を超えるいじめ案件に携わり、NHK「クローズアップ現代」をはじめ日本テレビ、テレビ朝日、TBSラジオ、朝日新聞、産経新聞他多くのメディアから「いじめ問題」に関する取材を受け、積極的に発言をし続けている。
著書に『いじめと探偵』(幻冬舎新書)、『保護者のための いじめ解決の教科書 』(集英社新書) 、『いじめを本気でなくすには』(角川書店)などがある。日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー、国内唯一の長期探偵専門教育を実施するT.I.U.探偵養成学校の主任講師・校長も務めている。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

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