教育トレンド

教育インタビュー

2021.03.08
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

阿部 泰尚 いじめを本気でなくすために、私たち大人がすべきこと(前編)

いじめの定義を知っていますか

いじめが社会問題となり、2013 年には「いじめ防止対策推進法」が制定された。にもかかわらず、いじめは一向に減る気配がなく、SNSの普及によってより悪質化しているという側面もある。
探偵として、いじめに関する6,000件超の相談を無償で引き受け、実態調査を行った400件以上の案件を解決に導いてきた阿部泰尚氏に、いじめを本気でなくすために私たち大人にできることとは何なのかを伺った。

本来、いじめ問題に探偵の出番はない

学びの場.com

探偵である阿部さんが、いじめ問題に取り組むことになったのはなぜですか。

阿部泰尚(敬称略 以下、阿部)

2004年、一人の保護者から、いじめにまつわる子どもの素行調査を依頼されました。当時はまだ、探偵業者の調査項目のなかに「いじめ」がなかったので、未成年者に対して探偵行為を行うことに違和感がありました。しかし、調査を進めるうちに、被害を受けている子どもが「いじめ」という言葉ではおさまらないほどの犯罪行為に直面していることがわかり、考えが変わりました。

以来、いじめをはじめとする子どもたちの諸問題に携わることが増えました。調査料で二の足を踏んでほしくないという思いから、2015年にはNPO法人ユース・ガーディアンを立ち上げ、いじめや被害者のケア、啓発予防教育などに無償で取り組んでいます。

学びの場.com

阿部さんのところに相談に来る方には、どのような特徴がありますか。

阿部

相談者の9割が被害生徒(児童の場合もありますが、生徒と表記します)の保護者、1割が被害生徒本人になります。被害生徒がいじめを訴えても「あと半年で卒業だし、様子を見ましょう」「加害生徒が誰かわからないので指導できない」「その程度でいじめというのは大袈裟だ」などと、学校が動いてくれず、いじめもおさまる気配がない場合に、私のところに相談にくることになります。学校側にいじめと認めてもらうために、被害生徒の保護者も証拠をそろえようとしますが、知識も技術もない素人の方が証拠をそろえるのは難しい。そこで探偵である私が調査を引き受けることになります。

いじめが起きたときに学校がきちんといじめとして対処していれば、本来私の出番はないはずです。しかし、私のところまでくる場合は事態が相当悪化しており、藁にもすがるような思いでやってくる方がほとんどです。被害生徒や保護者と学校、教育委員会との信頼関係が崩壊して、対話できない状況になってしまっているケースも少なくありません。

学びの場.com

いじめの調査はどのように行っているのでしょうか。

阿部

まずは、被害生徒や保護者から詳しく聞き取りをします。次に、協力してくれる友人から聞き取り調査を行うなど、いじめ解決に向けて証拠収集をはじめます。

ほとんどの学校は、証拠を提出したらいじめと認めて対処してくれます。しかし、「うちの校風では、この程度はいじめとは言わない」などと、中には証拠を出しても決して認めようとしない学校もあります。

教育現場の機能不全がいじめの二次被害を生む

学びの場.com

なぜ、教育現場ではいじめを認めたがらない風潮が強いのだと思いますか。

阿部

理由のひとつに減点主義があると思います。教育現場では「何をしたか」よりも「何を起こさなかった」かの方が重視される傾向があり、多くの学校や教育委員会は事なかれ主義に走ってしまいます。

また、いじめ対策をいくらやったところで、評価につながらないという問題もあります。いまの教育現場では、全国学力テストの点数やスポーツの成績といった分かりやすい成果が評価の対象となりやすく、いくらいじめを円満に解決に導いても評価につながらない。これでは、学校や先生方のいじめ対策への優先順位もおのずと下がってしまうでしょう。

以前私がかかわった案件で、学校が設置した「第三者委員会」が、タウンページ2冊分、GB(ギガバイト)数でいっても1TB(テラバイト)ほどの証拠があるにもかかわらず、「いじめは無かった」という結論を出したことがありました。第三者委員会の委員は本来、利害関係のない外部の人間がつとめるべきです。もっと言うなら、被害者側が推薦する委員を入れるべきでしょう。しかし、現在の制度では、一方の当事者である学校や教育委員会が人選し、謝金も支払うので、公平とは言えません。

勇気を出して声をあげた被害生徒を、大人たちがさらに傷つけるという二次被害の現実があります。学校や教育委員会は誰のためにあり、一番守るべき存在は何なのか。教育関係者には、教師を目指した頃の初心にかえって、そのことをもう一度問い直してほしいと切に願っています。

いじめは環境に関係なく必ず発生する

学びの場.com

いじめに対する意識が高く、きちんと対応したいと考えている先生も多くいらっしゃると思います。探偵という立場で先生方と関わる機会の多い阿部さんから、いじめを本気でなくすための提言はありますか。

阿部

まず、「どんな学校でもいじめは必ず起こる」という事実を知っていただきたいです。私が調査したかぎり、偏差値や私立公立、都市部や地方など関係なく、どんな学校でもいじめが起きています。学校が人の集団で成り立っているかぎり、いじめは環境に関係なく必ず発生するということです。

いじめは必ず発生するというのは、データから見ても明らかです。国立教育政策研究所の「いじめ追跡調査(2013〜2015)」によると、ほぼ9割の子がいじめの加害者もしくは被害者になった経験があるというデータが出ています。

先生方の中には「みんないい子幻想」が根強くあり、「うちの学校、クラスにかぎっていじめはない」と考えてしまいがちです。しかし、データに基づいて考えると、もし本当にクラスでいじめが起きていないなら、なにか特別なことをやっているはずなんです。そうでなければ、いじめを察知できていないだけだという可能性が高くなります。いじめは必ず起きることを前提に、どうしたら起こさずにいられるのか、また起きてしまったときにどう対処するのかを考えるのが、私たち大人の役割だと考えます。

「いじめ防止対策推進法」について学んでほしい

阿部

また、先生方や教育行政に携わる方たちには「いじめ防止対策推進法」についての知識をしっかりと持っていただきたいです。2013年に「いじめ防止対策推進法」が制定されたことで、いじめの定義が法律でしっかりと定められました。しかし、教育現場をはじめとする社会ではこの法律の認知度は低く、私は学校現場に行く度に「いじめ防止対策推進法」について一から説明しています。

学びの場.com

なぜ「いじめ防止対策推進法」が教育現場で浸透していないのだと思いますか。

阿部 

「いじめ防止対策推進法」におけるいじめの定義「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」が、あまりに広すぎると思われているからかもしれません。この法律の条文を読むかぎり、基本的には「被害児童が心身の苦痛を感じる行為があったか、なかったか」だけがいじめ認定の際に問われることになります。被害者の立場を第一に考えた、すばらしい条文だと思います。しかし、これではいじめの定義があまりに広すぎて、「あれもこれもいじめになってしまう」と思ってしまう先生もいるでしょう。

いじめの定義付けや、いじめだと判断する基準がわからないという先生にはぜひ、文部科学省や教育委員会が出している「いじめに関する事例集」を見ていただきたいです。そこには、裁判沙汰にまで発展したいじめの事例や、裁判の判例などが掲載されています。いじめ事例集を見ながら、「これはいじめにあたるんだ」「もし同じようないじめがクラスで起きたらどう対処しようかな」といったシミュレーションをするだけでも、なにかあった時に「いじめ防止対策推進法」に沿った対応をしようと考えられるようになるはずです。(後編に続く)

阿部 泰尚(あべ ひろたか)

1977年、東京都中央区生まれ、東海大学卒業。2004年に、日本で初めて探偵として子どもの「いじめ調査」を行ない、当時ではまだ導入されていなかった「ICレコーダーで証拠を取る」など、革新的な方法を投入していき、解決に導く。それ以来、400件を超えるいじめ案件に携わり、NHK「クローズアップ現代」をはじめ日本テレビ、テレビ朝日、TBSラジオ、朝日新聞、産経新聞他多くのメディアから「いじめ問題」に関する取材を受け、積極的に発言をし続けている。
著書に『いじめと探偵』(幻冬舎新書)、『保護者のための いじめ解決の教科書 』(集英社新書) 、『いじめを本気でなくすには』(角川書店)などがある。日本メンタルヘルス協会公認カウンセラー、国内唯一の長期探偵専門教育を実施するT.I.U.探偵養成学校の主任講師・校長も務めている。

取材・文・写真:学びの場.com編集部

※当記事のすべてのコンテンツ(文・画像等)の無断使用を禁じます。

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop