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教育インタビュー

2020.05.13
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松居大悟 不毛な時間もいっしょに過ごせるような友達を大切にしてほしい

映画「#ハンド全力」に込めたメッセージ

『♯ハンド全力』で鮮やかに今ドキの高校生男子の心境や、SNSに興じる子どもたちの姿をリアルに描き出した松居大悟監督。そんな監督から見た若者の様子や、またかつての自分の体験などから、今の子どもたちに起きている変化や導く上で大切なことについて語っていただいた。

SNSで頑張るふりをする、物語が生まれたキッカケ

学びの場.com「#ハンド全力」はどういう経緯で製作することになったのですか?

松居大悟熊本県とハンドボール協会から、ゆくゆくは東京オリンピックにも繋がるハンドボールを盛り上げてほしいというオーダーをいただいたのがキッカケです。くまもと復興映画祭に何度か参加していた縁もあり、自分は九州の人間(福岡県出身)だし、オリジナルで作れるという点から引き受けました。ただスポーツから縁遠い生活だったので、自分にはストレートにハンドボールを応援するとか、スポーツって素晴らしいというような映画は撮れない。それで頑張るのではなく、SNSで頑張るふりをするという内容を考えました。

学びの場.com監督もSNSはよく利用されていますか。

松居大悟めちゃくちゃ見ています。でも自分から発信するのは苦手ですね。言葉では描ききれない感情というものがあると思っていて、特に思春期の頃って自分でも整理しきれないような感情を持っている。なのにSNSではその気持ちを無理やり言葉で紡がないといけない。なんだか相反しているなと思いますね。

アナログとデジタルの境界線は、子どもたちには関係ない

学びの場.com学校などでもSNSは波紋を起こしています。

松居大悟とはいえ、抑えつけるのもどうなのかなと。僕らの時も授業中にiモードとかiアプリとかしていましたし。もっと前だとポケベルとかだったりすると思うんですけど。別に今の子どもたちもSNSだけに依存しているわけではなく、外でも遊んだりしていて。アナログとデジタルの境界線が、子どもたちには関係ない気がするんです。単純に面白いものは面白いと思うだけ。だから使いたいなら使いたい放題させたらいいと僕は思います。

学びの場.com制限されたら制限されたで、結局隠れてやっているでしょうしね。

松居大悟それに実際に何を見てるかってなった時に、例えばサッカー部の子がシュートをうまく打つ方法とかそういう動画を見ているならば、別にいいじゃないですか。うまくなろうと思って見ているんだから。スマホやipadで育っていない世代から見たら、『あれは悪魔だ』みたいなことになってしまうかもしれませんが、決して悪い面ばかりではない。使う側の問題ですよね

若者たちの心情を描く

学びの場.comしかし今回映画を拝見して改めて思いましたが、監督は今ドキの若者たちの心情を描くのが上手ですよね。若者を描くために監督がこだわっていることはありますか?

松居大悟今回に限らずですが、何に対してテンションが上がったり喜んだり落ち込んだりするんだろうと言うのには、そもそも興味はありました。昔は花火大会に行くことが嬉しかったけど、今は花火大会に行ったことをSNSに報告して『いいね』をもらうほうが嬉しいような。ちょっとずつ嬉しい基準とかがズレてきている。それが面白いです。じゃあそれはいつからズレてきたんだろうとか、そういうことに興味があるから意識的に見ている感じはあります。

学びの場.comその変化は何だと思いますか?

松居大悟コミュニケーションの仕方が変わっただけなのかな。感情の拠り所が変わってきているんだろうなと。ただその変化に関してはあまり気にしなくていいと僕は思います。

どんなものでもやっても意味がなく終わる可能性はある

学びの場.comこれは個人的な意見ですが、情熱がない子は増えてきている気がします。やっても無駄なことをやってどうするのと考えてしまうような。それこそ『♯ハンド全力』の主人公のマサオじゃないですけど。

松居大悟無駄になるならやっても意味がないと言った子でも、夢中になれるものはある気がするんですよ。そもそもどんなものでもやっても意味がなく終わる可能性はあるわけで。たまたま情熱が冷めてしまうのは自分が目指したものじゃなかったのかもしれないし。例えば笑える作品が作りたい、という人がいたとする。でもそれは誰かに面白いと言ってもらうのが好きなのかもしれない。あるいは本屋に自分の作品を並べてみたいと思う欲求が強いのかもしれない。そしてそれを小説のように自分で書くほうがいいのか、あるいは映画やアニメのように誰かと何か作ることに面白味を感じる子もいるかもしれない。さらに突き詰めれば、承認欲求を満たされればいいのかもしれないし。チヤホヤされたいとかモテたい気持ちが根っこにあるのかもしれない。

学びの場.comそうですね。自分でも気づいていない気持ちというのもあるかもしれないし。

松居大悟たまたま出会ったキッカケがあって、それを目指したくなったのかもしれないし。実は僕がそうなんですよ。もともと僕は漫画家になりたくて、でも漫画家になれなかったからいろいろやってみるうちに映画や演劇の世界に入っていった。

情熱を持って何か一つだけをやることが正しいとは思わない

学びの場.com最初に目指したのは漫画家でしたか!!

松居大悟中高生の時は漫画家になりたくて投稿もしてました。だけどなれなくて。でも漠然と何か面白い表現をしたいと思って、演劇をやってみたりお笑いの学校に行ったり、就職活動でテレビ局を受けたりいろいろやってみて。そうやって可能性を潰していった結果、なんだかんだで残ったのが演劇。そこから映画を撮らせてもらえるようになったんです。だから情熱を持って何か一つだけをやることが正しいとは思わないんですよ。

学びの場.com確か、監督は慶應義塾大学の出身ですよね。それも先程言われていたテレビ局に入りたいとか、そういう意向があって?

松居大悟いえ、もともと早稲田大学に行きたかったんです。高校の頃はド進学高校で医学部か国立じゃないとありえないと言うような学校でした。だから私立大学に行くヤツは負け組だと言うようなところで、僕はその中で最下位で。何の調子にも乗れず、早稲田にも全部落ちて、そのあとなんです、演劇を始めたのは。

1番目の夢はまだ諦めてはいません

学びの場.com紆余曲折ありましたね。

松居大悟だから今は意外な方向に進んでいると言う感じです。演劇も最初は人前に立って満たされたい、何かを表現したいと役者をしていたんですが、そのうちに役者って依頼をされないとできないことに気づき、だったら自分で書いて演出すれば出られると思って劇団を始めました。芸人になれなかった果てに演劇があって、諦めて潰していった過程に今があると言う感じなんです。

今も1番目の夢は叶ってないなと思いながらやってますね。だから逆に言うと映画とか演劇とかで評価はされたいけど、最悪これが駄目だったらまた探そうっていうのは正直あって。1番じゃないから演劇と映画は。漫画が1番なんで。だからのびのびできているのかもしれません。また映画や演劇は総合芸術だから、関わった人たちのアイディアを面白いと思って採用していっしょに作ることが自分には合っていたような気もするし。漫画家はまだ諦めてはいませんけど(笑)

不毛な時間もいっしょに過ごせるような友達を大切にしてほしい

学びの場.comでは最後にこれから夢を持って頑張ろうとしている若者に、何かアドバイスをいただけますでしょうか?

松居大悟友達を大切にしてほしいです。例えば役者をやりたいからワークショップ受けようとか、劇作家になりたいから学校行くとか。いろいろ方法はありますよね。でもそこで出会った先生たちが本当のことを言ってくれるとは限らない。そこには損得勘定が動いていたりするから。でも自分が信じた友達の意見は、お金とかじゃないし、友達だからお前これ向いているよとか、言ってくれる。不毛な時間も過ごせるような友達がいいなと思います。

それに今はYouTubeとかで何者かになりたい人は、いくらでも自分で発信できる時代。ってことは自分で台本作って自分でカメラをセッティングして自分でセリフを喋って自分で編集する。そこは広がっていったらいいんじゃないかなと思います。それによって台本に特化してったり編集に特化していったり広めることに特化していったりと、自分が何に合うか考える機会にもなるし。プロっぽいことが勉強すればできるようになってきている感じがする。逆に勘違いする人も増えてくるとは思うんですけど。

学びの場.com自分の力を過信してしまう可能性があるってことですね。

松居大悟芸能人にリプライ(返信)もできるし。でも勘違いしたら勘違いしたでいい気がします。どっかで違ったなぁとなったら仕方ないと仕切り直せばいいのだし。チャレンジする選択肢がすごく増えている今の状況が羨ましいなぁと思いますね。

記者の目

ご自分もすぐに好きなことを仕事にできたわけではなく、紆余曲折の末に今の映画監督という仕事についた監督。無駄を恐れてなかなか好きなことに全力を投じられない若者が増えた感があるが、監督の話を聞いて感じたことはまずはやりたい事になんでもいいから挑むことが大切だということ。そこから新たな道が開ける可能性があり、実際に劇中に登場する若者たちもそうだが、監督自身もそういう経緯を辿っている。人生には無駄はないということをこの映画を通して改めて感じさせられるだろう。また様々な価値観の変化に、敏感になっていかないとなかなか今の子どもたちの心情には肉迫できない。他人の物差しを持つのは大変だが、その努力は続けないと頭ごなしになんでも否定し、間違った指導をしかねない。そこを大切にしなければならないとも痛感した。

松居大悟(まつい だいご)

1985年11月2日生まれ。福岡県出身。慶應義塾大学に在学中、演劇サークル「創像工房 in front of.」に所属し、08年に劇団ゴジゲンを結成。07年から自主映画を発表。12年『アフロ田中』で商業映画監督としてデビュー。5月には初めての小説『またね家族』(講談社)も刊行予定。ナビゲーターを務めるJ-WAVE『JUMP OVER』は毎週木曜26時から放送中。

構成・文・写真:学びの場.com編集部

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