2021.12.01
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意外と知らない"非認知能力"(第1回) 幼児期に非認知能力を育てる環境

「非認知能力」という言葉を聞いたことはありますか。生涯を通じて学び、生活の質を高めるために必要な力として「非認知能力」に注目が集まっています。第1回では、非認知能力とはどのような力なのか、幼児期のどのような活動が影響を与えると考えられているのかを紹介します。

非認知能力とは?

非認知能力とはいったいどのような力のことなのでしょうか。

数がわかる、字が書ける、記憶する、推論するなどの数値で測れる「認知能力」以外の幅広い能力が「非認知能力」と呼ばれており、研究者によってさまざまな能力が定義されています。例えば以下のような、数値では測定するのが難しい、心の動きに関する能力のことを指します。

 「自尊心」:自分自身を基本的に価値あるものとする感覚、自分に価値を置いている程度
 「切り替え」:課題を柔軟に切り替える能力
 「自己効力感」:個人がある状況において必要な行動を効果的に遂行できる可能性の認知
 「忍耐力」:長い時間目標に向けて努力を続ける力、情熱
 「創造性」:オリジナリティと有用性を兼ね備えたものを生み出せる能力

この他にも「粘り強さ」「協調性」「計画性」「自制心」などさまざまな力が定義されています。非認知能力は「能力」と括られていますが、この個人の特性による能力すべてが「高ければよい」というものではないということに留意が必要です。例えば、自尊心が高すぎて自分の失敗を認めず人のせいにしてしまったり、自制心が強すぎて感情を伝えられなかったり、場合によっては負の影響が生じる可能性もあります。

2015年に出されたOECD(経済協力開発機構)ワーキングペーパーでは、学力やIQを意味する認知能力と対比される非認知能力を「社会情動的スキル」と定義しています。「社会情動的スキル」は、目標の達成、他者との協働、情動の制御に関わるスキルとして、下の図のように主な機能とスキルが分類されています。

非認知能力が注目されたきっかけ

教育経済学の研究者ジェームズ・ヘックマンが、2000年にノーベル経済学賞を受賞したことをきっかけに、その代表的な研究「ペリー就学前プロジェクト」が注目されました。これは、アメリカのミシガン州で1962年から1967年の間に行われた社会的調査です。本調査は、経済的余裕がなく幼児教育を受けることができない貧困世帯の3~4歳の子ども123人を対象に行われました。この約半数の子どもが、週3回、1日3時間の就学前教育プログラムに2年間通い、さらに週に一度、教員による家庭訪問も受けました。

指導内容や方法は、以下の通りです。

  • 子どもの年齢・能力に応じて調整され、非認知的特質を育てることに重点を置いて、子どもの自発性を大切にする活動を行う。
  • 教員は、子どもが自分で考えた遊びを実践させ、毎日復習するように促す。
  • 復習は集団で行うことで、子どもに社会的スキルを教える。

その後40年間、就学前教育プログラムを受けた子どもと受けなかった子どもの人生に変化が起きるのか追跡調査を行ったところ、就学前教育プログラムを受けた子どもは、受けなかった子どもに比べて「学歴が高い」「収入が多い」「持ち家率が高い」などの差が見られたそうです。

このような結果になった理由は、就学前教育プログラムで教育を受けて認知能力/IQが上がったからなのでしょうか。そう思われた方もいるかもしれません。しかし子どものIQを調べると、4~5歳では差が大きいですが、10歳頃には就学前教育プログラムを受けた子どもと受けなかった子どものIQの差は、ほとんどなくなったことが分かりました。

ジェームズ・ヘックマンは、子どもが就学前教育プログラムを受けてIQを伸ばしたためではなく、粘り強さや自制心などの非認知能力を身につけたことが影響し、大人になってもより幸せでいられるのではないかと考えました。

この研究から、幼児期の教育が子どもに影響を与える可能性があることが分かりました。幼児期には認知能力だけでなく非認知能力を幅広く身に付け、自分で考える力や粘り強さを身につけることが、子どもの成長にとって大切なことであると考えられます。気持ちをコントロールできたり、人とうまく関われたりする子どもは、将来社会を生き抜く力を持つ可能性が高いのではないでしょうか。

幼児期に非認知能力を育てる環境

子どもが高い非認知能力を身に付けるためには、幼児期に取り組むのが最も効果が得られやすいと言われています。その理由は、子どもが非認知能力を伸ばすことができるような活動を取り入れやすいことと、幼児期は多くのことを吸収する力が特に高いということが挙げられます。

シカゴ大学の人体学者スキャモンの研究によると、6歳までに人間の脳の約90%が構築されると示されています。特に幼児期には、脳(神経系)が急成長することが明らかになっています。この結果から、非認知能力を身につけるためにも、幼児期に多くの経験を積み、脳に刺激を与えることが大切と言われています。

白梅学園大学子ども学研究科の無藤隆名誉教授は、幼児期に非認知能力を伸ばす環境づくりとして、以下の4点の活動が大切であると示しています。

  • 協同的な活動を行う
  • 子どもがおもしろいと感じたり、関わったりしたくなる素材をふんだんに用意する
  • 保育者が対話を通して、子どもの発想を豊かにしたり考えを深めたりする活動を行う
  • 小学校とのつながりを意識する

保護者向けに、非認知能力(社会情動的スキル)を育むためのリーフレットを作成している自治体もあります。大阪府教育委員会が作成したリーフレット「乳幼児期に育みたい!未来に向かう力」には、「未来に向かう力」として「目標に向かって頑張る力」「人と関わる力」「気持ちをコントロールする力」の3つが掲げられており、乳幼児期(0~2歳ごろ)から幼児期(3~5歳ごろ)に未来に向かう力を育む活動についてまとめられています。

幼児教育での取組

2017年3月に告示された学習指導要領では、非認知能力を強化するプログラムが導入され、例えば「生きる力」や「学びに向かう力」など、さまざまな非認知能力の育成が謳われています。変化が激しく予測がしにくい未来社会で、解決が難しい問題に立ち向かうための力「生きる力」の構成要素として、「豊かな人間性(自律心、協調性、思いやりの心など)」が設定されており、非認知能力が重視されていることが分かります。

また、新学習指導要領では、育成すべき資質・能力を「学びに向かう力・人間性等」「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」の3つの柱に整理しています。この、学んだことを人生や社会と結びつけて深く理解し、人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」が非認知能力に当たるものです。

2018年度から実施されている幼稚園教育要項では、非認知能力に当たる「学びに向かう力、人間性等」を次のように位置づけています。

幼稚園においては,生きる力の基礎を育むため,この章の第1に示す幼稚園教育の基本を踏まえ,次に掲げる資質・能力を一体的に育むよう努めるものとする。

(1) 豊かな体験を通じて,感じたり,気付いたり,分かったり,できるようになったりする「知識及び技能の基礎」

(2) 気付いたことや,できるようになったことなどを使い,考えたり,試したり,工夫したり,表現したりする「思考力,判断力,表現力等の基礎」

(3) 心情,意欲,態度が育つ中で,よりよい生活を営もうとする「学びに向かう力,人間性等」

加えて、幼稚園教育要項には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」として10の例が記載されています。

  1. 健康な心と体
  2. 自立心
  3. 協同性
  4. 道徳性・規範意識の芽生え
  5. 社会生活とのかかわり
  6. 思考力の芽生え
  7. 自然との関わり・生命尊重
  8. 数量や図形,標識や文字などへの関心・感覚
  9. 言葉による伝え合い
  10. 豊かな感性と表現

このうち、非認知能力と関連が深いと思われる「2.自立心」「3.協同性」「4.道徳性・規範意識の芽生え」「5.社会生活とのかかわり」について、具体的な活動例を見てみましょう。

『幼稚園教育要領解説』より引用
  • 自律心
    例えば,生き物の世話などの当番の日は,片付けを早めに済ませて当番活動をするなど,自分がしなければならないことを自覚して行動するようになる。
    「自分もこまをうまく回したい」と思うと,始めはうまくいかなくても諦めずに繰り返し挑戦するようになる。その過程では,友達がこまにひもを巻く様子を見たりうまく回すやり方を聞いたりして,考え工夫して何度も取り組んだり,教師や友達からの応援や頑張りを認められることを支えにしたりして,できるまで続けることにより達成感を味わう。幼児はそこで得た自信を基に,大きな板で坂道をつくって回しながら滑らせたりするなど,更に自分で課題を設定しもっと難しいことに挑戦していく。こうしたことを教師や友達から認められることで意欲をもち,自信を確かなものにしていく。
  • 協同性
    例えば,修了式が間近になり,幼児から年下の幼児やお世話になった人を招いて楽しい会をしたいという意見が出されると,学級の皆で活動するよい機会なので教師も積極的に参加して,どんな会にするか皆で相談したりする。幼児は,それまでの誕生会などの体験を思い出しながら,いつどこで何をしようか,来てくれた人が喜んでくれるために飾り付けやお土産はどうするか,会のお知らせをどうするか,会の進行はどう分担するかなど,必要なことを教師や友達と話し合い,互いの得意なことを生かすなど工夫して楽しみながら進め,やり遂げた充実感を味わうことができるだろう。
  • 道徳性・規範意識の芽生え
    例えば,大勢でルールのある遊びを楽しんでいる中で,ルールを守っていても負け続けることに不満を感じた幼児が,気持ちが高じて相手を叩いたことからけんかになり,ゲームが中断する。参加している幼児が集まってきて,それぞれの言い分を聞いている。「負けてばっかりだといやだよね」「だけど,たたいたらだめだよ。今のは痛かったと思うよ」「そっちのチームに強い人が多いから,負けてばっかりだと思う」「じゃあ,3回やったらチームを変えるのはどう」などと,それぞれの幼児が自分の体験を基に,友達の気持ちに共感したり,状況を解決するため に提案したりすることにより続ける遊びは,今までよりも楽しくなっていく。その過程では,自分の行動が正しいと思っていても,話し合いの中で友達の納得できない思いを受け止めたり,友達に気持ちを受け止めてもらったことで,自分の行動を振り返って相手に謝ったり,気持ちを切り替えたりするなどの姿が見られる。このような出来事を交えながら更に遊び込む中で,より面白くなるようにルールをつくり替えたり,年下の幼児が加われば,仲間として一緒に楽しめるように特例を作ったりするようになる。
  • 社会生活とのかかわり
    例えば,幼稚園に小学生や地域の人々を招いて一緒に活動する中で,相手に応じた言葉や振る舞いなどを感じ,考えながら行動しようとする。また,地域の商店に買い物に出掛けたり,幼稚園の周りを掃除したりするなどの機会を通して,地域の人と会話をしたり,「大きくなったね」とか「ありがとう」などの言葉を掛けてもらったりすることで,幼児は自分が見守られている安心感や役に立つ喜びを感じたり,地域に対する親しみをもったりする。

これまでの研究では、まだ非認知能力を伸ばす明確な方法は見つかっていないようですが、成⻑する過程での経験・体験によって伸ばせる力だということが分かりました。子どもには多くの体験をさせてあげたいですね。どのような活動でより非認知能力が身につくか、ぜひ考えてみてください。

第2回では、非認知能力に関する小中学校での取組を紹介します。

構成・文:内田洋行教育総合研究所 研究員 加藤 紗夕理

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