2005.04.26
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ゲーム機を持たせる? 持たせない?

卒園後、久々に再会した子どもの友人たち。泥んこ遊びが大好きだったあの子も、だんご虫が友達だったあの子も、大縄が得意だったあの子も、......みんな〈ゲーマー〉に変身していた! さて、我が家ではどうする!?

双子の小学校入学を機にスタートした連載コラム「はじめての公立小学校」も一年が過ぎ、わが子たちも無事2年生に進級したところで、テーマをリニューアル! これまで好き放題に語ってきた学校生活から、遊びやファッション、習い事といった〈いまどきの子どもたちライフ〉に視点を移し、あれこれ読み解いていきたいと思うのです。その記念すべき第一回のテーマは、〈ゲーム機〉!ジャカジャーン♪ 「持たせるべき」か、それとも「断固として反対すべき」か。子どもを持つ親なら必ずや通るこの関門。そしてその日は、前触れもなくやってくるのです。

 あれは去年の夏休み前。卒園以来、ごぶさたしていた幼稚園仲間からお呼びがかかり、夕食会にお邪魔したときのこと。その日、友人宅に集まったのは、幼稚園3年間学び舎をともにした仲良し親子総勢30名。現在は都内の違う小学校にそれぞれ通学している。「みんな、小学校に慣れたかな?」「雰囲気が変わったかな?」なんて、久々の再会にどきどきワクワクしながら友人宅のドアを叩いた私たち。他のメンバーはすでに到着しているとかで、リビングからは子どもたちの声が聞こえてくる。その声に招かれるように、意気揚々とリビングに入ったわが双子。次の瞬間、二人の表情が凍りついた。

卒園からわずか3ヶ月、泥んこ遊びが大好きだったあの子も、だんご虫が友達だったあの子も、大縄が得意だったあの子も、あの子も、あの子も、あの子も……みんな〈ゲーマー〉に変身していたのだ! 手に、手に、カラフルなゲームボーイ・アドバンス。いったい、ぜんたいどうした!? 私自身も状況が把握できず彼らの手元を覗いてみると、夢中になっているソフトは「ポケットモンスター」。ああ、そういえば男女関係なく幼稚園のころからポケモン好きだった子ばかりだ。意外にして当たり前な共通項=ポケモン。ピカチューのぬいぐるみ→弁当箱→アニメ→ゲームと年齢とともに対象が進化したというわけか。おそるべしポケモン。いやそれだけ子どもたちの嗜好がはっきりと別れてきたのか。子どもたちはゲーム機を持ってる子を取り囲むように群がり、リビングのあちこちに島ができている。ゲームに集中している彼らは、遅れてきた子どもたちにも気づかない。あ、イタタタ……こりゃヤラレた! 

過去にパソコンで遊んだことはあるものの、ゲームといえばアナログのボードゲームしか経験のないわが双子。幸か不幸か、ポケモンにも興味をひかれたことがなかった。突然の展開に面食らうのは当然なのだが、しばらくすると女子数名がゲームを離れ、娘はそこへ自然に合流した。問題は息子のほうだ。食事が出ようが、ジュースが出ようが、ゲームを手放す気配のない男子チーム。ましてやその中心にいるのが、幼稚園時代に誰よりも泥にまみれ、誰よりも自然児で、誰よりも虫好きで、誰よりも一緒に遊んだ相棒なのだから、息子のショックは大きかった。「ブルータス、おまえもか」。再会を楽しみにしていた旧友の変貌ぶりに、体も思考も心もついていかない様子の息子。とはいえ、勝手知ったる同窓生。なんとなく輪には入るが、生まれてこのかたゲーム機など触ったこともないのだから話にならない。

そこで堂々と「教えて!」と言えれば問題ないのだが、混乱した小学1年生にそんなうまい立ち回りができるわけもない。そのうちに息子は輪を離れ、年下の男の子たちと遊び始めた。「ママ、ぼくもゲーム得意だよね? ボードゲームだけど……」と、切ない捨て台詞だけを私に残して……。

いつか、この日がやってくると思っていた。が、ついにきたか……。それが私の率直な感想だった。年上の兄姉がいないわが家では、「本人たちが言い出すまでゲーム機は封印」が方針だった。ところが、突然の展開。目のあたりにした現実。「持たせるべき」?「断固として反対すべき」? グルグルと回る選択肢。なかには幼稚園の年中さんでも毎朝TVゲームをやってから登園してくる子もいる。一年生になってゲームを始めるのは、いまどき平均的なのかもしれない。別にゲーム機そのものが悪いとは思わない。問題はつきあい方であって、のめりこむようなことにならなければいいのだと思う。私たちだって幼いころには「マンガは悪書」と反対されたじゃないか。

しかし一方で、生理的にゲームに拒否反応を示す自分がいる。もしかして、流行や文化に疎いおばさんになったせい? うーむ。おばさんであることに違いはないが、一番の原因は自分の小学生時代にポケットタイプのゲーム機など存在しなかったからだろう。子育て中の母親は、自分のバックグランドにないもの対してひどく敏感だ。理由なく拒否してしまったり、逆に異常なほど執着してしまったりする。要は、根拠のない〈不安〉を掻き立てられてしまうのだ。はて、困った。

「よその家はOKでも、うちはダメ」それはそれでアリだ。我が家のポリシー。だが、わが子におきかえたとき、そうすることが彼らの幸せにつながるとは思えなかった。なぜならあのとき、肩を落とした息子が欲したのは「ゲーム機」ではなく、「友達と一緒に遊ぶためのコミュニケーション・ツール」だからだ。おまけに、この現代のツールはとても高級で、親の理解と協力を得なければ手に入らない。そこにまた、ゲーム機という存在の難しさがある。そして去年のクリスマス、我が家にやってきたサンタクロースは2台のゲーム機をそっと置いていった。

「与えてしまった以上、とりあえず本人たちを信頼しよう」と夫婦で決めた。曜日も決めない。時間も決めない。その代わり「ゲームしていい?」と必ず確認すること。外出のときは〈絶対に持っていかない〉。それだけが約束事だった。その結果、予想に反して、双子は気が向いたときにしかゲームに手を出さない。決して嫌いなわけではない。二人ともスーパー・マリオにハマっていて、短期間にメキメキと上達している。それでも30分も集中すると満足するらしく、二人でじゃれあったり、ケンカしたり、工作したり、本を読んだりして遊んでいる。これも双子という遊び相手がいるからこそかもしれないが、彼らいわく、「失くなったら困るのは、ゲーム機より相方(双子の)」なのだそうだ。いやいや、アナログ(人間同士で遊ぶこと)の魅力を再発見したのもゲームのおかげというべきか。

(イラスト:Yoko Tanaka)

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