家庭訪問のお作法とは!?(はじめての公立小)
電車通学が当たり前、通学範囲の広い私立で育った私は、親が学校に呼び出されることは多々あれど、「自宅に・学校の先生が・来る」という経験を持たない。おまけに兄弟のないひとりっ子なので、家庭訪問はTVドラマやマンガでしか知らなかった。......寺田、初めての家庭訪問。見事クリアできるか!?
意外や意外。公立小学校に入学して驚いたのは、幼稚園にも増してプリントと「行事」が多いことだ。字が拙い1年生ゆえ、名前の付け方や、一週間分の持ち物をまとめた詳細なクラスだよりに始まり、保健室だより、PTA通信、児童館ニュース、サッカー教室の部員募集……公民館で行われる演劇公演のお知らせにいたるまで、日に3枚、4枚のプリントを連日、連絡帳にはさんで持って帰ってくる。そのプリントを確認するだけでも一仕事なのだが、同時にお知らせと同じくらいの数、学校行事も行われているのだからおそろしい。4月から始まった健康診断は5月の連休明けまで続き、その後、給食試食会、スポーツ・テスト、歯科指導。合間をぬって、6年生は移動教室に出向き、プール開きが終わると、一斉学校公開が控えてる。父兄も慌しいが、それよりなにより先生方は一体、いつ休んでいるんだろう? そっちの方が心配になる。授業、行事のみならず、このプリントも作っているのだからなぁ。
そんな多忙な先生と、じっくり語り合う機会を得たのが「家庭訪問」である。電車通学が当たり前、通学範囲の広い私立で育った私は、親が学校に呼び出されることは多々あれど、「自宅に・学校の先生が・来る」という経験を持たない。おまけに兄弟のないひとりっ子なので、家庭訪問はTVドラマやマンガでしか知らなかった。ああ、恥ずかしい。「やっぱりお茶は緑茶?」「クッキーは皿にペーパーをひいて出すほうがいい?」「そもそもクッキーでいいのか?」「花は飾っておくべき?」「これみよがしに、『あいうえお』ポスターとか貼っておこうかしら?」……etc。
思いあまって、小学生の子どもを持つ先輩ママにも電話をかけた。「ねぇ、家庭訪問ってどんな感じ?」すると彼女は、「え? 家庭訪問する学校なんてあるの!?」と仰天。その反応に、さらに仰天したのは私の方だ。彼女の話によると、いまどきの公立小学校は学校での個人面談がポピュラーで、家庭訪問を実施する学校はほとんどないらしい。そういえば、旧幼稚園仲間の間でも家庭訪問の話題は出ない。スイミングでも聞かない。隣接するM区もC区もS区もどうやらみな個人面談のようだ。ならば、同じ区内だったら……と、別の友人に連絡してみる。「もう終わったよ、個人面談でしょ?」ああ……だから違う、違う。家庭訪問だってば! 結果、都内各区20名以上の母親に尋ねたところ、家庭訪問実施校は我が家だけであった。「やっぱりショートケーキじゃないの?」「先生ってお菓子もお茶も手をつけちゃいけないんだよ」これらはみな彼女たちが"自らの小学校時代の家庭訪問"を振り返って、私に贈ってくれたアドバイスである。ありがたい。が、あてにはならん。はたして、家庭訪問とはいかなるものなのか?
当日、デパートで新しい緑茶とつまみやすいお菓子を購入し、部屋を隅々まで磨きあげ、子どもの机回りのみ、"たいしたことはありませんが、少しは自宅学習させております"風にそこはかとなく整理の手を抜き、先生の来訪を待った。『家庭訪問のとき、子どもたちは家にいるべきか否か?』は未解決のままだったが、双子各々のプライベートに関わる問題なので、時間を見計らって公園に遊びに行かせた。一軒の持ち時間は移動も含め15分。とはいえ、家から家の移動だけで15分以上かかる組み合わせもあり、スケジュール通りに進むわけはないと踏んでいた。その一方で「学校の先生が遅刻をするはずはない。もしかしたら予定通りに着くかもしれない」。初めての家庭訪問。リラックスできるわけはなく、時計をにらみながらその時を待った。ところが、30分過ぎても、先生は登場しない。45分、50分。そのとき電話のベルが鳴った。「●●ですけど、いま先生がうちを出たのでもうすぐ到着すると思います」クラスの父兄からの連絡だった。はぁ~。いっきに力が抜ける私。そこへ1時間押しで現れた先生。西日の強い午後、汗をふきふき。『ここは冷たいお茶を出すべきだよな……』デパートで仕入れた緑茶は、急遽、コンビニの麦茶に変更した。先生はそれをおいしそうに口元へ運ぶ。自然なテンポで話しは弾み、結局、我が家も15分以上オーバーしてしまった。内容は、学校での子どもの様子⇔家庭での子どもの様子。要はその情報交換。「ふたりとも、特に問題はありません」最後はその一言で締めとなった。自宅だからどうこう、という質問も話題もまったくなかった。それでもあえて家庭訪問するのだから、学校の個人面談以上の<家庭の何か>をチェックしてはいるんだろう。家の空気なのか、何なのか。
正直に告白すると、家庭訪問はとても照れくさかった。私は、<学校の先生と向き合って話をする=先生に怒られる>という学生的なイメージが、この歳になって親になっても拭いきれない。にもかかわらず、子どもの父兄として、教師と対等に向き合っているというシチュエーションの可笑しさ。あーなんか恥ずかしい。私も大人になっちゃったんだ。我が人生、初めての家庭訪問。先生がミニ・ケーキに手をつけることはなかった。
(イラスト:Yoko Tanaka)
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