2008.02.12
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教員の負担軽減に文科省が乗り出す これで多忙化は解消できるか?

学校週5日制の導入で土曜日が休みになってから、教員の平日の仕事へのしわ寄せが厳しくなった。それだけではない。増え続ける保護者の要望、校長や教委などへの報告書の作成、生徒指導、体験学習など校外活動の調整など、教員の仕事は増えることはあっても減ることはない。最近では、あまりの多忙さのため定年前に辞める教員が増加しているという話もある。これに対して、ついに文部科学省も腰を上げ、学校現場の負担軽減、教員の時間外業務の削減のための取り組みを始めた。

教員が子どもと向き合う時間の増加を

 教員の忙しさは、よく話題になる。しかし、公務員に対する社会の風当たりは年々厳しくなる中で、教員について「夏休みなどはまるまる遊んでいる優雅な職業」と思い込んでいる人も少なくない。では、教員は本当にどれほど働いているのだろうか。

 文部科学省は、2006年5月に発表した教員勤務実態調査を基に「教員の時間外勤務は月平均34時間」と説明している。一方、厚生労働省の調査によると、民間の時間外労働は全体で月平均10.7時間、残業が多い製造業をとっても月平均16.5時間となっている。要するに、公立学校の教員は民間事業所などと比べて月平均で3倍以上、忙しいと言われる製造業の2倍以上も残業している計算だ。

 残業が多いといっても、その時間の大半が子どもの指導に充てられているならば、そんなに問題はない。教員は、どんなに忙しくても子どもと接していられればうれしいというタイプの人間が多いからだ。だが、学校現場の教員に聞いてみると、「通常の仕事も時間外や持ち帰りでやっと処理するという状態で、子どもと接する時間がどんどん少なくなっている」と不満をぶつける声の方が圧倒的に多い。授業など子どもに直接かかわる業務以外の仕事の増加が教員の多忙化の主な原因だと見てよいだろう。

 いくら教員の質の向上を叫んでも、ほかの業務が忙しいために実際に子どもと接する時間が取れないのでは意味がない。このため文科省は、校長会や教委団体などの委員から成る「学校現場の負担軽減プロジェクトチーム(PT)」を設置し、昨年12月に各種調査や報告書など行政事務にかかわる教員の負担を削減することを主な内容とした中間報告をまとめた。具体的には、国などが学校に依頼する調査や統計などを統合、削減して負担を減らすほか、学校現場の負担が大きいとされる各種研究モデル校の指定などを減らすことなどを打ち出している。

 さらに、文科省の2008年度予算案は「教員の子どもと向き合う時間の拡充」をテーマに掲げて、予算案行政改革のために長く削減が続いていた公立小・中学校の教員定数を1195人(生徒減による自然減分を除くと純増は1000人)増やしている。教員定数の増加はじつに5年振りだ。増加分のうち1000人が学校のマネジメント機能を充実させて教員の負担を軽減させるための「主幹」の配置に充てられる。

 また、団塊の世代の一斉退職によって大量に発生する退職教員や教員免許を持つ経験豊かな社会人など7000人を非常勤講師に任命して教員の補助に当たらせる「退職教員等外部人材活用事業」も2008年度からスタートさせる予定だ。外部人材の非常勤講師の活用方法としては、習熟度別指導や少人数指導、小学校高学年の理科や体育などの専科教育、不登校への対応などを想定している。

 このほか、全国すべての市町村に「学校支援地域本部」を設置し、中学校区単位で地域住民などの「学校支援ボランティア」を募って、部活指導、校内の施設・設備の整備、登下校時の子どもたちの安全確保、体験学習などのアシスタントなどの仕事をしてもらうことで教員の負担軽減を図るという「学校支援地域本部事業」も開始されることになっている。

 文科省は、これら教員定数増や各種事業を通して教員の時間外勤務を現行の半分程度に削減できる環境をつくりたいとしている。教員の負担軽減を図り、教員が子どもと接する時間を増やすための貴重な第一歩と言えるだろう。

軽減策に対する学校現場の不満と社会の冷たい反応

 ところで、これら文科省の施策が学校現場で無条件に歓迎されているかというと、そうとも言えない。これが学校教育の難しいところだ。

 まず、教員の負担軽減のために教員定数が1000人純増されることになったが、この実際の中身は「主幹教員」の配置を推進するための定数だ。主幹は、昨年6月に成立した改正学校教育法によって法制化された準管理職に相当する新しい「職」だが、一般教員間に格差を待ち込むものとして導入に反対する学校現場の声には依然として根強いものがある。

 しかも、一般教員を昇任の形で配置することになるため主幹を置くと手当や給与などの人件費が増大すると懸念する都道府県教委も一部にある。このため、文科省としてはどうしても主幹配置のための定数を一般教員とは別枠で措置する必要があったわけだ。いじわるな見方をすれば、学校のマネジメント機能の充実による教員の負担軽減を理由に、主幹の配置促進を狙ったと言われても仕方ないだろう。

 退職教員などを非常勤講師として活用すること、地域住民を学校支援ボランティアとして導入することについても学校現場からは少なくない批判が出されている。非常勤講師やボランティアではなく正規教員、専門職員を増やすべきであり、文科省の施策は単に安上がりなその場しのぎの方策に過ぎないという意見だ。教育スタイルが確立されてしまっている退職教員が大量に学校現場に入ってくることで現職教員の仕事がやりづらくなったり、地域住民のボランティアとの折衝や調整で逆に教員の負担が増えるのではないかと懸念する向きもある。

 確かに、退職教員などを活用せずに正規教員を増やして教員の負担を軽減するのが理想だ。しかし、行政改革推進法によって教職員定数の純増が原則禁止されているにもかかわらず、財務省や総務省の反対を押し切って教員の定数増加を勝ち取った文科省の努力は評価しなければならないだろう。退職教員やボランティアの活用も時代の流れであり、学校や子どもに関する業務はすべて正規教員がやらなければならないという考え方自体がもう無理なのではないか。

 それどころか、「教員の負担軽減」について一般社会の反応は想像以上に冷たい。試しに、教育関係者や保護者以外の人間に、教員の多忙化を解消するために税金を投入して教員数を大幅に増やすことをどう思うか聞いてみるとよい。おそらく、多くの者から「忙しいのは教員だけではない」「人手を増やすよりも業務の効率化が先だ」「多忙と言うが本当に教員が忙しいとは思えない」などという答えが返ってくるだろう。

 社会のほとんどの人間は、自分が子どものころに見た教員の姿でしか教員の仕事を理解していない。それほど現在の教員業務の実態は、一般社会から見れば分かりづらくなっている。また、成果が上がらないのに同じやり方を繰り返しているだけで、それを仕事への努力と思い込むようなことはないだろうか。

 学校現場や教員自身が、もっと自分たちの実態を広く社会に明らかにして問題や課題を訴えるとともに、慣例にとらわれず効率化に必要なものは受け入れるという意識改革がなければ、教員の負担軽減とは「教員が楽をすること」でなく、「子どもの教育をよくすること」なのだということを一般社会に理解してもらうことはできないだろう。

参考資料
  • 教員勤務実態調査
  • 毎月勤労統計調査 平成18年分結果確報
  • 文科省・学校現場の負担軽減のためのプロジェクトチーム中間報告
  • 文科省2008年度予算案

構成・文:斎藤剛史 イラスト:あべゆきえ

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