教育トレンド

教育インタビュー

2004.09.07
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古川 和 体験を通して、科学や人間関係を学ぶ

「勉強」や「学習」というと「イスに座って、本を読んで、ノートをとって」というイメージが強い。しかし考えてみると、科学などは自然の事象を見て疑問を感じる体験が出発点にはあったはずだ。そうした体験や新鮮な驚きがあったからこそ好奇心を刺激され、学問は発展したに違いない。学校がもっと「センス・オブ・ワンダー」を取り入れることで、教育は変わるのか? (PHOTO:岩永憲俊)

体験重視のおもしろさ

学びの場.com古川さんはいろいろな分野で活動されていますが、主な活動を教えていただけますか?

古川 和まずひとつ目はGEMS (Great Explorations in Math and Science)という活動です。カリフォルニア大学のバークレー校にローレンスホール・オブ・サイエンスという、子ども向けの科学館であり、子どもに対する科学教育の研究所でもあるところがあります。そのローレンスホールの活動のひとつがGEMSで、意味は「数学と科学の偉大な冒険」ということです。テーマ別に指導書を出しているのですが、それが非常におもしろく、日本で普及させるための活動をしています。教師向けの指導書を日本語に翻訳して、日本の先生にも使ってもらおう、と活動しているわけです。

GEMS  何がおもしろいかというと、まず、体験重視のプログラムであること。今日本では中高生がどんどん理科嫌いになっていて、大人も理科に関心がなく、欧米諸国の中でもとても低いレベルになっています。でも「科学ってこんなにおもしろいんだ」という体験が、このプログラムでできるんです。  「ゆとり教育」ということが盛んに言われてますけど、「ゆとり教育」の本当のねらいは、「考える力」を育てることにあると思うんです。それを勉強という形でやるとおもしろくないけれど、課題解決を通して思考の筋道を付けていく、グループで協力して答えを見つける、という体験をみんなにしてもらいたい。

もうひとつの特長は、学習の内容が身近なことにつながっていることです。「理科は実社会に役に立たないから嫌い」という言い方をしますが、そうじゃない。温暖化の問題にしても目の前のペットボトルの中の温度の上昇を計ることによって、より身近なものとして体験できる。そして最後は、「科学だけでは問題を解決できない」ということがわかり、解決のためにはどのような社会行動が必要か考えるようにプログラムができています。  GEMSを普及させたいと思ったのは、「身近なものでできる実験」「ディスカッションをする」「社会的な解決方法を探る」という3つの特長を楽しく体験できる、という点で、これこそ「総合的な学びの場」だと思います。それに、楽しい、というのがいちばん。この3年間で1万人ぐらいの人たちを相手にGEMSの指導をしたんですが、確かな手応えを感じています。学校の授業に取り入れる先生も増えてきました。

学びの場.comそしてもうひとつは?

古川 和もうひとつの活動は野外で人との関係を作る活動で、アクションラーニングという会社で活動をしています。1992年からティーチングキッズという会社を設立して子どもの野外教育に取り組んできたんですが、そこからいろいろな体験学習法を取り入れ、大人の人にも同じようなプログラムを体験して欲しいと思って始めました。 ティーチングキッズ  たまたま一橋大学の教授にそんな話をしたところ、「これから企業も社会貢献とかボランティアという方向に進まなくてはいけないし、人間の信頼関係を築くチームビルディングアクションのようなものが必要だ」ということになりました。それで、企業研修の一部にこの活動を入れていただくようになったんです。  先週もある商事会社の幹部候補の研修をしました。初めはみんな半信半疑で来るんですが、いざ始まるとだんだんプログラムに入り込んでいきます。1日目の締めにチームで3メートル以上ある壁を乗り越えるんですが、2チームとも全員乗り越えて、達成感と仲間意識を感じてもらえたと思います。そのほかにも、どう信頼関係を気づくかとか、チームの中でどうリーダーシップを発揮するかという課題に取り組んでもらいました。

学びの場.comプログラムの前に目的は話さないんですか?

古川 和もちろん目的はしっかり伝えます。たとえば「今職場で直面している課題と、この課題にはどんなつながりがあるか」ということでディスカッションしてもらったりもします。本当のチームというのは、身体と身体が触れ合って人を支えたりとか、そういうつながりが必要だと思うんです。机上で議論をして一緒に仕事をするだけでは本当のチームではない。  一見するとアスレチックのようですが、課題を達成していくプロセスで何が起こったかを振り返る、ということが大きな目的です。だから課題を達成したあとで、その途中で何が起こったか考えてもらったりします。

学びの場.com引き籠もりなんかもそうですが、最近人と人とのつながりがだんだん希薄になっていますよね。

古川 和一度相手に拒否されると、もうその後コンタクトできない、という人が多いです。だからこういう研修では、最初に名前を覚えることをゲームを通して徹底的にやります。人に名前を呼ばれることは自分の存在を認められている、ということで、お互いを尊重するために大切なんです。もうひとつは、名前のわからない人にどんどん聞くこと。そうすると、わからなければ聞く、聞かれると思ったら進んで教える、という関係ができるんです。学校でも、そういう関係を作ることが大切です。

子どもを取り巻く環境が大きく変わった

学びの場.com子どもや学校を見て、最近変わったと思うことはありますか?

古川 和子ども自体はそんなに変わっていないと思うんですよ。でも、子どもを取り巻く環境がものすごく変わっています。たとえば、近所に自然の中で遊ぶ環境がなくなったので、縦割りで違う年齢のこと遊ぶ機会がなくなったとか、近所の人との関わりが少なくなったとか。あといちばん変わったのは、家庭の問題が大きくなっていることでしょうか。親と子どもとの関わりがものすごく希薄になっている。親がほとんど子どもを叱らない。でも、家庭にちゃんとしたポリシーがあれば、子どもが羽目を外したときに叱らなくてはならない場面は必ずあると思うんです。  私たちは自分のやれる範囲で、子どもが夢を持ったり、キラキラした目を持つようにしたいということです。「あなたはダメじゃないんだよ」ということを伝えたい。子どもの社会を見てみると、かなり早いうちから落ちこぼれになってしまう子供がいます。たとえば英語とかコンピューターとか何か得意な分野があれば仕事に就けるけれど、何もないと将来真っ暗みたいな世界観を持っている子供が多い。「でも、そうじゃないんだよ」ということを教えてあげたい。子ども一人ひとりの個性を大事にしてあげたい。

学びの場.com子どもとうまくコミュニケーションを取るコツというか、心を閉ざしがちな子どもとコミュニケーションを取るためにはどうしたらいいと思いますか?

古川 和子どもがいちばん敏感に感じ取るのは、その先生の「誠実さ」です。「私はみんなのために一生懸命やります」ということが相手に伝われば、子どもはかならずついてきます。それをいい加減にやっていたり、仕事だから、という態度でいると、子どもは必ずそれを見抜きますからついてきません。しゃべり方のうまい下手よりも、そちらの方がずっと重要です。

学びの場.com体験を重視した教育は、これからもっともっと求められるようになりますね。

古川 和アドベンチャー・エデュケーションが必要とされる時代は不幸だと思います。本当は子どもが自分で自然の中で冒険をして、危険な目に遭ったりしながら自然や人との関わりについて学べばいいんですが、それをこういったプログラムでやらせなくちゃならない。本当はキャンプだって家族で行けばいいんです。私の活動は、必要悪な部分がありますよね。

古川 和(ふるかわ かず)

『ジャパンGEMSセンター』事務局長
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤講師

1956年生まれ。大阪外国語大学・上智大学文学部卒業。1992年、子どもの野外教育を進めるため、ティーチングキッズを設立。2000年、GEMSを日本に普及させるため、ジャパンGEMSセンターを立ち上げる。2001年からは一橋大学大学院国際企業戦略研究科の非常勤講師を務める。

聞き手:高篠栄子 構成・執筆:堀内一秀

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