教員の自由度が高く、子どもの個性を育てるカナダの学校教育

日本では、子どもの学力低下や規範意識の低下が問題となっています。そのために、豊かな人間性や個性を育むことを目的としたゆとり教育から、学力や規範遵守を重視する教育へと方向転換がはかられています。こうした日本の学校教育とは対照的に、学校の自立性や教員の自由度が高く、子どもの個性を尊重し、伸ばしているといわれるカナダの学校教育はどのようになっているのか、その教育制度や教育内容について取材しました。
州が権限と責任を持つ、カナダの教育制度の特徴
<教育は州が管轄・州によって教育制度が異なる>
カナダは10の州と3つの準州とで構成される連邦国家で、各州の独立性が高く、憲法で教育の管轄権は州にあり、州が責任を持つことが定められています。日本の文部科学省のように国レベルで教育を管轄する機関はなく、連邦政府は国としての指針を出しますが、教育内容や基準の設定、カリキュラムの策定、教員免許の発行など教育の管理・運営にかかわることはすべて州政府の教育省が行います。そのため、州によって教育制度が異なることがあります。
<義務教育期間>
日本の義務教育期間は7歳から(小学校1年~中学校3年)の9年間ですが、カナダの義務教育期間は州によって少し異なります。ほとんどの州が6歳から15歳、あるいは7歳から16歳までの10年間ですが、17歳までを義務教育とする州や、18歳あるいは高校卒業までを義務教育とする州もあります。
<学校の呼び方・学年による区分け>
カナダでは日本の小学校にあたる学校をエレメンタリースクール、日本の中学校と高校を合わせて一つにした中・高校をハイスクール(あるいはセカンダリースクール)と呼びます。またハイスクールを、学年によってジュニアハイスクールとシニアハイスクールとに分けることもあります。
学年は「グレード」で表し、小・中・高校を通してグレード1~グレード12(1年~12年)と一貫して数えます。
日本の学校制度は、小学校6年、中学校3年、高校3年の6・3・3制になっていますが、カナダではこれも州によって異なります。例えば西部に位置するブリティッシュコロンビア州では7・5制を採っており、バンクーバー市やその近郊のリッチモンド市などでは、日本の小学校に当たるエレメンタリースクールは1年から7年までの7年間、中・高校に当たるセカンダリースクール(ハイスクール)は8年から12年までの5年間という分け方をしています。中西部のアルバータ州では日本と同じ6・3・3制、東部のケベック州では6・5制になっています。

ブリティッシュコロンビア州バーナビー市セカンドストリート・コミュニティスクールの教室風景。
<学校・クラスの児童数>
平均的なカナダの小学校(エレメンタリースクール)の児童数は250人前後といわれます。多くの学校の1クラスの児童数(教員1人が担任する児童数)は20~30人で、低学年のクラス(1年~3年または4年まで)は、できるだけ児童数を少なくしています。教員1人が担任する児童数を法律で定めている州もあるようです。
ブリティッシュコロンビア州バーナビー市にあるセカンドストリート・コミュニティスクールは、1年生から7年生まで約400人の児童が在籍する公立小学校で、幼稚園を併設しています。教員の1人、ウェンディ・ブラックフォードさんが担任するクラスの児童数は19人です。バーナビー市の公立学校では1年~3年は1クラス最大24人、4年~12年(高校3年)は最大30人と決められています。
<授業料>
日本では義務教育期間(小・中学校の9年間)の公立学校の授業料は無料です。カナダの公立学校は基本的に12年まで(日本の高校3年までの12年間)の授業料が無料です。(6・5制のケベック州は11年まで無料)アルバータ州のように私立学校も授業料が無料という州もあります。カナダで税金を払っていない駐在員などの子どもや留学生は、公立学校でも規定の授業料の納入が必要です。
<財源>
教員の給与や教材、施設の建造など、学校教育にかかわる費用のほとんどが州政府によってまかなわれ、それに連邦政府の助成金が加えられます。
州政府は学校教育にかかわる費用を地域(市や町)の教育委員会に振り分け、教育委員会が地域内のそれぞれの学校に支給します。学校は必要なものを購入するための予算を地域の教育委員会に申告してお金を受け取ります。
予算外の教材、例えばコンピュータのような高額なものを購入する場合には父兄(PTA)がお金を集めて購入することがあり、少額のものは教員がポケットマネーで購入することもあるようです。
<英語が分からない子どものための語学授業>
カナダでは英語とフランス語が公用語ですが、現在ではケベック州を除いて英語が主流になっています。カナダには、韓国、中国、日本、中南米など英語が母国語でない国から移民や働きに来ている人が多く、それらの人々の子どもの中には英語がまったく理解できなかったり、少ししか分からない子どもが大勢います。そこで、英語を母国語としない子どもたちのために、英語の特別授業を行うESL(English as a Second Language)クラスの制度を持つ学校があります。英語を母国語としない子どもは、まずESLクラスのある学校に入学して英語に慣れることが求められます。
カナダの教育現場の考えと指導例
知識を憶えるより、疑問を見つけ、問題解決能力を身につける授業

3年生のクラス担任教員ブラックフォードさん。教員生活32年のベテラン。
ブラックフォードさんは、「カナダでも学力テストは行われますが、それだけで個々の子どもの能力を判断することはばかげています。試験は子どもたちの1面しか評価していません。学力テストは、知識をどれだけ憶えたかという記憶力だけを測るものであって、疑問を解くことにはなりません。
子どもたちに最も必要なこと、大切なことは疑問を見つけてその疑問を解き、解決していく力を身につけることです。ですから、私のクラスの授業では知識を憶えさせるのではなく、できるだけ児童に質問させるようにしています」といいます。
児童と教員が合意する行動規則(ルール)づくり

児童がブラックフォードさんと合意した学校内での行動規則。人や物を尊重する、安全についての10の合意した規則が書かれています。
[人や物を尊重にする]
(1)言葉使いをよくする(2)自分や他人の持ち物を大切にする(3)自分の勉強に集中する(4)他人の言うことを注意深く聞く(5)誰にでも親切にする(6)順番を守る(7)環境を大切にする
[安全について]
(8)校舎の中は走らずに歩く(9)自分の体を自分で守る(10)学校の敷地から外に出ない、という10項目です。
児童はこのルールを紙に書いて教室内に貼り、さらに家庭に持ち返って親子で話し合います。そうすることで、親も子どもたちのルールづくりを理解し、アドバイスすることで、子どもたちのルールを守る意識を高め、社会性を育みます。
悩み・苦情をクラス全体で話し合い、解決策を考える

児童の悩みや苦情を入れる箱。週1回のクラスルームでみんなで話し合い、解決策を探ります。
また、ブラックフォードさんのクラスでは、児童がクラス内での問題や苦情を書いて入れる箱を作り、週1回のクラスルームのときに、みんなで一緒にそれぞれの児童が抱える悩みや苦情について話し合い、解決策を考えています。
「大事なことは、クラスの他の児童が抱える悩みを知り、相手の言うことを聞き、どうしたらよいかを考えて解決策を見つけようとすることで協調の心が芽生え、信頼や思いやりが生まれます。カナダでもいじめはありますが、被害者が問題ではなく加害者が問題です。その問題児について、なぜいじめをするのかという理由や、どうしたらその問題児がよくなり、クラスの中で協調できるようになるのか、その方法をみんなで考えます」と、ブラックフォードさん。
日本でも、エンカウンターという手法が注目されるようになりました。エンカウンターとは、ホンネを語ったり表現しあい、それをお互いに認めあう体験をすることをいます。子どもたちがクラスで話し合うことで、その話し合いを通して理解が深まり、深いつながりができ、きずなのあるクラスづくりができるということです。ブラックフォードさんの経験から生まれた指導法に相通じるところがあるようです。
日本の教育再生会議の委員の中には、「いじめの加害者を出校停止にして、いじめを起こさないように反省させるべき」という意見を述べる人もいます。ブラックフォードさんは、「いじめをする子どもを学校から閉め出したら、その子がよくなる可能性はなくなります。私たちは、そういう子どもをクラスの中に抱え込みながら、よくしていくようにしています。また、いじめられる子が、いじめに遭わないようにするにはどうしたらよいかということも、クラスみんなで考えます。
これまでも問題児に罰を与えて矯正させようという試みをいくどとなく見てきましたが、罰は効果がありませんでした。罰や学校からの締め出しは問題解決にはなりません。子どもは、相手のことをよく知り、自分たちで解決しようとすることで、どんどん賢くなっています」と指摘しています。
学校と家庭が一緒に子どもの教育を行う

廊下の壁に貼られた児童の作品。明るく、アートがある雰囲気は個性を育みやすい環境。
日本でも、学校教育と家庭教育の役割分担についてさまざまな意見があります。ブラックフォードさんは、「学校と家庭は一緒になって子どもの教育にあたらなければなりません。学校も家庭も、協調や信頼、社会的な責任感を育てるということに変わりがありません。どちらも、子どもの教育に関しては同じ責任と義務があるのです」と述べています。
そのためには、学校と家庭とのコミュニケーションが大事です。バーナビー市の学校では、年に3回、学校から各家庭に子どもの学校における状況を記録したレポートを送り、年2回、親との個人面談を行うなど、最低年5回の家庭とのコミュニケーションを教員に義務づけています。学校での子どもたちの状況を知らせ、家庭での子どもたちの様子や子どもの教育に関する親の悩み、要望などを聞いたうえで子どもの成長のために何が大事か、何ができるかを話し合います。また、子どもの教育に悩む親のためのサポート(相談)システムもあります。
ハンディキャップを持つ子どもへのサポート

校舎の入り口に描かれた巨大な壁画。児童も制作に参加して描かれたものです。
ブラックフォードさんが担任するクラスの19人の児童の中に1人だけ体に障害を持つ児童がいます。その児童をサポートするために、常時1人の補助教員がついています。学校全体では10人の常時雇用の補助教員がいて、体に障害を持つなど手助けを必要とする児童をサポートしています。
校舎内には車椅子など足に障害を持つ児童のために専用のエレベーターが設置され、階段をできるだけ緩やかにしてスロープをつけ、廊下の壁には手すりがつけてあります。
また英語にハンディがある児童に対してはESL専門の教員による語学の授業が週に数時間行われ、勉強の遅れている子どもに対しては常時雇用の3人の補助教員が、その子どもたちが授業についていけるように補習授業を行っています。ユニークな才能のある子どもに対しても、その才能を伸ばすためのサポートがあります。
日本人が感じたカナダの教育
教員によって教え方がまったく違い、大きな戸惑いも

日系カナダ人で、日本で義務教育を受け、カナダで学校法人理事長や教員を務めた経験のあるサム・クサヤナギさんは、カナダの学校教育について「教員の自立性が尊重されているので、教員が自分の考え方や独自の指導方法で教育を行うことができます。ですから、教員によって授業の進め方や児童との接し方が異なります。学習指導要領に縛られ、文部科学省やその意向を受けた教育委員会に管理される日本の教員とカナダの教員には、個人の裁量の部分で大きな差があり、カナダの教員のほうが個性的な授業を行うことができます」と述べています。
バンクーバー市の郊外に在住し、2人の子どもにカナダ(ブリティッシュコロンビア州)の義務教育を受けさせた経験を持つ宮坂まりさんも、「日本では、全国のどこの学校でも、教員は同じように児童に教えます。一方、カナダでは教員よって授業の進め方や児童との接し方がまったく違い、びっくりすることもあります」といいます。
地元のカナダ人でさえ、「担任教員が変わると、どうしてこんなにも教え方が変わるのか、よく分からない」という人もいますし、「教員が変わって、同じことを全然違うやり方で教えるから、子どもが混乱する」という声もあります。
宮坂さんは、「今は、子どもの個性を尊重するカナダの教育がよいと思いますが、日本の学校教育で育った親が、子どもをカナダの学校に入れるとかなり戸惑うと思います。その点では、どこでも同じように教え、子どもに接する日本の学校のほうが安心できるかもしれません」と指摘します。
日本の学校教育が取り入れたいこと
障害や言葉のハンディを持つ人の受け入れとサポートシステムを
2003年に行われたOECDの「児童の学習到達度調査(PISA)」では、読解力でカナダが2位、日本は14位。数学的リテラシーでカナダが7位、日本は6位。科学的リテラシーでカナダが11位、日本は2位。問題解決能力ではカナダが9位、日本は4位となっています。こうした学力テストの結果から見れば、カナダと日本はそれほど差はなく、数値的には日本のほうが上回っている部分も多くあります。しかし、カナダの教育現場を見ると、学ぶべき点、取り入れるべき点もあります。そのうちのいくつかを取り上げてみましょう。
その一つが、前述のブラックフォードさんのクラスに見るような、障害や言葉のハンディを持つ人の積極的な受け入れです。施設の改善やサポートシステムの拡充によって教育の機会を提供し、多様な人々と隔てなく共に学ぶことによって子どもたちに共生や協調、信頼の芽が生まれ、社会性や社会的責任感が育つのではないでしょうか。国や教育委員会は学校に、積極的に障害や、外国人など言葉のハンディを持つ人々を受け入れる仕組みをつくるべきでしょう。
国は、高校まで授業料無料を目指すべき

両側の壁には卒業生が記念に描いた絵が嵌め込まれています。
日本ではますます経済的な格差が拡大しています。2002年1月に文部科学省が発表したデータによると、公立高校の授業料を減額・免除した生徒数は全国でおよそ15万6000人に達したそうです。それから5年が経過した現在では、その数字は大幅に増加しているものと思われます。
家庭の収入が低下すれば、当然、教育にかかる費用が家計を圧迫し、経済的理由で高校・大学への進学をあきらめる人も増えていくのではないでしょうか。国民全体の教育水準を引き上げるためには、国は無駄な公共事業などにお金を使わずに、教育を受ける意欲のある生徒に対して、公立高校の授業料免除の枠を拡大するべきだと思います。
そして将来に向けた国の政策として、カナダや、北欧のフィンランドなどのように高校までの授業料の無料化を目指すべきでしょう。(前出のPISAで、すべての項目で日本を上回っているフィンランドは大学まで授業料が無料)高校3年間の授業料が無料になれば、経済的負担が軽くなり、さらに高い教育を目指す意欲が高まるのではないでしょうか。
教育現場での、小さな取り組みでも個性、創造性の芽は生まれる

運動場と校舎の全景。
また、カナダは学校や教員の自立性、自由度が高く、教員の個性的な指導法で授業が行われている例が多くあります。フィンランドでは、国は教育の大枠を決めるだけで、その内容は現場(学校、教員)の裁量に任されているといいます。教員の自由度が高く、個性的な指導法で教育を行うカナダとの共通点があるようです。
人口規模、財政状況などの違いはありますが、「教育費用の軽減」とともに、「教育現場の裁量の拡大」が教育水準を引き上げるポイントの一つといえるでしょう。
日本の教育現場では、教員の裁量による個性的な指導・授業を行うのはなかなか難しいことと思います。そこで、何か一つ小さなことでも他にはない個性的な取り組みを児童とともに考え、話し合い、意見を出し合って実践してみることで、子どもたちの個性や創造性の芽が生まれるのではないでしょうか。
前々号でご紹介した、群馬県大泉町立東小学校の4年1組の児童と教員の市川昭彦さんが実践している「あったか言葉」を増やそうという取り組みなどは、その一例です。ブラックフォードさんの「行動規則づくり」などの指導法と通じるところがあります。日本の教員の皆さんも、今回ご紹介したカナダの指導例を参考に、一つでもオリジナルな指導法を試みてはいかがでしょう。
構成・文:矢崎栄司 イラスト:あべゆきえ
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