教育トレンド

教育インタビュー

2007.03.06
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森永卓郎 格差社会の教育とおカネ 勝ち組志向で子どもを幸せにできるか?

所得構造が二極分化した「超階級社会」の到来を予言しつつ、これからの時代にふさわしい「豊かな生き方」を提言する森永卓郎氏。経済アナリストとして、また一人の父親として、現代の教育設計のあり方や、親・教員へのメッセージまで、思いをこめて語っていただきました。

勝ち組ではなく、「真ん中」にこそ本当の幸せがある。

学びの場.comいまの日本の教育の現状をどう見られていますか?

森永卓郎 世の中の格差が広がるなか、自分の子はなんとしても勝ち組に入れたいという親たちの思いもあって、教育が低年齢化しています。大学全入時代が到来する一方で、銘柄大学と呼ばれる一部難関校を目指す競争はむしろ激化していて、ちょっと信じられないほど細かい知識まで憶えさせています。点を取るためのトレーニングを小さいころから激しくやれば、受験は勝ち抜けるかもしれない。しかし本当にそんな教育が正しいのか。そもそも、子どもに「勝ち組になりなさい」と教育することが正しいのかという点に関して、私は大きな疑問を持っています。

学びの場.com親の経済格差も広がり、教育費は家計の大きな負担になっていますが。

森永卓郎 経済的な負担もそうですが、お金をかけて勝ち組にすることがその子にとって幸せかどうかという点も疑問なんです。私は幅広い所得階層の人たちとつきあいがあって、年収100万円クラスの友人もたくさんいますし、数百億とか1000億の資産を持つ新興企業の社長とも話す機会があります。そういうつきあいのなかで、勝ち組人生を送ることが、その人に本当の幸せをもたらしているのだろうかと思うのです。 特に、最近になって金融資本主義のもとで急速にお金持ちになった人たちは、話をしていても目が不安で泳いでいるんですよ。一般人からすれば、1000億も持っていたら1億や2億減ったところでどうってことないだろうと思いますが、彼らは1万円減るのも嫌がります。それはお金そのものが目的になっているから。彼らにとってお金は、使うためのものではなく、目的です。だから彼らの多くは寄付もしないし、贅沢はするけれども、教養のない低次元なお金の使い方をするのです。

学びの場.comではどのような生き方が幸せにつながるのでしょうか?

森永卓郎 「ほどほどに稼いで、そこそこに生きる」ことではないでしょうか。まっとうな社会の構成員として、いかに普通に幸せを勝ち取っていくかということ。そういう幸せは超大金持ちの暮らしにもないし、逆にフリーターやニートのような年収100万円クラスの生活にもない。答えは「真ん中」なのです。 年収が500~600万円くらいあって、まともな時間に家へ帰って、一家団らんの時間を過ごして、今日も一日平和だったねといえるのが本当の幸せだと私は思います。高級レストランで文句をいいながら食事をする金持ちより、おかずを持ち寄って友人の家に集まって、そのテーブルトークがちょっとした教養とユーモアに溢れていて、みんなで楽しい時間を過ごしている人たちのほうがずっと豊かですよ。 私の友だちは大抵そうです。年収200万円台でも、舞台や映画をたくさん見ているし、本も読んでいるし、世界中いろんな国へ出かけている。豪華客船で世界一周した人よりも、リュックサックひとつで南回りでヨーロッパへ行ったという友だちのほうが話題ははるかに面白い。 そういう生き方をできる子どもをつくっていくことが親の務めであり、教育の基本だと思います。昔は意識しなくても、「ほどほどに稼いでそこそこに生きる」ことはできたのですが、今はきちんと目指さないと実現できなくなった。それが格差社会の大きな特徴といえます。

「思いやりと愛」の大切さを、繰り返し伝えていく。

学びの場.comご自分のお子さんにも、そういった点を意識しながら教育をされてきたのですか?

森永卓郎  私は自分の子どもに、人に対する思いやりと愛を持ちなさいと言い続けてきました。人を傷つけたり、盗んだり、殺したりしてはいけない。自分がされて嫌なことは他人も嫌なのだと。だから絶対に戦争をしてはいけない。平和だからこそ、みんなが楽しく暮らせるのだと言ってきました。 でもこれは難しくて、うまく伝わらないなというのが今までやってきた実感です。私の両親のように戦争体験を持っている人と比べると、話のリアリティや迫力が違いますから。それでも、繰り返し伝えてきました。 人に対する愛情を持つことのもうひとつの意味は、社会は助けたり助けられたりするものであって、自分だけ良ければいいという考え方ではいけないということです。もちろん、全然勉強しなくていいというわけではない。いま社会で何が起きているのかをわかっていないと、悪い人にだまされてしまう危険もあります。だまされないだけの基礎知識を持ち、読み書きそろばんがきちんとできて、最低限の教養は身につけられるように教育していく必要はあります。

学びの場.com思いやりのある子を育てるうえで、一番大切なことはなんでしょうか?

森永卓郎 基本理念を培うことだと思います。理念を育てるのは一朝一夕にはできませんから、繰り返し教えていくことが大事です 1982年にアメリカでタイレノール事件というものが起きました。ある企業が製造していたタイレノールという鎮痛剤に毒物が混入され、死者が出たのです。すぐにCEOがテレビに出演し、事件に関する情報を公開するとともに、タイレノールを飲まないでほしいと訴えました。一方で、全米で同社の営業担当者が動き、短時間のうちに店頭から商品を回収した。こうした素早い対応のおかげで事件は終息し、会社の評価は上がり、いまだにタイレノールは鎮痛剤のトップブランドを保っています。 実はそのCEOは、新年会でも工場視察でも、ありとあらゆる場面で我が信条というのを述べてきました。私たちが一番大切にしていることは、消費者の安全を守って信頼を勝ち取ることだという企業理念を繰り返し言って、社員の意識に叩き込んできたのです。だから、事件のニュースが流れた瞬間、すべての営業担当は会社の指示を受ける前に独自の判断で商品を回収していたのです。それくらい口を酸っぱくして言い続けないと、行動のベースになるような理念は伝わらないということです。

学びの場.com戦争体験のない親が平和の大切さを伝えるのも同じことですか。

森永卓郎 そうです、朝から晩まで言い続けること。イラク戦争のあと、イラクの子どもたちのなかからジハードを志向する原理主義者が続出しているといいます。私は戦争の最大の被害はそれだったと思うのです。子どもはそれほどの分別はないので、周囲の意見に影響されやすい。自爆テロをしてもアメリカを潰すべきだと教えられると、本当にそれが正しいと思いこんでしまいます。良識ある大人が、そこはひとつひとつ丁寧に、物事を解きほぐして説得していかなければならなりません。

社会を体験させ、「生きていくための知恵」を育てる。

学びの場.com学校と家庭の役割分担についてはどうお考えですか?

森永卓郎  私はいまの学校の先生方は一生懸命やっていると思いますよ。しかし、給料をもらうために教員をしているような人も一部いることは事実でしょう。また、熱意のある教員でも、昔に比べて教える内容が高度化していることもあって学習指導に手一杯で、人間を育てるという面に力を注げる状況ではなくなっています。この部分の多くは親が担わなければならないと思うし、もっといえば、勉学についても親が担うべき部分はずいぶんあるのかなという気がしています。 もちろん勉学といっても受験のための技術ではなく、生きていくための知恵という意味です。私の子どもが小学4年生くらいのとき、消費税の計算ができなかったんです。当時は外税だったので、買い物へいくときいくら持っていけばいいか見当もつかないと。これではいけないというので、家庭で九九から鍛え直しました。生活をしていくうえでの最低限の感覚というのは必要です。 私はよくスーパーの店員さんとケンカをするんですよ。これは、食玩(食品玩具の略)をカートンで“大人買い”(低価格商品を、大人になり財力がついてから大量に購入すること)するときのこと。店員がその外箱のバーコードを読み取るだけで、平気で単価だけを表示させているからです。たとえば10個入りがたったの200円と表示されているのを、パートの主婦はすぐに気づくのですが、高校生だと気づかずにそのまま流してしまうことがあります。そこで、「これが全部で200円だとすると1個20円という計算になってしまう。20円という値段を疑問に思わないのか?」と聞くわけです。すると、「私は決められた通りにやっているだけです」という。私が、「文句はないけど間違っているから直せ」というと、「ちょっと偉い人を呼んでくる」と。私、そういうトラブルをしょっちゅう起こしているんです(笑)。 これも、生活をしていくうえでの最低限の感覚だと思います。その感覚を身につけていないと社会で普通に生きていけないし、悪い人にもだまされてしまう。どんな物事も決められた通りに、マニュアル通りにボーっとこなすような子どもに育ててはいけないのです。自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の言葉でものを言うという力を、普段の生活のなかで育てていく。そういうことも親が気をつけて教えていかなければいけない状況になってきたのかもしれませんね。

学びの場.comそれを教えるだけの知恵が親たちにも必要になりますね。

森永卓郎 まずは子ども自身にやらせてみてはいかがでしょう。コンビニで買い物させるのでもいいから、実社会で経済活動を体験させてみるのです。
うちの子が幼いころ兄弟で食事に出かけたことがあります。そのお店にはドリンクバーがあって、みんなが自由に飲んでいるのを見たうちの子は、あれはタダだと思ったらしい。ふたりで飲んだあとに、ドリンクバーはいくらという表示を発見してしまった。でもその分のお金は持っていなかったので、店長に謝りにいったというのです。その店長もいい人で、今回は許してあげるから次回からは払ってねといってくれたそうです。そういう体験をしたから、ドリンクバーってお金がかかるんだとものすごくよく認識できたんですね。 最近はなにからなにまで親が払って、子どもに財布を持たせないという話も聞きますが、それでは子どもは育っていかないと思いますね。

やりたいことに挑戦するチャンスを与えてあげること。

学びの場.com体験を通じて社会を学んでいくと。

森永卓郎 それは生き方を学ぶことにもつながるでしょう。“ビンボー”でも好きなことを仕事にしている人はみんなそうなのですが、彼らは夢を持たないものです。「いつかできたらいいなあ」なんて思わず、やりたいと思ったらすぐにやる。そして一日一歩でも、1センチでも前進する。それが本当の夢を実現する生き方なのです。 私は以前からカメラマンという仕事に興味があって、実際に仕事をしたこともあるんですよ。いろんな取材を受けるたびに自分を売り込んで、3年半かかって、ある経済誌の専属カメラマンとしてフォトエッセイを任されたんです。1年半でリストラされましたが(笑)。  でも、そうやって自分で体験してみると、その仕事の良いところも悪いところもわかるし、自分が何に向いているかもよくわかります。子どもに夢を持ちなさいというのではなく、まず行動させること。やりたいと思ったことはやりなさいという環境を与えてあげることも、親の責任のひとつではないでしょうか。

学びの場.comそういう環境はお金がなければつくれないのでは?

森永卓郎 そんなことはありません。お金がなくてもチャンスを与えてあげることはできます。ギターをやりたいという子どもに、いきなりレスポールを買ってやる必要などないのですから。私が子どもに初めて買ってやったのは、フリーマーケットで売っていた2000円くらいのギターでしたよ。それでも、チャンスを与えることはできたと思います。

学びの場.comでは最後に、読者へのメッセージをお願いします。

森永卓郎 繰り返しになりますが、私は、親と教員が子どもに絶対に教えなければいけないことは“愛”だと思っています。自分がされて辛いことや苦しいことは他人にとっても同じであるということ。社会はひとりで成り立っているのではないのだから、他の人を不幸にして自分だけ幸せになってもなんの意味もないということを、子どもたちにぜひ伝えてほしい。そういう他者への思いやりを持ったうえで、どう生きていくかを次の段階で考えさせることが、私は真の教育だと思います。

森永 卓郎(もりなが たくろう)

経済アナリスト(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 客貝研究貝、獨協大学 経済学部 教授)
昭和32年7月12日東京生まれ。東京大学経済学部経済学科卒。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁総合計画局などを経て(株)UFJ総合研究所 経済・社会政策部部長兼主席研究貝として現在に至る。数々のニュースコメンテーターやラジオのパーソナリティーとしても活躍中。
また、ミニカー他、様々なコレクターとしても有名。ベストセラー『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)をはじめ、『「カネ」はなくとも子は育つー人生から世界経済までー』(エイ出版社)、『平和に暮らす、戦争しない経済学』(アスペクト)、『本当の幸福を得る唯一の方法』(光文社)など著書多数。

写真:言美歩/インタビュー・文:栗林俊晴

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