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教育インタビュー

2006.08.01
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キム・ヘジョン 希望は奇跡を生む。わが子の闘病生活から見えてきたもの

映画『奇跡の夏』(原作『悲しみから希望へ』)の原作者キム・ヘジョンさんは、家族で韓国からカナダに移住したあと、長男のソルフィ君が脳腫瘍であることが判明した。絶望の中にあってお互いを思いやる家族。原題どおり、悲しみから生まれる希望という映画の大きなテーマについて、ご自身の体験をもとに語っていただいた。

子どもが病気になって感じた罪悪感

学びの場.com大変お聞きしにくいことですが、長男のソルフィ君の病気のことを聞かされたとき、どう思われましたか?

キム・ヘジョン誰でもそうだと思いますが、まず初めは「そうではない、間違いに違いない」という拒絶の気持ちです。それがだんだん、事実を受け入れなければならない、という気持ちに変わっていきました。 ----映画の中で、子どものためにと思って厳しくしつけてきたのがいけなかったのかと自分を責めるシーンがありますね。私にも心当たりがありますが、多くの親は、いつもそうやって自分を責めてしまいがちです。  確かに罪悪感を持ちました。でもそれは、小児ガンを持つ子どもの親すべてが感じることだと思います。私はすべての知識を読書で得る傾向がありましたから、どうしたらよいか知りたくていろいろな本を読みました。その中にガンの子どもを持った親のための指針を書いたものがあって、その中のひとつに、「罪悪感から抜け出すように」というのがありました。でもそれには、とてつもないエネルギーが必要でした。長い時間をかけてようやく抜け出すことができたのです。

学びの場.comキムさんは、お子さんの教育のためにカナダに移住されたそうですね。映画の中では、子どもさんたちを塾に通わせ、かなり教育ママなお母さん像が描かれていました。日本でも受験熱が高まっていますし、通塾の低年齢化も話題になっています。韓国でも似たような状況なのでしょうか。また、日本ではいじめや不登校などの問題がありますが、そのようなことは韓国にも起っているのでしょうか。

キム・ヘジョン韓国には、日本のような大学附属の学校がないので、中学受験というのはありません。そのあたりは日本の事情と異なると思います。  カナダへの移住は、おっしゃるとおり、子どもによりよい教育を与えたかったためです。韓国の学校では、似たもの同士の子どもが集まる傾向があり、読書の好きなおとなしい性格の長男は、いじめにあい、友だちもいませんでした。学校でのストレスはかなりなものだったと思います。それが私にカナダ行きを決意させました。私は子どもが生まれる前も、ハンガリーで何年か暮らすなど、新しい環境に身をおくことが好きでしたから、カナダへの移住もそう突飛な発想ではなかったのです。

学びの場.comソルフィ君の病気がわかってから、韓国に一時帰国されたときに、「障害のある人間をまったく考慮に入れずに建てられた建物や信号を前にして、大変心細く、恐ろしい思いをした」というようなことが著書に書かれていましたが、カナダは、バリアフリーの思想が行き届いていて、大変住みやすいそうですね。医療環境も韓国とはかなり違っているようですが。

キム・ヘジョン医療には、ふたつの形があると思います。ひとつは商品化された医療で、もうひとつは商品化から離れ、患者の権利を大事にする医療です。カナダの医療は、個人の権利をとても大切にしてくれます。たとえば、子どもは入院生活を嫌うものです。でもカナダでは、たくさんのボランティアの方が病院を訪れて、さまざまな活動をしてくれます。いってみれば、病院の中に学校があるようなものです。病院の関係者も、白衣ではなく子どもが喜ぶような衣装を着ています。  それに、治療だけでなく、いろいろな面で子どもの感性に合わせてくれるし、親のためのカウンセラーがいて、親に対する心理的なカウンセリングをしてくれます。病気に対するケアだけでなく、心理的なケアもしてくれるのです。それに、医療費は基本的に無料です。

病気が、家族のつながりを変えた

学びの場.com映画の中では、自分勝手だった弟のハニくんが、周囲の人たちを思いやり、友だちのために行動を起す子どもに変わっていきました。ご長男の病気を通じて、家族としての成長を感じることはありましたか?

キム・ヘジョン実際に家族で闘病生活を送っているときには、無我夢中で、家族が成長する、なんて思えるのは後になってからのことです。たとえば弟ですが、道を歩いていて石が落ちていたり、店の商品が出ていたりするとすぐに兄に危険を知らせます。兄のことを考えて自然にそういう習慣が身に付いたのです。
それまで次男はどちらかというと甘えん坊の傾向がありました。しかし兄が病気になり、本能的に弱い者の気持ちを考えるようになったのだと思います。

学びの場.com本を読ませていただくと、長男のソルフィ君はとても明るくてポジティブな考え方を持ったお子さんなのですね。病気が進み、次第に目が見えなくなったときも、「耳が聞こえなくなるよりいい」と言って落ち込むことなく点字の勉強をしていた、というくだりを読み、胸を打たれました。

キム・ヘジョンそうですね。元々長男はとてもいい子でした。自分のことよりもまず人のことを考えられる子なのです。病院で放射線と抗ガン剤で治療を受けるとき、カナダでは精神科医が付き添いますが、その医者に「いい子に見られたい強迫観念があるのではないか」と言われたほどです。もちろんそんなことはありません。欧米では珍しい性格なので、そう思ったのでしょう。入院しているときも、一緒に遊んであげられないので弟がかわいそうだといって、弟のためにお話を書いて本を作り、読んであげていました。  初めての手術を終えてソルフィが意気消沈しているとき、神経外科のドクター、スタインバック氏が、「希望は奇跡を生み出す」と言いました。ソルフィはこの言葉が大好きです。闘病生活の中でもいつも希望を失わず、笑顔を見せる子どもたちを見ていると、その言葉を実感します。子どもたちには信じられないほどの力があるのだと思わざるを得ません。

学びの場.comヘジョンさんは、「一人デモ」というのをやっていたそうですね。ソルフィ君の闘病経験から、弱者を切り捨てるような社会や医療の仕組みにもの申していく活動、とお聞きしていますが。

キム・ヘジョンその通りです。もともとは、これは子育てをしている女性のために立ち上げたインターネットのサイトで、その中にいろいろなテーマを載せ、それを見た人がネットで輪を広げるものでした。(注:本の出版と同時にサイトは終了した)
このサイトにはかなりの反響があり、それが本を書くきっかけとなったのですが、最も反響を呼んだテーマは「不可能な夢を見るリアリスト」というもので、弱者の立場から医療について意見を募りました。私の家族はカナダに移民としてやってきて子どもが医療のケアを受けたわけですが、これが韓国で、たとえばバングラデシュからやってきた移民だったら、果たして同じようなサービスが受けられたでしょうか? この一人デモで韓国の医療システムを変えられると思うほど私は楽観的ではありませんが、医大生からの反応もたくさんあり、私はそれで満足しています。

闘病生活で孤立している人に見てほしい

学びの場.com最後に、日本でもこの『奇跡の夏』が公開されることになりましたが、どんな人に見てもらいたいと思いますか?

キム・ヘジョン韓国で公開されたとき、サイトに寄せられた感想を読みました。中には「子どもの感受性をよくするために見た」など、私としては苦々しく思うものもありましたが、闘病中の家族からのコメントもあり、それは嬉しく思いました。家族の誰かが病気になって闘病生活が始まると、家族は社会から孤立してしまいます。ですから、そういう人に、ぜひ見てもらいたいと思います。  また、「子どもが健康なことがどれほど大切かよくわかった」というのも数多く寄せられました。映画を見て、いつも当たり前だと思っていることがいかにありがたいことか、気づいてもらえたら、と思います。

記者の目

映画や原作を見る限りでは、闘病に疲れ果てた「弱い人」を想像していたのですが、キムさんはとても強く知的な女性でした。映画は韓国では大変な話題を呼び、カナダでも主演の子役、パク・チビンがニュー・モントリオール国際映画祭主演男優賞を受賞するなどの評価を受けています。しかしキムさんは、そのような周囲の騒ぎには全く動じず「一握りの同じ思いで苦しんでいる人を勇気付けられることができればそれでいい」と冷静。ソルフィくんは、今もカナダで元気に闘病生活を続けています。

※「奇跡の夏」は7月15日よりシャンテシネにて公開中。以後全国で順次公開の予定です!

関連情報
『奇跡の夏』 わんぱくな9歳の少年・ハニと、3歳年上の兄・ハンビョルは大の仲良し。ある日、ハンビョルが脳腫瘍のため入院し、幸せな4人家族を苦しみと悲しみが襲う。そんな事態をすぐには受け入れられなかったハニだが、やがて兄を助けたいという思いが芽生え……。
監督:イム・テヒョン/脚本:キム・ウンジョン/原作:キム・ヘジョン/出演:パク・チビン、ソ・テハンほか ©MK PICTURES 2005 (写真提供:パンドラ ※写真の無断使用・複製は禁じます)

キム・へジョン(きむ・へじょん)

大学在学中、朝鮮日報の『新春文芸』に小説が掲載され文壇デビュー。以後、放送作家をしながら、小説、ドキュメンタリーを手がける。『人と人』『ニュースビジョン東西南北』『韓国の美』『韓国再発見』『テレビ文化紀行』などのドキュメンタリー製作に参加。

映画『奇跡の夏』(原作『悲しみから希望へ』)の原作者キム・ヘジョンさんは、家族で韓国からカナダに移住したあと、長男のソルフィ君が脳腫瘍であることが判明した。絶望の中にあってお互いを思いやる家族。原題どおり、悲しみから生まれる希望がこの映画の大きなテーマになっている(映画の舞台は韓国)。

聞き手:高篠栄子/取材・構成・文:堀内一秀/PHOTO:岩永憲俊

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