教育トレンド

教育インタビュー

2006.01.31
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竹田津実さん 「ばかなことだけどいいな」と思えることが、実は子どもには大切 映画『子ぎつねヘレン』原作者

獣医として長年、野生動物の保護、治療に取り組んできた竹田津実さん。野生動物との付き合いを通して人間の子どもを見ることで、人間世界の教育のおかしさが浮かび上がってくる。

野生動物のための診療所を始めるまで

学びの場.comまず、竹田津さんの子ども時代のことからお聞かせ願いますか?

竹田津実さん僕が育ったところはとにかく田舎で、いつも親から「家の外で遊ぶように」といわれました。たぶん私の世代は、「勉強しろ」と言われなかった最後の世代だと思います。それに今のようにパソコンやインターネットもなく、情報量が少なかったのも幸せだった。
高校を卒業して就職しましたが、体をこわして辞めなければなりませんでした。そして、大学に入ろうと思ったわけです。それで専攻を選ぶ際に、小さいとき動物園の園長になりたかったことを思い出して獣医学科を選びました。情報がなかったので、獣医になれば動物園の園長になれると思っていたわけです。でも、大学に入ってすぐに、獣医になるだけでは園長になれないことがわかりました。せっかく入学したのにいきなり夢が敗れてしまった。
大学時代は、カナダのアルバータ州へ行って獣医をしたかったんですが、その話がダメになって、北海道でウシとウマを診る診療所に就職しました。その診療所で、結局28年働きました。当時はウシ一頭一頭すべてに愛称が付いていました。それが1960年代になると、ウシに愛称を付けなくなりました。そのころからウシを生き物として見るのではなく、ミルクを出す機械として見るようになったのだと思います。そういう流れが空しくなって、ならばとその対極に位置する野生動物のための診療所を始め、今に至ります。野生動物を診る、ということは、飼い主がいないわけですから、診療費がもらえない。だから『アニマ』などの雑誌に原稿を書き、写真を載せてもらって収入を得ていました。

うっとうしいもの、きたないものを閉じこめている

学びの場.com最近、学校でも凶悪な事件が起き、子どもたちが「命」を軽んじている、とよく言われます。

竹田津実さんそれは当然だと思います。昔は、人が家で死ぬのはあたりまえだった。でも、最近では家庭で「死」を見ることはほとんどありません。だから今は、「命」というのは単なる言葉でしかない。「死」というものは決して美しいものではありません。現代は、だれでもが「うっとうしいもの」、「きたないもの」から目を背け、どこかに閉じ込めたがっています。こういう時代にあっては、命について論議をするのは空しくなってきます。
たとえば学校で動物を飼おう、という場合、育てるのがなるべく簡単な動物を選ぶ傾向があります。つまり、その時点ですでにある種の「選択」がなされているわけです。
「命」や「生命」について本当に論議しようと思うなら、都市にどれだけ「うっとうしいもの」「きたないもの」「不合理なもの」を取り込んでいくか、そういう哲学が必要だと思います。

学びの場.com野生動物とずっと付き合ってこられて、どんなことが見えてきましたか?

竹田津実さん僕もよく「人間と同じように対等に動物とも付き合う」とも言いますが、僕なんかもやはり動物を上から見ていることが多いと思います。「……してやっている」という態度が出てしまうから、動物もなかなか気を許しません。うちの4人目の子どもは、幼稚園に行かせませんでした。それで、娘は友達がいないのでうちで入院している動物を友だととして、まったく対等に付き合って育ちました。そうすると、本当に動物と対等になれるんですね。
たとえば僕なんか酔っぱらってキツネのしっぽを踏んでしまうことがあります。するとキツネは怒って噛みついてきます。そんなとき、僕は「あっ、悪かった、悪かった」とキツネに謝ってしまいます。娘がどうするか見ていると、キツネに噛みつき返しています(笑)。そうすると、すごくキツネは喜ぶ。嫌なことは嫌、嬉しいことは嬉しい、とお互い意思表示をして、兄弟のような関係になるからです。でも、それは子どもだからできることであって、大人になると、動物と対等に付き合うのは難しいかもしれません。

発せられた「信号」に応えれば十分

学びの場.com竹田津さんご自身は、どのようにお子さんたちを育てられましたか?

竹田津実さん僕がどんなふうに子どもを育ててきたか考えてみると、動物に対するのと同じだったと思います。つまり、子どもからある信号が発せられると、それを受け取って応える、ということです。それを延々とやってきただけだと思います。「助けて」という信号を受け取ったら、助けてやる。僕はそれで十分だと思います。それを通じて、子どもはどんな信号を発したら親がどんなことをしてくれるか理解していきます。

ピクニック先で、竹田津先生に抱かれる子ぎつねヘレン。気持ちよさそうに眠っている。

信号、といっても言葉ではありません。口で言ってうまくいくなら口で言いますよ。人間というのはおかしなもので、口で言えばうまくいくと誤解している。「話せばわかる」なんて完全な誤解です。「話せばわかったような振りをする」が本当です。言葉だけでお互いにわかり合うことはできません。

たとえば、「助けて」という信号は、誰でも受け取ることができます。でも、実際に「助けて」という信号を発している動物を私のところに連れてくるのは、小学校4年生までの子どもと、60歳以上のご老人です。小学校5年生以上になると、「助けて」という信号を受け取っても、「見て見ぬ振り」ができるようになるからです。小学校4年生までは「見て見ぬ振り」ができない。「見て見ぬ振り」ができるようになったのは、大人になった、人間的になった、ということでしょうか? そうやって考えてみると、「見て見ぬ振りができる」大人たちがつくる社会が、「優しい社会」「豊かな社会」であるはずかない。

子どもたちは、本当に自由になったことがない

学びの場.com最近の子どもたちを見て、特に感じられることはどんなことですか?

竹田津実さん僕のところで子どもたちを預かることがあるんですが、最初に「ここでは親がやってはいけないということ、先生がやってはいけないということをなんでもやっていい。ただ、死ぬことだけはダメ」といいます。そういうと、だいたいの子どもは30分か1時間ぐらい立ちすくみます。だから「指示されることがなにひとつない自由」は恐怖以外のなにものでもないんです。こんな子どもたちが増えて、本当の教育が成り立っているとは、僕には思えません。

学びの場.com今の子どもは小さい時から受験勉強をさせられたり、毎日習い事で忙しかったり、自分で自由に考えて行動することが少なくなっているからなのでしょうか。

竹田津実さんそういうことが好きなのは大人であって、子どもはそうではありません。子どもの時代は子どもらしく過ごしてもらいたいと思います。小さい頃から、「そんなこと必要ないじゃないか」というものがたくさんあります。
そんなことより、猫を一匹愛して、猫の死に立ち会ったほうがずっといいですよ。今まで生きていたものが息をしなくなって、だんだん体温が落ちていくのを実際に立ち会うと、100人の子ども100人がかならず大泣きします。あの大泣きはいいですね。そういう、自分の心の底から大泣きするような経験が少なくなっているのでしょうか。そうではなくて、こういう泣き方をすればお母さんが何かしてくれるんじゃないか、と予定しながら泣く泣き方がどんどん増えてきているんじゃないでしょうか。

「ばかなことだけど、いいな」と思ってもらえたら

インタビューを終えた高篠編集長と竹田津先生。たくさんの命を見守ってきた竹田津先生の瞳は、眼鏡の奥でとても優しく微笑んでいました。

学びの場.comこれから映画をご覧になる方に、何かメッセージがありますか?

竹田津実さん映画の脚本は本とは違いますし、俳優が演じると我々とはまた違うわけですけれど、どうしてあんなばかなことやっているんだろう、と思っていただければありがたいですね。ばかなこと、というのは、子どもたちにとっても必要なことなんです。僕の書いた本が売れたということは、「ばかなことだけどいいな」と思ってくれた人がいたんだと思います。
いつも起承転結があって、正しいことをすると正しい結果が出る、そうではない世界ってたくさんあるじゃないですか。そういう世界についてみんなが共感を持ってくれたらいいと思います。

関連情報
映画『子ぎつねヘレン』より/撮影:野上哲夫/「子ぎつねヘレン」フィルムパートナーズ 映画は竹田津さんの著書『子ぎつねヘレンがのこしたもの』をもとに新たなオリジナルストーリーとして創られたもの。北海道の雄大な自然を舞台に、与えられた命を精一杯生きる子ぎつねと少年、彼らを見守る獣医たちの心の触れ合いを通して、命の大切さ、家族の再生を描く最高の感動作。出演は大沢たかお、松雪泰子ほか。

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竹田津 実(たけだ みのる)

1937年大分県生まれ。大学卒業後、北海道斜里郡小清水町農業共済組合・家畜診療所に赴任。1972年より、野生動物の保護・治療・リハビリに取り組む。主な著書に『野生からの伝言』『写真記 野生動物診療所』などがある。写真家・エッセイスト。著書『子ぎつねヘレンがのこしたもの』が映画化され、『子ぎつねヘレン』のタイトルで、全国で公開。

聞き手:高篠栄子/構成・文:堀内一秀/PHOTO:言美 歩

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