教育トレンド

教育インタビュー

2005.07.12
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ダグラス・トレルファ 「アメリカの教育改革に学ぶ」

「ゆとり教育」以後、日本では教育改革がなにかと話題に上ります。 アメリカでは日本に先駆けて大規模な教育改革が行われ、成果を上げていると聞きます。 日本の教育改革はどのような方向に進むべきなのか、 アメリカの教育改革に直接携わり、日本の教育事情にも詳しいダグラス・トレルファ氏にお話を伺いました。

アメリカの教育改革はどのように行われたのか

学びの場.com今日本では教育改革についての論議が盛んですが、その参考として、成功したといわれるアメリカの教育改革について説明していただけますか?

ダグラス・トレルファ アメリカでは、90年代後半から学校の「アカウンタビリティ(説明責任)」というものが浮上しました。それまでは、学校は生徒の成績アップに責任をあまりもっていなかったんです。誰も文句を言わなかったんです。そこで、学校のアカウンタビリティをシステム化することになりました。 まずテキサス州で、1994年ぐらいTAS(テキサス・アセスメント・システム)というものを導入しました。アセスメント統一試験として小学校、中学校、高校の公立学校の生徒全員にテストを受けさせ、学習の到達度を学校ごとに集計して発表しました。これを継続的に行って、どの程度成績がアップしたかを評価する制度を義務づけました。 そして、成績が上がっていない場合は、学校運営の改善計画の作成を義務づけたり、成績がアップしていた場合には援助金が支給されました。また、第三者評価制度も取り入れられました。 カリフォルニア州では、現在のシュワルツェネッガー知事の前のデイビス州知事が、アカウンタビリティの導入を選挙公約にして当選しました。そして州知事に当選すると、1999年にアカンタビリティの3つの柱を作りました。第一は、高校の卒業試験の導入。第二は、API(アカデミック・パフォーマンス・インデックス=学力到達度)の導入です。第三は、成績がよくない学校への援助制度の導入でした。この中で、特に成果を上げたのがAPIです。独自の計算方法ですべての学校のAPIが計算され、そのレベルが新聞やウェブで公表されます。

学びの場.com日本では、公立学校のランク付けには抵抗のある人が多いようですが、アメリカでは問題なかったんですか?

ダグラス・トレルファ アメリカでは当たり前のことになってきています。逆にアカウンタビリティという観点からすれば、例えば父兄が学校に行ってAPIのデータがほしい、といえば、決まった時間以内にデータを提供することが義務づけられています。もしデータを出さなければ、訴えられることになります。提出されるデータも、男女別、人種別の成績など、細かく分かれています。こういったデータは、教師ではなく教育委員会が作成します。

アメリカで教育改革が行われた背景

学びの場.comこうした教育改革が求められた裏には、どのような背景があったのですか?

ダグラス・トレルファ ロサンゼルスの場合は、学校の学力到達度がかなり低いレベルにありました。そして市民からも、企業からも、政治家からもロサンゼルスの公立学校に対する不満の声がありました。英語を話さない移民が多かったり、貧困層の住民が多い地域では公立学校のレベルが低かったからです。裕福な住民が多い地域なら、公立でも親からの寄付があったのでそれなりのレベルを維持していました。こうした現状を改善するために、教育委員会にも「公平さ」が求められました。

学びの場.comそうすると、教育改革を求める声は、主に貧困層の多い住民から出てきたわけですか?

ダグラス・トレルファ いえ、ロサンゼルスの場合は、企業と政治家の声がいちばん大きかったと思います。特に企業では、採用した人材がろくに計算もできない、ということで学力低下に対する危機感が強かったようです。

当時ロサンゼルス市のリチャード・リオルダン市長は不動産で金持ちになった人で、この人が教育への基金を設立しました。そして自分の腹心を教育委員会に送り込んで改革を進めたのです。改革の内容は、まず学校の制度を企業化すること、つまり結果について責任を持つこと、それからデータを重視し、データに基づいて改善を進める、ということです。こうした改革と、ロサンゼルスのデイビス州知事が進める改革がいっしょになって教育改革が進められました。

学びの場.comそうした改革に対して、教師からの反発はなかったんですか?

ダグラス・トレルファ 教師側から出た意見は、生徒の成績が上がらないのは教師の責任ではなく、教育費の不足や親の貧困によるものだということ。あとは「もっと給料を上げてくれたら、もっといい教育ができる」というものです。公聴会が開かれましたが、結局、責任は誰にあるのか、ということがいちばんの問題だったと思います。 この改革の成果はどうかというと、統一テストの結果はまだあまりよくありませんが、この4、5年間少しずつ上がってきています。もし、数字に表れる形で成績が上がらなければ、教育委員会は記者会見を開いて理由を説明しなければならないし、教育委員長もクビになります。その代わり数字で測れる学力偏重になり、心の問題とか、音楽やスポーツがないがしろにされてきている、という傾向はあります。

日本の教育改革も評価すべき

学びの場.com今の日本の教育改革は逆の方向に進んでいますが、それについてはどう思われますか?

ダグラス・トレルファ 私は、健康や音楽やスポーツも大事な教育だと思っていますので、日本のゆとり教育は基本的には間違っていないと思います。教育はテストで計れるものだけではありません。アメリカの教育改革はテストやデータばかりが重視され、問題があるように思います。 ただ、昔の受験戦争はよくなかったと思います。また、日本で登校拒否が増えたのは、やはり学校にどこか問題があるからではないでしょうか。また日本の場合は、目立たない方がいいという文化的な問題として、コミュニケーションが苦手で、批判的な思考ができない、ということがあります。これらの問題に対してどう対応していくかが、日本のこれからの課題だと思います。 また、日米の比較ということでいえば、アメリカでは健康や肥満が大きな問題です。ですから学校で勉強だけを教えるのではなく、健康管理についても教えていく必要があると感じています。

学びの場.com日本の場合、公立のゆとり教育が物足りなくて私立に流れる傾向が最近ありますが、アメリカの場合はどうですか? たとえば、公立でもレベルの高い地区に引っ越したりすることがあるんでしょうか?

ダグラス・トレルファ 統計がないのではっきりしたことはわかりませんが、全体的にはそんなに多くはありません。ただ時々、ウソの住所を登録して学校に通っているケースはあるようです。私立を選ぶ人もいますし、ほかの地区に引っ越しをするケースもあるようです。 ただ、一般的な傾向として、APIの値が高い学校の周りの土地は高いです。不動産会社も、広告にそのことをうたったりします。そのためレベルの高い学校にはますます裕福な家庭の生徒が集まり、さらにレベルが高くなります。そういったことから、かなり前から二極化が進んでいます。 これは新たな社会問題だと思います。レベルの高い地域に住むためには高収入が必要で、そのため親は共働きで長時間働かなくてはなりません。そのため、子どもと直接接する時間がなくなってしまいます。現在アメリカではあまり問題視されていませんが、そのうち表面に出てくると思います。

日米の問題と、これから進むべき方向

学びの場.com今のお話を聞いていると、日本もアメリカも教育改革を進めて、二極化という同じような問題にぶつかっているように感じられますが、なにか打開策はないんでしょうか?

ダグラス・トレルファ 難しいですね。結局日米どちらにしても、子どもにいい教育を受けさせ、いい学校に進学させ、いい仕事に子どもをつけたいという親の思いがいちばんの原因ですから、制度を変えたりするだけでは対応できないかもしれません。

学びの場.com日本の教育改革はこの秋に方針が固まりますが……。

ダグラス・トレルファ 日本の教育で弱い面についていえば、アメリカではある物事についてみんなで意見を出し合い、ディスカッションをして答えを見つけていくことが多いです。日本の高等学校では「これが答え」と決まっていてそれを暗記するだけです。アメリカでは違う意見を出した人の立場も考え、個人で判断します。文化的な違いはあると思いますが、これからの国際化を考えるとどういう教育が必要になってくるか、真剣に考える必要があると思います。

ダグラス・トレルファ(Douglas Trelfa)

1963年アメリカのミシガン州生まれ。文部省の研究生として慶應義塾大学で教育心理学と社会学を研究。日本の職業教育制度をテーマに、ミシガン大学大学院で博士号を取得。その後、日米教育の比較調査に研究員として努める。また、アメリカで2番目に規模の大きいロサンゼルス統一学校区で教育システムの改善に当たる。現在は、玉川大学で国際教育の展開と教育社会学を教える。

聞き手:高篠栄子/構成・文:堀内一秀/PHOTO:岩永憲俊

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