教育トレンド

教育インタビュー

2004.11.09
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美馬のゆり 最新技術について、誰でもが議論し判断できる場をつくりたい

科学技術創造立国を目指し、科学技術への理解を深めるための拠点として2001年に開館した日本科学未来館。最先端の科学技術の展示だけでなく、積極的にセミナーやシンポジウムを行い、ノーベル賞科学者の白川英樹博士から直接レクチャーを受けることのできる実験工房、サイエンスカフェでのコンサートなど、ユニークな企画を次々と打ち出してきた。まさに"進化し続ける"という言葉がぴったりの科学館である。今回は、この館の設立企画から携わり、いまも副館長として館を動かし続けている美馬のゆりさんに話を聞いた。(PHOTO:岩永憲俊)

これまで日本になかった科学館

日本科学未来館のシンボル展示 「ジオ・コスモス」の前にて

学びの場.com一般の入場者も多いと思うのですが、先生に引率された生徒の割合も多いように思います。それだけ魅力的な科学館であるというのはもちろん、他の科学館との違いはどういうところにあるのでしょう?

美馬のゆりまず、これまでみなさんが抱いていた「科学館」のイメージとは全く違うところだと思います。展示している内容も違いますし、その見せ方も違います。  日本科学未来館は、毛利衛館長の提唱した4つのコンセプトをもっています。「Movement」「Mobile」「Media」「Meeting」---つまり、単なる箱ではなく進化する「運動体」であること、不動で自閉的な館ではなく柔軟性をもった携帯のできる「知のツール」であること、存在するだけでなく新しい科学技術文化を創造する「触媒」であること、そして、新しい出会いの場であり英知の交差、合流点であることの4つです。  この4つのコンセプトと、最先端の科学技術を展示テーマをつなげ、それを参加体験型の展示と対話による解説によって、来館者に提供しています。  展示フロアで最先端の科学技術をわかりやすく伝えてくれる展示解説員を「インタープリター」と呼んでいます。彼らは展示に関する専門知識を持っており、なかには大学で研究をしている学生や、若手の研究者もいます。入館者に対してデモンストレーションや実験などを行うことによって、展示についての理解をより深めてもらい、また楽しく体験することを手助けしてくれます。

ここでの体験が、科学に興味をもつきっかけに

学びの場.com

学校の授業の一環として訪れる生徒も多いようですが、特に学校と連携を図っているということがあるのでしょうか。

美馬のゆり日本科学未来館の活動には7つのネットワークが関わっています。研究者と技術者、メディア、ボランティア、友の会と入館者、行政府、学校、そして内外の科学館です。最先端の科学技術に携わる人々が自らの研究を研究者や一般の人、そしてメディアに紹介でき、またメディアにとっては最新の動向や情報を取得したり、研究者と交流する場として活用できる。こういったすべての人々との相互作用で日本科学未来館は動いていくと思っています。  開館した最初の年は、ボランティアと友の会と入館者に対する活動に力を入れました。そして2年目に目指したのが学校や内外の科学館との連携です。その活動は『スーパーサイエンススクール』(数研出版)にまとめられています。  たとえばある中学校では、「ミクロの世界」について、まず学校の理科室に大学の先生を招き講義と実験を行いました。そしてここに来て、インターネット電子顕微鏡を操作し、自分で用意したサンプルを観察するというように発展していきました。  また、ある高校では、ここに来て初めて知った「超伝導」について、リニアモーターカーやプラズマ実験装置、大学病院のMRIなど研究現場を生徒が訪問しました。大学で超伝導研究や実験を体験した生徒もいます。そして学会との連携による成果発表会「高校生シンポジウム」も開催されました。
このように、日本科学未来館の展示で関心を高めた分野から、研究者を学校に招いて講義や実験を実施したり、研究開発中の最先端の科学技術について大学・研究機関等と連携して第一線の研究現場を訪問するプログラムも実施されています。本物の迫力と研究者との対話は、生徒に大きな感動を与えることと思います。

私自身、高校2年生のときに、先生に勧められてIBMの本社の中にあった見学コースを体験したことが、印象深く記憶に残っています。まだ「コンピューター」ということばが今ほど一般的ではなかったのですが、その時にコンピューターの力のすごさを見せつけられ、これはきっと世の中を変えるものになるに違いない、と確信しました。そして、こういうことに携わる人間になりたい、と強く思ったのです。その体験が、それまで漠然と大学は数学科にと思っていたのを変更して、計算機科学科に進学することに決めるきっかけとなりました。  科学館とは、ただその場限りの体験で終わるのではなく、何かしら、その人の中に残っていくものなのではないでしょうか。

大人にも最先端科学の情報を!

学びの場.com開館してちょうど3年。美馬さんは日本科学未来館の設立企画段階から携わっていらっしゃいますが、今後、企画されていることはどんなことでしょうか。

美馬のゆりここは、もともと中学生以上を対象にしているのですが、これからはもっと大人に来てもらいたいと思っています。最先端の科学技術には、たとえばヒトクローン胚とか、遺伝子組み換えとか、生活に直結しているものが実はたくさんあります。それについてみんなが議論したり判断できたりするような情報を提供する場にしていきたいのです。  子どもにわかりやすく、というのは他の館でもやっていますので、ここでは研究者やジャーナリストを招いて、大人のための議論ができるようにしたいと思っています。   たとえば環境問題の身近な例でいえば、牛乳は紙パックとビンとどちらが環境にいいのか。紙パックはパルプを使うため、森林資源を破壊していくのでよくないという話もありますが、ビンにすれば今度は洗剤を使うため水を汚してしまいます。あるいは遺伝子組み換え食品にしても、本当に身体に悪いものなのか、なんとなくワイドショー的なところで、「危ない」と騒いでいるのですが、本当に私たちの社会にとって悪いことなのか。どういう害があるか、ちゃんと説明できる大人がどれくらいいるのでしょう?

学びの場.com昔は、ラジオなど家電は親が分解して直したりできた。今の家電は分解しても何がなんだかさっぱりわからない。そのあたりから、大人においても理科離れは起こっているのだと思います。そのうえ「遺伝子組み換え」とか「ゲノム」などという言葉が出てきて、もう完全にお手上げ、というのが現状でしょうね。

美馬のゆりわからない、難しい、とあきらめてしまうと、知らないところでどんどん開発が進んでしまうこともあります。ですから、大人は議論し、判断できるようにしていかなければいけないのです。  この館の役割は、判断ができるように、できる限り有用な情報を提供することだと思います。最新技術に携わる研究者を呼んで、そういう人たちが対話できるような場が日本にはあまりありません。  ヨーロッパでは、「サイエンスカフェ」とか「サイエンスパブ」といった場所があって、カフェやパブに出掛けていって、普通の人が20人くらいで議論をしているのです。そういう場が日常的にいろいろあります。また、若い研究者にとっても、一般の人たちがどう思っているのか、ただ研究が面白いから突き進んでいくというのではなく、ちょっと立ち止まって耳を傾けてみるのも、非常に大切なことだと思います。  「フォーラム機能」と名付けているのですが、このような議論の場を提供する、情報を提供することを、これからは積極的にやっていきたいと考えています。

美馬 のゆり(みま のゆり)

日本科学未来館副館長
1960年生まれ。電気通信大学卒業Aハーバード大学大学院教育学研究科修了。埼玉大学や、公立はこだて未来大学などで教鞭をとりながら、スタンフォード研究所、マサチューセッツ工科大学で客員研究員として研究を続ける。また、科学技術振興事業団の「サイエンス・チャンネル試験番組編成委員会」や文部科学省の「子供向け科学技術白書編集委員会」委員など日本の科学技術の発展に努めている。平成14年10月より現職。

取材・構成 長橋由理

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