教育トレンド

教育インタビュー

2004.05.11
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中川健朗さん 「単に役に立つIT」より、「実際に現場で使われるIT」を

20世紀の終わりに始まったIT革命は、社会の情報に対する考えを一変させてしまった。今となっては、インターネットやメールのない社会を考える方がむずかしい。こうした社会の急激な変化に対して、教育の現場はどのように対応していくのか。学校へのIT導入の話はよく耳にするが、その進捗状況や成果はどうなっているのだろうか? 文部科学省で情報教育を担当する中川参事官に話を伺った。(PHOTO:岩永憲俊)

2本柱で教育の情報化に取り組む

学びの場.com文部科学省では教育の情報化を進めていますが、目標はどのようなところにあるのでしょうか?

中川健朗さん教育の情報化の目標は、大きく分けてふたつあります。まずひとつ目は、コンピュータや情報を活用して情報社会に主体的に対応していくこと。これから情報化社会がますます発達していくことは確実ですから、それに教育という観点からも対応していくことです。これに関しては中学校の技術・家庭科に「情報とコンピュータ」を必修分野として入れるなど学習指導要領でも対応しています。  もうひとつは、教育の手段としてITを利用する、ということです。つまり情報化社会に対応するだけでなく、その利点を学習に活用していく。確かな学力を付けるための手段として、教科の学習にITを利用することを目標にしています

学びの場.comそのためにどのような取り組みを進めているのですか?

中川健朗さんこうした目標を達成するために、数多くの事業が進展しています。10年前からモデル校を設置する「100校プロジェクト」というのを始めていますし、総務省と共同で「学校インターネット事業」を進め、全国で約3000校を指定し、高速インターネットを活用した研究開発をして、大きな成果をあげています。

教師の指導力と校内LANがカギ

学びの場.comそうした目標に対し、現状はどうなんでしょうか?

中川健朗さん日本政府が掲げているe-Japan重点計画では、2005年度までにすべての公立学校で高速インターネット接続を実現し、校内LANですべての教室を結び、コンピュータを使った授業できるようにをする、ということを目標にしています。  昨年の段階で、インターネットへの接続はほぼ100%達成されました。そのうちADSLなどの高速回線接続は57%ですが、着実に伸びています。一方、教員のほうは、現在コンピュータを使って授業のできる者の割合が半数を少し超えたくらいで、伸び率があまり良くありません。これについては教員に対して研修を行うなどして指導力の向上を図っていきます。  さらに、校内LANの整備ですが、こちらのほうはまだ3割ぐらいで、進展がかなり遅れています。校内LANの整備については地域差も目立ちます。都道府県で遅れている方から挙げていくと、東京都、奈良県、大阪府、神奈川県の順で、とくに都市部の数字が良くない。各県等に原因を聞くと、地方財政が厳しい、自治体の予算がほかに回ってしまい教育の情報化に回ってこないなどと言われます。このための財源は地方交付税という仕組みで、各自治体に措置されているので、各自治体は、なんとかしっかり取り組んで欲しいと思います。

学びの場.comそうすると、情報化の取り組みは成果が今ひとつだと?

中川健朗さん全体的に見てみると、ハードの整備ができてコンテンツができたところで、そのあとの普及というところで止まっている、なかなか活用が広がらないという実情があるようです。理由はいろいろあるのですが、たとえば教師が「自分の教育スタイルはITになじまない」と思って使わないということも聞きますし、教育現場が学力低下や不登校などの問題で手一杯で、情報化の促進にまで手を回せない、という悲鳴も聞こえてきます。これまでITなしに授業をしてきたわけですから、教師の危機感が足らない面もあるようです。  このままだと子どもの世界や社会のIT化は進むのに教育の分野だけ対応が遅れるのではないかという心配もしています。人材育成には時間がかかりますが、学校のある地域にも技術をもった人はたくさんいるはずですから、そうした人材を活用するなどして、地域ぐるみで関係者が努力していく必要があると思います。  IT導入に成功した事例としては、出席簿の管理などの校務処理にITを利用した例などがあります。ITを活用することで時間に余裕ができ、余った時間を他の問題を考えることに振り向けられるなど、IT利用の効果が現れています。また、民間のボランティアを募ってハードやネットワークの保守に回ってもらいうまくいった例も報告されています。

学びの場.com教育の情報化ということに関して、ほかの国の対応はどうなんでしょうか?

中川健朗さん海外の例で言うと、韓国やアメリカは日本よりもずっと進んでいます。たとえば韓国では校内LANが小・中・高で100%完備されています。アメリカでも、初等・中等教育の現場では92%整備されています。こうした情報化が進んでいる国は日本とどこが違うのかというと、特別な人だけが取り組むのではなく、みんなが当たり前のこととして、ITを道具として使っている点だと思います。

「生きる力」を育むための武器として

学びの場.comこれからさらにITの普及を加速させるにはどうしたらいいでしょう?

中川健朗さん教育の現場でITが普及するためには、ITの便利なところだけを強調して高度なものを作ることよりも、今後は、誰もが使えるようなものを目指すことがひとつのポイントだと思います。たとえば、教育情報の共有化事業というのを昨年度から開始しましたが、科目ごとに研究団体を指定して、そこで得られたノウハウを全国で共有するような取り組みをしています。これはおもしろい例なんですが、俳句のグループに予算をつけた例があります。上の句から下の句を作る授業のための簡単なソフトを工夫したのですが、そうしたらその共同作業を通じて、それまでITが苦手だった古典の先生もITを使うようになった。このように、「役に立つけど使われないIT」から、「実際に現場で使われるIT」、「みんなが使えるIT(ITが苦手な多忙の先生でも)」へと転換していくことが大事だと思います。

学びの場.com目標だった2005年以後の取り組みは?

中川健朗さんまずは、2005年の目標に向けて、国、自治体はじめ、産学官の関係者が一丸となって全力で取り組むことが最重要です。そのうえで、この目標に関連して、教育の情報化が何をもたらしたか等について、現場の声をよく聞いて、その結果を次にフィードバックすることが必要です。目標先にありきでは、現場の実態と乖離してしまう危険があります。これから社会ではITがますます普及していくでしょうから、その進展状況をきちんとフォローすることも必要です。  最近では縦割り行政の弊害が起きないよう、関係省庁が連携して進めていますし、これからは地方がイニシアティブを取って自主的に進めていき、これを国は的確に支援する、という方向になっていくと思います。  いずれにせよ、ITを子どもの教育の場で行かすということを考えれば、子どもたちの「生きる力」を育むための「武器」として活用していくことが何より大事なのではないでしょうか。

中川 健朗(なかがわ たけお)

文部科学省初等中等教育局参事官(産業教育・情報教育担当)

1985年3月東京大学工学系修士課程修了。同年4月科学技術庁入庁。'92年10月研究開発局宇宙利用推進室長補佐。'95年6月外務省在米日本大使館一等書記官。2001年1月文部科学省大臣官房人事課人事企画官。2002年9月科学技術・学術政策局地域科学技術振興室長。2004年1月より現職。

聞き手:高篠栄子 構成・執筆:堀内一秀

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