教育トレンド

教育インタビュー

2003.11.11
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有馬朗人さん 「学力低下」よりも、深刻な問題はほかにある

ゆとり教育、学校週5日制が導入されてから、子供の学力低下を心配する声が絶えない。しかし、目先の授業時間や内容削減にばかり目をとられてはいないだろうか。そもそもゆとり教育や総合的学習の時間は何を目指していたのか。そして日本の教育の問題点はどこにあるのか。当時の中央教育審議会会長で元文部大臣でもある有馬朗人さんに話を伺った。

学力は低下したのか?

学びの場.com「ゆとりの教育」が実施されて、子供の学力低下を心配する親が増えていますが?

有馬朗人さん学力の国際比較をしてみると、日本の学力は高いんです。1999年、中学2年生を対象に、約40カ国で算数と理科のテストをしました。その結果、日本はどちらも5番以内に入っています。それから2001年、OECDが行ったPISAというテストがあります。これは高校1年生を対象にした読解力のテストです。この結果を見ると、総合的な読解力で日本は8番、算数に関する読解は1番、理科は2番でした。  ただし、問題がないわけではありません。ひとつは、算数、理科が嫌い、という目安に表れています。日本は成績では優秀なのですが、算数や理科が好きかという問いに関しては下から1番か2番なんです。成績では日本と争っている韓国や台湾も、好き嫌いでは最低の部類に入ります。その逆に理科の成績の悪い国では理科好きが多い。なぜそんな結果が出るかというと、日本や韓国、台湾では、公式や法則を無理矢理教えているからです。つまり科挙型の勉強をしている、ということです。

学びの場.comでは、学力的には今のままで問題がない?

有馬朗人さん今度は逆の話をします。1999年、中学生の約70%が2次方程式を解くことができたという統計があります。ところが大学入試の結果を見るとどうなっているか。経済学部で2次試験で数学があるところでは90%以上2次方程式を解けている。ところが2次試験で数学がないと30%、学校によっては10%以下という結果が出てくる。つまり、考える力が養われていないから、必要がなければ忘れてしまう、ということなんです。考える力があれば公式を忘れても解けるはずです。  もうひとつ例を挙げましょう。1970年、算数と理科のテストでは、20カ国中日本は1番でした。この頃は義務教育で算数と理科の時間数がいちばん多かったときです。それから約20年経った1991年、35歳の人を中心にOECDが国際的に科学の基礎知識をテストしました。その結果、20カ国中日本は下から2番目。あれだけ義務教育で算数と理科を叩き込んだはずなのに、どうして大人になるとこうなってしまうのか。ここに日本の教育の大きな問題点があります。

「3割削減」が諸悪の根元なのか?

学びの場.com指導要綱の改正で授業内容が3割削減され、それに対しての批判も多いようですが?

有馬朗人さん最近は「3割削減」と罪悪のように言われますが、実状はどうでしょう? 仮に100%教えてその50%覚えていたとします。それなら、3割減らして70%のうち70%覚えられるように教えれば同じことです。そして減らした30%を「考える力の育成」に回せばいいんです。社会体験や自然体験を通して考える力を育成すれば、覚えたことを応用する力がついてくるはずです。  シンガポールはすでに、考える力に重点をおいて、教える内容を3割削減しました。削減したにもかかわらず、国際比較をすると必ず上位に入っています。シンガポールのやり方は教えるよりもクリエイティビティ、オリジナリティを育てるということで、これは私が中央教育審議会で言っていたことと同じです。  3割授業時間が減ったことで、算数や理科の力も3割減る、と皆さん信じていらっしゃる。しかし、総合的学習の時間で勉強したことは知識にならないのでしょうか? そのことをどうして勘定に入れないんでしょう? 3割減った分はきちんと総合的学習の時間に使われているんです。だから、総合的学習の時間をいかにうまく使うかが大切になってきます。  私は中央教育審議会で、教える内容を厳選して減らそう、といいました。しかし同時に、毎年テストをしよう、と提案もしました。じつは1966年までは毎年テストをしていたんですが、いろいろ問題があってやめてしまっているんです。もしこのテストをずっと続けていたら、今回の学力論争は起こらなかったと思います。学力が落ちたといってもきちんとしたデータに基づいたものではなく、直感的に落ちたといっているだけなんです。  それで昨年テストをしてみたら、確かに算数の成績は少し落ちているけれど、国語はほとんど変わっていない。ただしこのテストは前課程の結果を見るものですから、「ゆとり教育」の結果は次のテストで出るでしょう。それで内容を減らしたことで悪い結果が出たらただちに手直しをすればいい。そのことはちゃんと答申に入れてあります。

問題なのは勉強への意欲・倫理観・体力

学びの場.comでは、今の教育のどんな点が問題だと考えていらっしゃいますか?

有馬朗人さん去年科目別に教科が好きかどうか子供たちに聞いた調査があります。その結果、小学校中学校では理科が好き、というのがいちばん多かった。逆に、算数は一番嫌いな教科でした。その一番嫌いな算数でも、48%の子供は好きだといっている。  では、「勉強が好きですか?」という質問に対する答えはどうでしょう? 答えは、小学校で40%、中学2年生になると18%しかいません。あれだけ受験が大変で親が勉強しろしろといっているのに、日本の子供は勉強が大っ嫌いなんです。嫌いな上に、できるようになろう、とも思っていない。アメリカや中国は、勉強を好きになろうとか、国のために役に立とう、という気持ちがものすごく強いことです。それに対して日本の子供がいちばん興味があるのが「その日その日を楽しく暮らす」なんです。志が非常に低い。

もうひとつ心配なのは、倫理観が落ちていること。日・米・中の3カ国を調査した結果がありますが、日本の子供の80%は親に反抗することは自分の自由だと思っている。先生に対しても同じです。アメリカでさえ15%で中国はもっと少ない。「学校をずる休みする」「売春をする」に関しても自分の自由だと思っている子供が日本はずば抜けて多い。このように倫理観が落ちていることも、学力低下問題より深刻な問題です。もうひとつは体力的な問題で、この10年間、若者の体力はがたっと落ちている。身長や体重は増えていますが、走るにしろ投げるにしろひどいもんです。  ですから基本的な問題は、いかに倫理観を育てるか、勉強する意欲をもたせるか、運動能力をつけるか、ということです。倫理観や運動能力に関しては、家庭や地域社会の力が必要なんです。基本的なしつけや言葉遣いは家庭で教える。外での振る舞いについては社会が教える。その家庭や地域社会の力が落ちていることが問題なんです。  5日制にしたことは、親がもっと子供の面倒を見なさい、ということです。これは単に愛情を注ぐだけではなく、基本的なしつけをしなさい、ということです。そして土・日が休みになったことで運動をしたり、社会体験をさせる。倫理観についてはおもしろいデータがあって、家事を手伝う、自然体験をする、社会体験をすることと正義感には相関関係があるんです。だから改めて倫理観なんていう必要はなくて、家事を手伝わせればいいんです。最近は刃物もろくに使えない子供が多いし、塾に行かせるぐらいなら、家庭で果物を子供にむかせればいいんです。

有馬 朗人(ありま あきと)

1930年生まれ。1953年東京大学理学部卒業。ニューヨーク州立大学教授、東京大学理学部教授・理学部長を経て、1989年東京大学総長。1995年中央教育審議会会長。1998年文部大臣。現在参議院議員、東大名誉教授、国際俳句交流協会名誉会長。

取材・構成/堀内一秀

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