教育トレンド

教育インタビュー

2003.10.07
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星川安之さん 他人のことを考えて、物を作る心を育ててもらいたい

最近、ビールなどアルコール飲料の缶のふたに「おさけ」という点字表示があるのをご存知だろうか。これは目の不自由な方々がアルコール飲料を識別するために配慮したものだ。シャンプーとリンスを区別するためシャンプーの容器に付けられたギザギザは、ご存知の方も多いだろう。このように、障害のある人たちや高齢者などより多くの人が使いやすいデザインをユニバーサルデザイン(共用品)という。日本で共用品を進める活動をしている共用品推進機構の星川事務局長に、共用品の意義、教育に期待すること、等を聞いた。

デザインとして当たり前のことをするのがユニバーサルデザイン

学びの場.comまず最初にユニバーサルデザイン、あるいは共用品について簡単に説明していただけますか?

星川安之さんユニバーサルデザインの目的は、「ユニバーサル」という言葉がつかなくなることだと言えます。こちらでは共用品という言葉を使っていますが、「共用」も同じことです。つまり、本来デザインという言葉には、対象から障害のある人や高齢者を除く、という概念はありません。デザインとして当たり前のことを当たり前にやっていくことが、ユニバーサルデザインの基本的な考え方なんです。  障害というのは周りの環境によって作られているものでもあると言われることです。逆にいえば、技術の進歩によってそれまで障害であったものがそうではなくなっていく可能性もある、ということです。

学びの場.comつまりユニバーサルデザインとは特別なものではなく、すべてのデザインがそうなるべき方向、ということですね。

もし、商品が全部真っ白だったら?

星川安之さん私はトミーというおもちゃの会社にいたんですが、そこで目の不自由な子どもたちのためのおもちゃをいくつか作りました。その時に障害のあるお子さんのお母さんから「本当に望むことは、一般のおもちゃ屋で売っているおもちゃがうちの子どもでも遊べること」と言われました。それまで自分は特別なおもちゃを作っている、という満足感があったんですが、逆だったんです。自分の子どもがふつうのおもちゃ屋で売っている物で遊ぶのがいちばん嬉しいという、当たり前のことに気がつかなかった。だから、特別なおもちゃを買うのと、ふつうのおもちゃ屋で売っているおもちゃを買うのでは、大きな差があるんです。

学びの場.comデザインを一般化するのはわかりますが、コストもかかるだろうし、企業としては取り組みにくいのではないですか?

目の不自由な子に配慮した玩具、耳の不自由な子に配慮した玩具につけられるマーク(社団法人日玩具協会による)

星川安之さんたとえば、目の見える人にとって商品に名前が書いてあるのは当たり前のことですが、もし全部が真っ白だったらどうでしょう?目の不自由な人たちは、毎日そのような生活をしているわけです。視覚障害者は日本では人口1億2000万人の中の30万人ですが、それが逆転したらどうでしょうか? 「商品に名前が印刷してなくても、点字があるからいいじゃない」ということになるわけです。そういうふうに少数の人たちの不便さを一般のこととして考えるというのは文化だと思います。マーケティングだけでは解決しない。  だから、市場原理だけでは解決しないと思います。新しいビールを作ったから売れた、というように、点字の表示を入れたから売れた、というわけにはいかない。でも、点字が表示されている文化っていいじゃないですか。その文化をいいと思うかどうかも、その国の文化の問題なんだと思います。

各業界団体をまとめる広い運動に

学びの場.com星川さんご自身の関わりと、共用品推進機構設立までの経緯は?

星川安之さん先ほど言ったように、おもちゃ会社で障害者向きのおもちゃを作りました。でもそれだけではふつうのおもちゃとの違いがわからないので、マークを付けるようにしました。マークを付けるとなると、ほかの会社とも共通させる必要があります。こういったことはライバル会社との競争を考えず、一緒にやっていかないと意味がないんです。そこから、日本玩具協会に提案をして運動を広げていきました。  そうやって玩具協会で運動を広げていただいたところほかの業界からもいろいろ問い合わせが来るようになりました。でも、いくつもの業界をまたいでまとめる組織がない。それでとりあえずは勉強会、という形で始めました。

学びの場.com業界全体、あるいはそれを越える形でまとめる必要があるということですね。

星川安之さんよく出る例で、シャンプーとリンスの容器があります。花王はシャンプー側にギザギザを付けることを1年がかりで取り組んでいました。それで花王としては、実用新案を取るけれど、無料で開放するのでできることなら広めてほしい、という話になって、現在では4、50社がシャンプーの容器にギザギザを付けています。  そうやって運動が広がるうちに、海外にも広げたらどうか、という意見が出て調べたんですが、ルール化されたものがないんです。そこから話が進んで、日本工業標準調査会がISOの基準を作るためのガイドを作ることになりました。これはISOとしては71番目のもので、高齢者、障害者向けの製品やサービス、生活環境のルールを作るためのガイドです。  国内では、玩具業界以外にも広がり、市民団体E&Cプロジェクトを立ち上げ、勉強会を開催しました。勉強会は回を重ねるに連れだんだん人数が増え、企業からの要望も高まり、土・日とか平日の夜だけの活動では間に合わなくなってきました。それで組織の形態を変える必要が出てきて、3年かけて財団法人共用品推進機構として、1999年4月に再スタートしました。

ルールを守ることより、みんなでルールを作ることが大事

握力の弱い人のためのグッズシリーズ。コンセント、ボトルオープナーなど

学びの場.com総合学習の時間で障害者について学ぶ機会も増えてきていますが?

星川安之さん活動を通じて、ずっと「大人の人たちに知ってほしい」と思っていました。でも、活動を始めた頃の子どもはすでに大人になっているわけで、何で子どもの時から伝えておかなかったんだろう、と今は反省しています。大人に障害のある人たちの話をすると反応としてまず出てくるのが、「かわいそう。見てられない」というもので、特別な人としか見ていない。そのハードルが低い子どものうちならば、いろいろな見方を気軽に飛び越えることができるんです。

音で、それが何であるかを知らせる玩具や雑貨、位置を知らせるボール、声で操作できるリモコンなど

隣の席に障害のある人がいたり、家に高齢者がいれば、自分が製品の設計やデザインをするときになって「なんでこうなってないの?」というのが自然に見つけられると思うんです。シャンプーにふたがついていなければ誰でも見つけますが、それと同じことがいくらでもあるんだけれども、気がつかない人には見えない。それが子どもの時に障害者の隣にいて一緒に喧嘩をしたりした人には見えるんです。  「目が見えないのは大変だよ。目隠しをしてご覧」。というのもいいけれど、その前にお互いを知ることが大切なのではないか。障害がある側も「やってもらって当たり前」ではなく、それを越えた関係を作ることだと思います。  結局、物を作るより人を作る、ということです。物は結果ですから、使えるか使えないかはっきりしている。でも、人の気持ちを考えて物を作る人も大事。だから教育の話でいえば、他人のことを考えて物を作る心を育てることが必要だと思います。

取材を終えて

昔、左利きの人の寿命は右利きより短い、という記事を読んだことがある。もちろん体の構造に違いがあるわけではなく、この世の道具の大半は右利き向きに作られているので、左利きの人は事故を起こす確率が高いからだ。左利きでさえそうなのだから、視覚・聴覚障害者の場合は推して知るべし、だろう。本当に豊かな社会とは、障害者が障害者と意識しないで暮らせる社会なのかもしれない。

星川 安之(ほしかわ やすゆき)

1957年東京都生まれ。'80年トミーに入社、HT(ハンディキャップトイ)研究室に配属され「共遊玩具」の開発に携わる。'91年NPO団体E&Cプロジェクトを発足させ事務局長に就任。'99年(財)共用品推進機構を設立。

取材・構成/堀内一秀

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